普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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49.いつのまにか

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 夜が明けて、僕たちは早朝から、街へ向かった。
 街は朝から賑やかで、通りにはたくさんの人が歩いている。つい先日、城であんなことがあったなんて信じられないくらいだ。

 各地で早朝から開かれる朝市には、幾つもの魔法の道具や、その素材、魔法薬が並んでいる。そこにいるのは、地元の人ももちろん多いけれど、朝市を目当てにやってきた観光客たちも多い。これがここが魔力が集まる街ともいわれる所以らしい。

 賑やかな朝市を抜けて、僕たちは冒険者ギルドを目指した。

 レヴェリルインが僕に渡してくれた杖はずっと、僕が持っている。小さくして、僕が被っているフードにレヴェリルインがつけてくれた。
 先頭をレヴェリルインとドルニテットが歩き、その後ろを僕とラックトラートさん、最後尾を馬になった伯爵。
 今日からレヴェリルインは手配されることになっているけど、フードをかぶって顔を隠しているのは僕だけ。
 先頭を歩くレヴェリルインは何もかぶっていないし、ドルニテットもそう。伯爵だけは馬に姿を変えているから目立つことはないだろうけど、だ、大丈夫なのかな……

 周りから人の視線を感じる。敵意っていう感じじゃないけど、気をつけたほうがいい。

 だけどレヴェリルインは朝からなんだか嬉しそう。何かいいことがあったのかな。

 彼の後ろを歩きながら、彼を見上げていたら、彼は僕に振り向いて、微笑んでくれる。

 そんな彼を見て、隣を歩くラックトラートさんが首を傾げた。

「なんだかレヴェリルイン様、ご機嫌ですね。何かあったんでしょうか?」
「……」
「……コフィレーー!!」
「わあっっ!!」

 突然隣で大きな声を出されて、びっくりして飛び退く。
 僕の耳元で声を上げたラックトラートさんは、腕を組んで僕に顔を近づけてきた。

「もう! 返事くらいしてくださいよー! 僕、こう見えて寂しがりやなんです! コフィレに返事してもらえないと、寂しいじゃないですかーー!」
「え? え、えと…………は、はい……す、すみません…………」

 さっきの、僕に話しかけていたのか? びっくりした……僕に話しかけてくれる人がいるんだ……あの城にいた頃、レヴェリルイン以外でそんなことをする人は、ほとんどいなかった。
 それが、こんな風に並んで歩いていて、誰かと話したりしているんだ。う……嬉しい…………

「あ…………ありがとうございます……あ、あのっ……すみません…………あのっ……! そ、そうですね……」
「でしょう? レヴェリルイン様、絶対いいことあったんですよ!」
「…………マスターが……?」

 いいこと……なんだろう?? こうして出発できたことかな……??

 レヴェリルインの後ろ姿を見ながら、今朝の彼の様子を思い出していたら、隣のラックトラートさんが、僕の顔を覗き込んできた。

「コフィレ……」
「な、なな、なんで……すか?」
「僕の記者としての勘から言うと……レヴェリルイン様のご機嫌の理由は、絶っっ対にコフィレです!」
「…………ぼく?」
「はい! 昨日、テントから出ていって、その後戻ってこなかったですよね?」
「え? あ、あの……」
「何してたんですか?」
「へっ!? あ……見張りを……」
「見張りー? そんなの、レヴェリルイン様か、従者であるあなたが一人でやれば済む話じゃないですか。そんなので、僕は誤魔化されません! 何か言えないようなこと、してたんじゃないんですか?」
「い、言えないこと?? え、えっと……な、何もっ……本当に、な、何にも、してないです……あ、見張りは…………」

 そうなんだ。何もしてない。僕、昨日の夜、レヴェリルインの隣に座ったら、急にめちゃくちゃ眠くなって、そのまま眠っちゃったんだ。

 だから僕は全然見張り、できてない。一生懸命仕えるって決めて、無理を言って一緒に見張りさせてもらって、せっかくレヴェリルインが僕をそばに呼んでくれたのに、僕は一晩中見張りをするレヴェリルインの隣で、ぐっすり眠っていたんだ。

 ……僕、クズじゃないか。一体何をしているんだ……

 思い出しただけで、全身から血の気が引いていく。
 そんな僕の様子を見たラックトラートさんが、心配そうに言った。

「コフィレ?? か、顔色が悪いですよ?? 大丈夫ですか??」
「…………は、はい…………」

 大丈夫じゃない。これはダメだ。一生懸命仕えるって決めて、しかも無理言ってそばに置いてもらったのに、ぐっすり寝るなんて。
 しかも僕、朝起きるのも一番遅かった。レヴェリルインに起こされて、やっと起きたんだ。
 夜は焚き火のそばにいたはずなのに、起きたらテントのベッドの中にいて、ぼんやりしながら不思議に思ってキョロキョロしてたら、レヴェリルインがやけに楽しそうに微笑んで、朝食を持ってきてくれた。彼が笑顔だったから、僕も何だか嬉しくて、言われるがままに朝食を食べてた。
 だけど、食べていたら昨日見張りの途中で寝たことを思い出して、すぐに土下座で謝った。気がすむまで罰してくださいって言ったけど、レヴェリルインは、そんなことはいいって言って、ずっとニコニコしていた。

 僕は従者なのに、ちゃんと仕えるって決めたのに、最後に起きてきて、しかもご飯も全部、主であるはずのレヴェリルインに用意してもらったんだ。ダメすぎる……こんなの、絶対にダメだ!

 き、今日こそ頑張らなきゃ……!!

 決意しながら歩いていたら、思い詰めてるように思われたらしい。ますますラックトラートさんに心配そうな顔をされてしまう。

「大丈夫ですか? コフィレ……」
「は、は……い……」
「……もしかして、緊張してますか? これから冒険ギルドへ行くから」
「え!? えと……」
「僕もです。心配ですよね。レヴェリルイン様、剣術使いに何か言われたら、すぐに喧嘩を始めちゃいそうで」
「い、いえ……」
「でも、大丈夫です!! 冒険者ギルドのギルド長は、魔法使いにも理解がある人当たりのいい人です。ちょっと軽い所もありますが……魔法ギルド長とも、個人的に会って話したりしてるらしいです。この町で剣術使いと魔法使いが共に暮らせているのは、彼のおかげとすら言われていて……だから、話は聞いてくれると思います!! ただ、他の剣術使いたちはそうもいかないかもしれませんが…………コフィレ?」
「……ぼ、僕……こ、今度こそ…………」
「コフィレ!?? ど、どうしたんですか?? な、なんだか怖いですよ?? そ、そんなに思い詰めなくても……」

 ラックトラートさんはそう言うけど、僕は今度こそ頑張るんだっ……!

 決意していたら、いつのまにか前を歩くレヴェリルインたちから遅れそうになって、僕は慌てて、前を行く彼らについていった。
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