普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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18.呼び方って……

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 抱っこした子犬を見下ろしたら、子犬も尻尾を振って僕を見上げた。

「よろしく。コフィレ」
「…………はい」

 返事をして、僕は子犬を地面におろした。

 僕に失敗作だと通告したのはこの人。その時の一言が「ごめん。失敗した」だった。

 この屋敷に初めてきた時に、この人に「絶対に成功するから任せて欲しい!」って言われて頷いてしまった僕は、今思うと……馬鹿だなあ…………

 だけど、僕の足元の子犬は、お座りしてずっと尻尾を振っている。

 こうして見ると、やっぱり可愛い……

 そう思った矢先、伯爵は高い声で変なことを言い出す。

「コフィレ? どうした?」
「え?」
「抱っこだ!」
「え……」
「抱っこだ! コフィレ! こんな森の中を歩くと、俺の毛が汚れる!」
「は、はい!! マスター!!」

 急いで僕は、伯爵を抱き上げた。満足したらしく、伯爵は気持ちよさそうにしている。

 なんだかいきなり不安……一応元伯爵で、レヴェリルインのお兄さんなんだから、丁重に扱わなきゃ。
 それに、レヴェリルインから預かったんだ。僕に犬の世話ができるかは分からないし、不安だけど、僕がレヴェリルインからこうして何かを言いつけられるのも、初めてだ。

 頑張らなきゃ……頑張ります!

 そんな思いを込めて、レヴェリルインを見上げる。

 だけど……な、な、なんだか、ものすごく怖い顔で睨まれているっっ!?? なんで!!??

「……コフィレグトグス…………」
「は、はい……マスター……」
「その呼び方は何だ……?」
「はっ!!??」

 その呼び方!? 僕が今、レヴェリルインをマスターって呼んだこと!? それとも、僕が伯爵をマスターって呼んだこと!!??

 だって、僕に毒の魔法を教えたのは三人。レヴェリルインと伯爵、あと一人、何かとすぐに手を上げる、王家から派遣されてきた魔法使い。三人目は、僕に見込みがないって分かってから、ほとんど顔を出さなくなったから、僕がマスターって呼んでたのは、二人。伯爵とレヴェリルイン。
 そして、僕が失敗作になってからは、伯爵と会うこともなくなったから、僕がマスターって呼ぶのは、レヴェリルインだけになった。
 だから今、伯爵をマスターって呼んだのは、あの時のくせみたいなもの。

 オロオロしていたら、伯爵は僕を見上げて、「俺のことは、マスターのままでいいよ」って、言い出した。

「あ、もちろん、名前でも良いよ」
「で! でもっ…………そ、そんなのっ……!」
「俺はもう伯爵じゃない。爵位、取り上げられちゃったからね。バルア、でもいいよ?」
「え、えっと…………」

 いきなり選択肢を与えられて、僕はあたふたしてしまう。どっちでも良いって……どっちを選べば良いんだ!!??
 呼び方って、なにを基準に選んだら良いのか分からない。
 バルア……は、馴れ馴れしいんじゃないかな……? 今は違っても、ほんのちょっと前まで伯爵だったんだから。
 だけど、今僕の管理をしてるのはレヴェリルインだ。「マスター」は、レヴェリルインを呼ぶ時だけにしたい……

 そう思って、レヴェリルインの方に振り向く。
 そしたら、レヴェリルインは、めちゃくちゃ怖い目で僕を睨んでいた。

 慌てて顔を背ける僕。

 なんで!!?? 何でそんな怖い顔するの!?

 ……もしかして、そんなに嫌なのか? 僕にマスターって呼ばれること……

 そうだよな……廃棄物の僕の管理なんて、嫌に決まっている。じゃあ、もうマスターって呼ばないほうがいいのか?? 少し、寂しいけど……レヴェリルインがそういうなら、そうした方がいいのかな……??
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