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50.僕のせいなんです
しおりを挟む大通りをしばらくいって横道に入り、さらに分かれ道を何度か曲がって先に進むと、木造の大きな建物が見えてきた。あれが冒険者ギルドらしい。
その正面玄関の前に、誰かが立っている。金色の長い髪を、青いリボンで括って、物腰も柔らかな美しい長身の男の人だ。剣術使いなんだろう、腰に剣を下げていた。ギルド長のアトウェントラだって、レヴェリルインが説明してくれた。
アトウェントラは僕らに気づいて、一瞬だけ表情を変えたけど、すぐに微笑んでくれる。
「こんにちは。城を爆破した元伯爵の弟様」
どこか楽しそうにすら言われて、さすがのレヴェリルインも嫌そう。
「……その呼び方はやめろ」
「こんな状況じゃ、嫌味の一つも言いたくなります……何の用ですか?」
「どうした? それは」
そう言って、レヴェリルインはギルドの入り口のドアを指した。そこには鎖がかけられて、入れないようになっている。
アトウェントラは、頭をかいて言った。
「見てのとおり、ここは閉鎖です。見ればわかりますよね? 嫌味ですか?」
「そうじゃない。単純に、何があったのか聞きたいだけだ」
「……レヴェリ様、もう伯爵の弟じゃないんですよね? じゃあもう、あなたに答える義務が僕にはない。帰ってください。さもなくば、頭から切り刻んじゃいますよ?」
悪戯っぽく言いながらも、その人は諦めたようにため息をついて肩を落とす。腰に下げた剣に触れようともしない。覇気のない様子の彼を前に、レヴェリルインも眉を顰める。
「……何があった?」
「……やられたんです。僕が馬鹿でした」
そう言って、彼は背後の、鎖がかけられたドアを指して弱々しく笑う。諦めしか感じない様な目だった。
「ギルドは閉鎖……この建物も、差し押さえられるそうです」
「閉鎖だと……? なぜ、そんなことになった?」
「…………僕のせいなんです」
自嘲気味に笑って、アトウェントラはレヴェリルインから顔をそむけた。
「依頼の途中、魔物の力を体に取り込んでしまい倒れた剣術使いを治療するには、どうしても魔法薬が必要だったんです。みんなには反対されたんですけど……つてを使って、港町の商人から魔法薬を生成するための魔法具を借りたんです」
「港町の商人だと? あそこは魔法使いギルドの使者が牛耳る街だぞ」
「分かっています……けれど、知り合いの商人が紹介してくれたものだったので、信じてしまいました。返すのはいつでもいいって言われてたんですが、それはこの街の魔法使いギルドの息がかかったものだったらしくて」
そう言って項垂れる彼に、レヴェリルインが「だろうな」と冷たく言って、ドルニテットまで「呆れた馬鹿だ」と、ますます冷たく言う。
そんな冷たい扱いに、アトウェントラはますます項垂れてしまう。
けれど、それでドルニテットが手を緩めるはずもない。
「どうせ、魔法使いの伯爵の方に頼るのは、内部の反発が大きくてできなかったのだろう? 普段から、剣術使いの魔法使いに対する反発を抑え込めなかった結果だ。俺が何度も足を運んでいたのに」
「……ドルニテット様がいつもそんな態度だから余計に話がこじれていたのに……」
言いかけて、アトウェントラはかぶりを振った。
「やめましょうか……今更何を言っても、僕は失敗したんですから。今更になって、魔法ギルドが返せって言ってきたんです。王家からの借り物で、ひどく貴重なものらしく、魔物に襲われた貴族を助けるために必要なんだとか……明日までに魔法薬を全て返せって言い出して……そんなこと、できるはずないじゃないですか。おかげで、全部取られちゃいました。ここの閉鎖と、魔法薬分の代金を支払うことで、何とかおさめてもらったんです」
彼は肩を落として、扉に振り向く。そこにある、今はもう入れなくなった建物を見上げて、どこか寂しそうにしている。
そこに、大通りの方から、十人ほどの男たちが近づいてきた。通行人が彼らに道を開けている。みんな、魔法使いギルドの制服を着た魔法使いだ。一人だけ、大きな杖を持っている。僕でもわかるくらい、貴重な魔法具だ。ラックトラートさんが、「あれ……魔法ギルドのギルド長のコエレシールですよ」って、教えてくれた。
彼らがやってきたのを見て、アトウェントラは自嘲気味に笑った。
「ああ……もう時間か……」
「どういうことだ?」
たずねるレヴェリルインに、アトウェントラは肩を竦めて言った。
「もう、これしか残ってないんです。僕自身しか。見てください。僕、見た目だけならいいでしょう? 剣術の腕はからきしだめなのに、なぜかギルド長にまでなっちゃって……結構浮名を流したんです。この身一つで好きなだけ稼がせてくれるそうです。あ、レヴェリルイン様も、よかったら買ってください。いつでも……サービスしますから」
そう言って彼は笑うけど、それは形だけでひどく寂しそう。けれどすぐに僕らに背を向けて、鎖を持った男たちに向かっていく。
それを、レヴェリルインが止めた。
「おい……待て」
けれど、彼は止まってくれない。そんな彼の後ろ姿を見て、僕はつい、手を出してしまった。
微かに伸ばした手が、アトウェントラの服の裾を掴む。
「え……?」
アトウェントラは、僕に振り向いた。急にこんなことされて、びっくりしているんだろう。
だけど、自分は失敗したって言って、肩を落として僕らに背を向けた彼に、つい、手を伸ばしてしまったんだ。
それに、まだレヴェリルインの話が終わっていない。僕たちは、このままここが閉鎖されたら困るんだ。
邪魔をした僕に、彼を連れにきた男たちが杖を向ける。みんな魔法使いだ。彼らの魔法にかかれば、僕なんか一瞬で黒焦げだ。
震え上がる僕だけど、彼らが魔法を放つ前に、コエレシールが、彼らを止めてくれた。
そしてコエレシールは、僕の方を睨みつける。
「何だ、貴様は……邪魔をするのか!?」
「……ぁっ!」
コエレシールの後ろにいる人たちに杖を向けられて、僕は震え上がった。みんな強力な魔法使いだ。魔力も使えない僕に、勝てるはずがない。
怯える僕を、アトウェントラが庇うように前に出る。
「やめて、コエレ……僕ならちゃんと行くから、こんな小さい子、いじめないであげて」
そう言ってアトウェントラは、僕に杖を向けていた人たちを宥めると、僕に振り向いて「早くレヴェリ様のところに戻りな」と言ってくれた。そして、降参のポーズで両手を上げて、彼らの方に向かうアトウェントラを、背後から飛んできた鎖が縛り上げる。
「えっ……!? うわっっ!!」
魔法の鎖でぐるぐる巻きにされて、彼はその場に倒れてしまう。突然そんなことをされて、アトウェントラは驚いて、鎖を放ったレヴェリルインを見上げていた。
「へ? え? れ、レヴェリさま??」
「黙って転がってろ」
そう言って前に出たレヴェリルインは、射殺す様な視線をアトウェントラに向ける。そんな顔をされて、彼は震え上がっていた。
そんな彼には見向きもせず、レヴェリルインは、魔法使いギルドの面々と対峙した。
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