普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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19*レヴェリルイン視点*必ず

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「なーに拗ねてるんですか? 兄上」

 すぐそばで、呆れた口調のドルニテットが俺に言う。

 何で拗ねているかって? 拗ねてはいない。気に入らないだけだ。今、目の前で起きていることが。

 コフィレグトグスに抱っこをねだり、図々しく抱っこされた上に、やけに馴れ馴れしいバルアヴィフは、わざとらしくずっと尻尾を振っている。
 コフィレグトグスは、犬が好きなんだ。だから、あれなら喜ぶと思ったが、あの喜び方は違う。俺なんか、いまだに全く懐かれていないのに。バルアヴィフはすっかりコフィレグトグスの懐に入っている。

 それなのに、それに全く関心のないドルニテットが、コフィレグトグスたちには聞こえないくらい小さな声で言った。

「あのゲス兄は、いつもあの人懐こさで、すぐに人の懐に入り込んでは、すぐに追い出されて踏みつけられるんです。放っておけば良いんじゃないですか?」
「放っておけだと!? あれをか!?」

 冗談じゃない。バルアヴィフはずっとコフィレグトグスに抱っこされてるんだぞ。しかも、今度は頬を舐めている。

 長い間、コフィレグトグスと一緒にいた俺でさえ、コフィレグトグスと呼んでいるのに、「コフィレ」だなんて呼びやがって。馴れ馴れしい。あいつが馴れ馴れしいのは誰に対してもなんだが、相手がコフィレグトグスだと腹が立つ。

 そして、コフィレグトグスもバルアヴィフを「マスター」と呼ぶ。そう呼ぶのは、俺だけだったはずなのに。

 やっぱり、あんな姿にするんじゃなかった。今すぐドッグフードにでも変えてやりたい。

 じっとそれを睨みつける俺に、ドルニテットはため息をついて言った。

「そんなに腹が立つなら、別のものに変えてしまったらどうですか? あれじゃ甘え放題ですよ。何であんな姿にしたんですか?」
「コフィレグトグスは、小さな犬にならすぐに懐くんだ」
「ああ……そうでしたね。それも、兄上のせいじゃないんですか? 初めて会った時、犬のフリしてコフィレグトグスを監視していたんでしょう?」
「監視じゃない! 観察だ!!」

 俺はずっと、コフィレグトグスが俺たちの城に来る前から、あれのことを知っていたんだ。

 辺境の小さな、魔物だらけの領地の領主。その男の屋敷で、俺は初めて、コフィレグトグスに会った。

 俺があそこに行ったのは、そこの領地で増えていた魔物の討伐に参加するためだった。そこの領主とバルアヴィフは、確かに仲が良かったが、わざわざ俺を連れて行くと言うから、何かと思えばあの領地で取れる魔法の植物を採取しに行きたかったらしい。

 バルアヴィフとあの領主の屋敷に行った俺は、あの屋敷でコフィレグトグスに会った時、強い魔力を感じた。しかし、話をしようとしても、すぐに逃げてしまうし、隠れるのがやけにうまい。服で隠れてはいたが、体には傷があったし、おそらく、しょっちゅう手をあげられていたのだろう。

 だが、俺は逃げるものを追うのが好きなんだ。

 小さな狼に姿を変えた俺は、コフィレグトグスを追って探した。そっちの姿の方が、強く魔力を感じられるし、足も早い。簡単に見つけることができた。コフィレグトグスは捕まっても何も言わなかっただが、あいつを追うのは楽しかった。

 それから、魔物に対する対策を練るため、俺だけがしばらくそこに残った。バルアヴィフも、コフィレグトグスの魔力に気づいていたし、あれの魔力を調べるなら、少し帰りを延ばしていいと言われた。

 小さな狼の姿になった俺からも、コフィレグトグスはよく逃げていたが、その姿でいれば、一度捕まえれば、俺がそばにいても大人しく座っているようになった。

 俺は、コフィレグトグスを城に迎えることに決めた。

 城に戻った俺は、バルアヴィフにコフィレグトグスの話をして、彼を呼び寄せることが決まった。

 けれど、その時には遅かった。

 コフィレグトグスの魔力に目をつけた王家から、コフィレグトグスを渡せと、彼の父の方に要請が入っていたらしい。大金を積まれた父親は泣いて喜んで、どうか持っていってくださいと言って、コフィレグトグスを差し出したと聞いた。

 冗談じゃない。王家が毒の魔法を使う魔法具となる人間を探していることは知っていたが、コフィレグトグスをそんなものにされてたまるか。

 あれは、俺が追って、俺が捕まえた獲物だ。

 俺は、各方面に手を回して、半ば強引に、それならうちで請け負うと、王城まで交渉に行った。貴族たちへの根回しが効いたらしい。交渉は成功。こちらで毒の魔法を教えることになった。王家からは監視役として魔法使いが一人きたが、その程度は想定済みだ。

 そして、コフィレグトグスを城に迎えた俺たちは、毒の魔法を教え始めた。

 結果は失敗。当然だ。最初から成功させる気なんかない。

 コフィレグトグスは魔力を全て失った。
 しかし、俺たちの城は数多の魔法が集まる城。例え魔力を失おうとも、回復させる魔法具を集め、いずれ魔力も魔法もあいつに返すつもりだったのに。
 王家からはしつこく、コフィレグトグスを処分しろと催促が来る。危険な毒の魔法を教えられ、挙句失敗したコフィレグトグスを生かしておくと、体裁が悪いんだろう。
 王家からは次々と人が送られて来る。まるで監視だ。俺がコフィレグトグスといると、すぐに寄ってきて、処分はいつだと言い出す。そんなことを言われて、そばにいるコフィレグトグスはいつもひどく怯えていた。
 そしてある日、俺の後ろを歩いていたはずのコフィレグトグスがいなくなった。慌てて探せば、あいつは城の地下で、王家からの使者に殴り殺されそうになっていた。すぐに止めに入って、あいつを助け出すことができたが、治療の魔法をかけても、一日寝込んでいた。
 俺があいつを連れ歩いただけで、あいつは消されそうになる。しがらみばかりの城に、あいつを連れてきてしまったことを後悔したりもした。あの屋敷にいた方がマシだったんじゃないかと思ったりもした。

 だが、もうあいつを手放せない。

 監視の目を掻い潜って、コフィレグトグスに魔力を戻すための用意をすることはかなり困難だった。それもあと少しだったのに、今度は随分と態度の悪い王子が送られてきた。

 何を言い出すかと思えば横領だと? 一族の横領となれば、無視はできない。

 もう何もかもかなぐり捨ててやりたいが、今の状況で俺がここを離れれば、代わりに責められるのはドルニテットだ。それに、あの王子は、陛下からコフィレグトグスの処分を言い渡されている。簡単には諦めないだろう。

 全く、好きな男一人を捕まえていたいだけなのに、面倒なしがらみが多すぎる。

 だが、今更諦めるつもりは毛頭ない。俺は必ず、あいつを手に入れる。あいつの魔力も取り返す。

 そのはずなのに、なぜかうまくいかない。

 あいつを手に入れるために、やっとここまできたのに、あいつに懐かれたのは、俺じゃなくてゲスの兄。

 今すぐバルアヴィフを殺したい。そもそも、あいつが横領なんかしてるから、こんなことになったんだ。あいつは魔法のためならどんなことも厭わない魔法狂いの男。これ以上余計な真似をしないようにあの姿にした。あれなら、勝手に魔法も使えないだろう。それなのに、なんであいつだけ懐かれてるんだ!
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