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51.少しの間、待っていろ

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 レヴェリルインは、コエレシールと対峙した。そして、まるで挑発するように言う。

「魔法薬が欲しいなら、俺がくれてやる。どんなものか、言ってみろ」
「……黙れ。貴様はもうお尋ねものだろう。狂人の魔法使いめっ……! その場にいた仲間まで殺そうとした魔物から受け取るものなど、何もないわっ!!」

 コエレシールが、レヴェリルインに杖を向ける。

 僕は、咄嗟に走った。

 フードに刺した杖を抜くと、それはすぐに元の大きさになる。まだ慣れない。
 だけどそれを構えて、レヴェリルインの前に立つ。

 本当は怖い。まだ、体が震えている。

 だけど、僕は、彼の従者なんだ。今度こそ、ちゃんと仕えるって決めた。

 だいたい、アトウェントラの服を掴んで引き止めたのは僕……それなのに、レヴェリルインの後ろに隠れてるなんて、できない。

 昨日だって、何にもできなかった。今度こそ、ちゃんと仕えるって決めたんだ!!

 けれど、ガタガタ震えている僕が前に出たのを見て、コエレシールは、ますますレヴェリルインを睨みつける。

「貴様……ガキを盾にするとは、恥を知れ!」
「……これはガキじゃない。俺の従者だ」

 レヴェリルインはそう言って、僕の肩を掴んで、後ろに突き飛ばしてしまう。

「ま、マスターっ!? ぼ、僕っ……」
「お前は俺の背後にいろ」
「ぇ…………で……でも……」
「いいから、前に出るな」
「は、はい……」
「そこを動くなよ」

 レヴェリルインはニコニコしてる。何だか嬉しそう?? 僕、まだ何もしてないのに?? 勝手に前に出たこと、怒ってるんじゃないのか?

 まだ震えたままの僕に背を向けて、レヴェリルインは、コエレシールと対峙した。

「ウェトラが借りた魔法薬があればいいのだろう?」
「……ウェトラだと……?」
「それなら俺がくれてやる。どんなものだ? 言ってみろ」
「貴様からは何も受け取らないと言っただろう! 人殺しのお尋ね者が!」
「俺は誰も殺してない。それに、俺は殿下の仕事を手伝っただけだ。あそこを木っ端微塵にしろというのが、陛下のご意志だと言うから、俺がそうしてやっただけだ。王家の怒りに触れた俺は、城を破壊され爵位を失い、こうして、ただのレヴェリルインに成り下がった。まだ何か文句があるのか?」
「だ、黙れ!! 手配はされているだろう!」
「文句があるなら捕らえてみろ。警備隊を呼ぶか? ん??」
「……そんなことは俺の仕事じゃない。俺は、アトウェントラを迎えに来たんだ」
「明日までに魔法薬を返せばいいのだろう? 貴族が魔物にやられたんじゃないのか?」
「なぜそれを……」

 コエレシールは舌打ちをして、憎悪のこもった目をアトウェントラに向ける。

「アトウェントラ……貴様……」
「やめろ。俺が聞き出したんだ。ウェトラを責めるな」
「黙れ! お尋ね者が……お前が魔法薬を返すと言うのか? そんなことができるはずがない。あれは、ただの魔法薬ではない。非常に貴重なものだ」
「どんなものだと聞いているんだが?」
「そんなことは貴様には関係ない」
「魔物にやられた貴族と言っていたな……」

 そう言って、レヴェリルインが手を握ると、光と共にいくつかの瓶が出てくる。その中には、宝石みたいに光る液体が入っていた。

「幾つ欲しい?」

 そう言ってレヴェリルインが笑う。
 コエレシールは「そんなもの」と言ってそっぽを向いていたけど、あの魔法薬は僕でもすごいものだって分かる。
 後ろにいた魔法ギルドの人たちも、レヴェリルインの魔法薬を興味津々に見つめていた。

「す、すごい……あ、あれほどの魔法薬を一瞬で……」
「なんて美しい魔力…………」

 もうすでに、誰もコエレシールなんて気にしてない。みんな、レヴェリルインの魔法薬に夢中だ。
 彼らはみんな魔法使いだ。あれだけの魔法薬を目の前に突きつけられたら、やっぱり興味が湧いてしまうはずだ。ラックトラートさんも尻尾を振って、珍しくメモも忘れて、じーっと魔法薬に夢中。見慣れてるらしいドルニテットは無表情、馬の伯爵も無反応だったけど。

 けれどコエレシールは、ぶんぶん首を横に振ってレヴェリルインを睨みつける。

「そ、それではダメだ!」
「ダメだと? これなら、どんな毒でも解毒できる上に、瀕死の重病人でも目を覚ますのにか?」
「それではダメだ! こちらから渡した魔法薬は、魔族の術で作られた、貴重な魔法薬だ!! そんなものでは代わりにはならない!」
「魔族の術だと? そんなものでしか治せないような重傷の者が街に溢れれば、俺たちの城に必ず報告がくるはずだ。だが、そんな話は聞いたことがない。さては、無駄に高価なものを持たせて、最初から冒険者ギルドを潰すつもりだったな?」
「なっ……なんだとっ……そんなことっ……!」

 あからさまに慌て出すコエレシールに、今度はレヴェリルインの後ろにいたドルニテットが、呆れた様子で言った。

「でなければ、剣術使いたちが倒れたというところから仕組んでいたか……どっちみち、どうせ何かを企んでいるのだろう?」
「ど、ドルニテット……俺たちは……」

 コエレシールは動揺した様子だったけど、すぐに気を取り直して、レヴェリルインを指差す。

「と、とにかく!! こっちが渡した魔法薬が返せない以上、その男は連れて行く!!」
「意地を張るな……仕方がない。それなら、そのお前たちが渡した魔法薬とやらを、俺が回収して返してやる」
「は!? あ、いや……それは……」

 また慌て始めるコエレシール。それを見てニヤリと笑ったレヴェリルインは、僕を抱き上げて、伯爵の馬に飛び乗った。

「少しの間、待っていろ!! 貴様にその魔法薬、耳をそろえて返してやる!」

 馬の伯爵がいなないて走り出す。

 ドルニテットが鎖で縛られたままのアトウェントラを抱き上げて空を飛んで、ラックトラートさんも、魔法を使って背中に小さな羽を生やしてついてきた。

 背後では、コエレシールが喚いている。

「ま、待て!! お前たち!! 拘束しろ!!」

 彼が叫んでも、他の人は動かない。みんな躊躇っているのか、もじもじしていた。

 僕が背後に振り向いていると、不安がっていると思われたのか、並走して飛ぶラックトラートさんが、にっこり笑って言った。

「大丈夫ですよ。誰も追えません。他の人も、警備隊だって、捕まえにこないでしょう? 僕の仲間によると、魔法使いたちの中には、今回の伯爵の処分に反対している方々も多いんです。伯爵は魔法の研究に協力的でしたし、惜しみなく魔法具や魔法の書物を貸し出してくれる伯爵家がなくなると、魔物に対する対策ができない方もいるんです」

 そういえば、伯爵はいつも魔法使いたちに囲まれて、楽しそうにしていた。そう思って見下ろすけど、僕らを乗せて走る伯爵は聞いているのかすらわからない。

 レヴェリルインは、ニヤリと笑って、背後のコエレシールたちに宣言した。

「しばらくの間、待っていろ! 魔法薬なら必ず返してやる! あの無能な殿下にそう話しておけ!!」
「え!? あ! ま、待て!! お、お前たちっ……! 捕まえろ!!」

 コエレシールが叫んだけれど、背後の魔法使いたちは聞いてないふりだ。

 僕らは大通りに出る前に空に飛び上がり、逃げ出した。
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