普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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56.それは僕の犬

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 棚の中を覗くと、ティーカップなんかが並んだところに一つだけ、薬の瓶がある。きっとあれだ! やった……うまくいった!!

 ありがとうって言おうとして振り向いた。そしたら、のどの辺りに、ひやっと冷たく尖ったものが触れた。

 剣だ。

 スキノレールが、抜いた剣を、僕の首に向けていた。

「それで、お前、誰?」
「え、えっと…………え?」
「リフィノの知り合いなんて嘘だ。リフィノは俺の部屋に勝手に他人を入れたりはしない」
「あ、いや……それは……」
「それに、フードのそれは、魔法の杖だろ」
「あっ……」
「魔法使いだな」
「あ、そ、それは……」
「やっぱりそうか……魔法使いが、何で俺騙して薬持ってこうとしてるの?」
「いっ……」

 男の剣が、僕の首に迫ってくる。怖くて震え上がりそうだったけど、スキノレールの背後で、マスターが今にも彼に飛びかかりそうになっていて、思わず、僕は叫んだ。

「だめっ……ダメです! マスター!!」

 今飛び出してきたら、これまでのことが無駄になる。レヴェリルインだって危険だし、彼に無理矢理奪うなんてさせたくない。

 突然僕が叫んだから、スキノレールは首を傾げてしまう。

「マスター?」
「あっ……あの……あの、い、犬……」

 剣を突きつけられたまま言うと、彼は振り向いて、マスターに気づいたみたい。

「なんで……俺の部屋に犬が……」
「あ、す、すみませんっ……そ、それっ……僕の……犬、なんです!!」
「お前の?」
「は、はい……あの……か、飼ってて……それで、名前が…………マスター……」

 へ、下手な言い訳……すみませんマスター!! すみませんすみませんすみません!

 もう怖くて振り向けない。

 せ、せめて薬を持って帰らないと……!!

「あ、あの! か、勝手に入ってごめんなさい! だけど、あの……瓶が必要なのは本当です!! 本当は僕、ウェトラさんに言われて……こ、この瓶……ギルドを……あの、ま、守るために、必要なんです!!」
「ウェトラの……? リフィノはどうした?」
「あ、あの…………外で寝てます……で、でも寝てるだけでっ……無事です! ごめんなさいっ……! どうしても瓶っ……瓶が、ひ、必要で……」
「……」

 スキノレールは、無言で短剣を下ろしてくれた。そして、棚から瓶を取り出して、僕に渡してくれる。

「ほら」

 あまりにもあっさりしすぎてて、今度は僕の方が驚いた。

「い、いいんですか……?」
「ギルドのために必要なんだろ? 窓のところに、ウェトラの使い魔の鳥がいる」
「え?」

 振り向いたら、確かに窓にガラスみたいなものでできた鳥がとまっている。それを見て、スキノレールはまたため息をついた。

「ああいうの使うから、ウェトラは誤解されるんだ……ウェトラは軽いし、たまに空回りしてるけど、一生懸命やってたの、俺は見てたから。ギルドがなくなるのも、嫌だしね」
「あ…………ありがとう……ございます……」
「別に……ウェトラに言っておいて。お前のこと責めたりしないから、今度はお前が来いって。目を覚ましたら、知らない狼がそばにいるよりマシ」
「わ、分かりました……すみません……」
「なに謝ってるの?」

 呆れたように言って、彼は右手に握った石を見せてくれる。それは微かに魔力の光を放っていた。

「お前がビクビクしてる間に、家の中の様子は調べた。リフィノは無事みたいだし、見たところ、お前には大した魔力もない。その魔法の杖からも、なんの力も感じない。つまり、お前は丸腰。武器を持っていないお前みたいなチビに、これ以上やったら俺がいじめてるみたいだろ。剣術使いは弱いものいじめしません。寝てる俺を助けてくれたみたいだし……からの瓶なんか捨てるだけだったから、ゴミ捨ててるのと一緒」
「は、はい……あ、あの!」
「なに?」
「……あ……あ……ありがとうございます!!」

 頭を下げると、スキノレールは少し戸惑っているようだった。

「ウェトラも変なの使いに寄越したな……なんで犬なんて連れてきたの?」

 そう言って、彼はレヴェリルインの前でしゃがんで、彼の頭に触れる。

「可愛い…………ただの犬じゃないよね? 魔獣?」
「へ!? えっと……はい……た、多分……」
「なんで飼ってるのに多分なの?」
「え!!?? えっと…………あの……み、湖でみつけてっ! それで……か、飼いだしたばかりだから……」
「ふーん……飼ってるなら首輪つけといたほうがいいよ。そうじゃないと、魔物に連れ去られた時とか、帰ってこれないよ?」
「く、首っ…………!? そ、それは……ちょっと、ダメで……」

 そんなのつけたら殺される……
 だけど、犬のままのレヴェリルインを見たら、つい、想像してしまった。僕に首輪をつけられている小さな子犬を。

 可愛いかも……

 そんな妄想をしている間も、スキノレールは、レヴェリルインの頭を撫でている。そんなことをしたくなるくらい、今のレヴェリルインはかわいいんだ。

 だから、そうしたくなるスキノレールの気持ちはよく分かる。

 だけど、なんでだろう。なんだかモヤモヤしてきた……

 レヴェリルインは、犬のふりをするためなのか、されるがままだ。
 頭を撫でられて、首の辺りまで。僕だってそんなことしたことないのに。
 それなのに、顎の下のあたりまで撫でられてる。背中まで触られてる。

 本当はレヴェリルインで、僕のマスターなのに。

 だけど、スキノレールはレヴェリルインの体を愛おしそうに撫でている。

「可愛いな。マスター」

 ……マスターって呼んだ!?? マスターは僕のマスターで、他にそういう関係の人、いないはずなのに!?

 それなのに、スキノレールは「マスター、可愛い」って言いながら、レヴェリルインを撫でてる。
 レヴェリルインは僕のマスターなのに……それは犬でマスターって名前です、なんて、ヘタクソな言い訳したのは僕なんだけど……

 だけど、マスターが他の人にそう呼ばれるのは嫌だ。

 ついに我慢できなくなって、僕はレヴェリルインを抱き上げた。

「あ、あのっ……! ぼ、僕、そ、そろそろ帰ります……瓶、ありがとうございました……」
「うん。ギルドとウェトラのこと、よろしくね」
「はい……」
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