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48*レヴェリルイン視点*面倒くさい……

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 隣のドルニテットが、ため息をついた。

「忠犬になるのもいいですが、牙を抜かれることはないようにしてください」
「俺が? そんなことがあるはずがないだろう」
「迷い込んだ子ウサギ一匹、逃したままなのに?」
「使い魔はつけている。いつでも殺せる」

 ドルニテットが言っているのは、湖の中に潜んで、コフィレグトグスの人参に食いついたあのウサギだろう。

「逃したつもりはない。あのたぬきが言っていたように、魔法ギルドからの使いで間違いなさそうだからな……」

 いずれ来るだろうとは思っていたが、ずいぶん早く動いたものだ。

 この辺りは場所柄、魔法の植物がよく育ち、魔物も多かった。魔力が集まる土地と言われ、魔法使いが集まりやすかった。
 そんな街だからこそ、この町では魔法使いたちが集まって作った魔法使いギルドの力が強い。ギルドでは魔法薬や魔法具の管理をしている。魔法に必要な魔法具も書物も薬も、魔法ギルドが握っていると言っても過言ではない。魔法使いの力を必要とする人たちの依頼も受け付けている。街の住人からの依頼も、貴族たちからの依頼も多く、そうやって力をつけた魔法使いギルドのギルド長は、魔法使いたちの支持を集め、かなりの発言力を持っている。
 街の魔法使いたちも、俺たちよりもどちらかといえば魔法ギルド長を頼る。何しろ、魔法具にしろ何にしろ、貴族である俺たちを頼れば、その後どうしても、貴族からの干渉を受ける。その上、最近では、魔法の研究を独り占めしようとする王家に対する不満が貴族への不満につながり、俺たちへの不信感を呼んだらしい。
 伯爵は、魔法具や書物の貸し出しにはなんの抵抗もなく応じていたが、それを魔法の流出だと言って、よくない顔をする者もいた。もう少し管理が行き届けばよかったのだが、肝心の伯爵があの調子だ。

 俺が馬にしたヴァルアヴィフは、草を食べて満腹になったらしく、湖のほとりで寝ている。あのまま馬になりそうだ。

 そんな伯爵の背後に、いつも俺とドルニテットがいて、手綱を握っていたつもりだったのだが、知り合いの魔法使いによると、それはひどく怖い光景らしい。俺に睨まれて、魔力で牽制されたら、並の魔法使いなら黙ってしまいますと言われた。
 失礼な話だ。俺は睨んだつもりも牽制したつもりもない。
 そして俺の隣にはいつもドルニテットがいた。その状態で正面切って意見できる勇気のある魔法使いなどいないらしい。俺には何のことだか全くわからなかったが。
 ……どうやら俺たちの方も、無自覚に色々と失敗していたらしい……

 現在の王は魔法使いで、魔法が集まるこの街を管理したがっている。魔法ギルド長も、それに協力的だった。だからこそ、今の王とは仲の悪い俺たちは、目の上の瘤だったのだろう。使い魔によると、あの子うさぎは、俺たちの様子を探るために送り込まれた密偵のようだ。

 ドルニテットが、隣で酒の瓶を開けながら言った。

「あのギルド長、魔法使いたちを束ていくのに邪魔だった俺たちが消えて、今頃祝い酒でもしてるでしょうね」
「かもな。俺たちは今回のことで失脚。街の魔法使いたちを管轄するのは、実質ギルド長になるだろう」
「……ですが、俺はこのまま逃げ続ける気はありません。兄上も、そうでしょう?」
「当然だ。このままでは、安心してコフィレグトグスをそばに置いておけない」
「それですか……」
「ヴァルアヴィフが売り払った魔法具の行方も、隣町へ行けば分かるはずだ。おそらく、港町から船を使って持ち出されているはずだからな」
「しかし、あそこは剣術使いの街です。剣術使いが俺たちに力を貸すとは思えませんが……」
「ちゃんと土産は用意していく」

 俺とて、簡単に隣町に入れるとは思っていない。

 長い歴史の間に、魔法使いは剣術使いから恨みを買っている。貴族が募集した剣術使いを、魔法の実験台として扱ってきたからだ。それに、魔法使いは剣術使いがそばにいることを嫌う。魔法というものは接近されれば役に立たない。放つ前に殺されるからだ。
 領主も、剣を使う剣術使いより、魔法使いを使って部隊を作る者が多い。優秀な魔法使いなら、相手の城を一瞬で破壊することも可能だ。それを防ぐための魔法城壁も必要になる。どちらも、魔法使いでしかなし得ない。

 剣術使いの間には、不満が溜まっている。

 そして、この国は魔法が盛んだ。先代の王は、剣と魔法は共にあるべきだという考えの人だったが、代替わりで玉座についたのは魔法使いで、剣術使いのほとんどを城から追い出し、領主にも魔法使いの派遣を交渉材料に、剣術使いの放棄と、魔法の研究への協力を迫っている。王は、王城に魔法使いたちを集め、彼らをバックに脅しに近い交渉に入っているらしい。王子が来たのも、その一環だろう。王家に従わない俺たちを追い払いに来たんだ。

 しかし、ここから少しいったところにある隣町には、剣術使いが多い。先代の町長が、剣術使いたちに対して理解があったからだ。街を守るのは、街に被害が出やすい魔法よりも剣を使う剣術使いだと言って、街の警備を剣術使いに任せていたらしい。
 実際、魔法は被害が広がりやすい。魔法を使えば、流れ弾が誰に当たるかわからないし、民家にも被害が出る。それを防ぐために、街を守る守護の魔法を持つ部隊を作るべきだが、貴族の中にはそんなこと気にしない者もいる。守護の魔法は貴重だ。何より昔から、守護より攻撃を重視する傾向があるため、守護の魔法に関しては、研究が進みにくかった。実際、強力な破壊の魔法と守護の魔法なら、大体の領主は破壊の魔法を得意とする魔法使いをとる。先に相手を破壊すれば、守る必要はないし、一撃で城を破壊する魔法は、相手に対する脅しにもなる。それを背後に連れて交渉に行く領主もいるくらいだ。しかし、そのたびに生まれる被害の補修に必要な費用もかさむ。

 剣と魔法は本来、共にあるべきだ。それがこうもいがみあってばかりな上に、王家は魔法使いにばかり贔屓目だ。

「隣町の町長は今ごろ、頭を抱えているだろうからな」
「なんでですか?」
「隣町には、長く街を守る警備隊がいた。そのほとんどが剣術使いだ。それに、向こうでは剣術使いが多い冒険者ギルドの力が強い。だが、ここに王子が来たのなら、次は隣町にも手が伸びる……そんな時に、海岸の魔物たちの力が強まっている。各地に討伐の依頼を出しているのは、そういうことだろう。すぐにでも王家に救援を要請したいだろうが、今それができるはずもない」
「それで、その討伐の話を土産に隣町に入ろうということですか?」
「ああ。そこでコフィレグトグスの魔力を手に入れ、金と魔法具も取り返す。土産があれば、町長も協力するだろう」
「……」

 ドルニテットは、ため息をついて微笑んだ。分かりづらいが、これはこいつの同意のサインだ。

「では、そんな兄上にいいプレゼントがあります」
「……プレゼント?」

 心底受け取りたくない。ドルニテットが俺に渡す物が、まともな物のはずがない。こいつが五歳の時、初めて俺にプレゼントと言って渡したのが、魔法で作った近寄ると刺しにくる魔法の剣だ。

 ドルニテットは小さな瓶を魔法で取り出した。見たことがないが、魔法具だろう。彼がそれを振ると、中にすぐに黄緑色に光る薬が現れた。

「どうぞ」
「……何だそれは……」
「媚薬です。コフィレグトグスに飲ませれば、あの男は兄上の虜です。兄上は、それのことさえ考えていなければ優秀なんですから、さっさと手に入れちゃって、隣町へ向かいましょう」
「いらん。俺は、コフィレグトグスに俺を好きになって欲しいんだ」
「……めんどくさ……」
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