普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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79.俺のものだ

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 レヴェリルインは、僕の頬にそっと優しく触れて、微笑んだ。

「やっと見つけたぞ……」
「え……? えっと…………」

 どうしたんだろう……レヴェリルインは。なんでそんな目で、僕を見下ろしてるんだ? 僕は、勝手にここに来たのに。

 そうだ。僕は、待っていろというレヴェリルインの言葉を無視して、ここにいるんだ。

 勝手な行動を知られて、嫌われてしまうかもしれない。もう、そばに置いてもらえないかもしれない。

 けれど、怯える僕を引き寄せて、レヴェリルインは、僕の背後にいる兄へ視線を向ける。

「何をしていた? わざわざ結界まで張って」
「レヴェリルイン様…………そんなものでも、一応私の弟なんです。久しぶりに会って、話を聞いていただけですよ」

 兄は存外簡単に、僕から離れた。てっきり、レヴェリルインが王子に逆らったことを咎めるかと思ったのに。
 王子を支持していても、レヴェリルインたちの方を敵に回す気はないらしい。

 僕はずっと、俯いたままだった。もう、顔を上げることができなかった。

 レヴェリルインのこと、守りたくてここまで来たのに、僕にできたことと言えば、兄を怒らせたことくらいだ。勝手なことをして、勝手に会いに来て、レヴェリルインに迷惑をかけて、僕は一体何をしているんだ。

 それなのに、レヴェリルインは、僕の頬に手を当てて、優しくそこを撫でてくれた。

「血の跡がある……」
「え?」
「血を流したのか?」
「あ……」

 どうしよう……確かに流したけど、そんなことを今正直に言ったら、兄に何をされるか……そう考えたら怖くて、僕は口を噤んでしまう。

 背後の兄が、僕を睨んでいた。

「それは彼が勝手に切ったんです。ここに潜り込んで、魔法具を勝手にいじり回している途中、切ったようで」
「魔法具を?」

 たずねるレヴェリルインに、兄は平然と続ける。

「はい……一体、何をしていたのか……それは昔から、ろくなことをしないんです」

 勝手なことを言われて、僕は顔を上げた。だって、僕は魔法具になんか興味ない。ただ、レヴェリルインを守りたかっただけだ。

「ち、ちがっ……違いますっ……!! 僕は、魔法具なんてっ……し、知りません!!」

 慌てて弁解するけど、兄は僕を蔑んだ目で見下ろしていた。

「では、なぜこんなところにいるんだ? 勝手に潜り込んできたんじゃないのか?」
「違っ……! 僕は……な、何もしてません!」

 一体僕は何をしているんだ。

 勝手に屋敷に潜り込んだことがバレたら、責められるのは僕だけじゃない。僕の主であるレヴェリルインまで、責任を問われる。彼を守るどころか、彼が責められる原因にまでなるなんて、僕は本当にダメなやつだ。

「ほ、本当にっ……! 魔法具なんて、僕は知らないんですっ……!! 僕は、何も……」
「では、何をしにきたんだ?」

 兄に聞かれた僕は、言い訳できなくなってしまう。魔法具には興味なかったけど、レヴェリルインのことが恋しくて、勝手について来たのは事実だ。

「それはっ……その…………ぼ、僕は……」
「なんだ? 言いたいことがあるならさっさと言え。勝手に屋敷をうろついて、お詫びすることもできないのか?」

 そう言った兄に睨まれたら、怖くて仕方なかった。

 レヴェリルインは、僕に何も聞かない。きっと、呆れられたんだと思った。愛想を尽かされたんだと思った。当然だ。悪いのは、僕なんだから。

「も……申し訳……ございません……ぼ、僕……レヴェリルイン様に……だ、ダメだって言われていました。待っているように言われたのに……か、勝手について来たんです!! 悪いのは……全部、僕……なんです。だ、だから……ば、罰を受けるべきなのは、僕です……全部、悪いのは、僕だけなんです……」

 俯きながら何とか言うと、兄は、ため息をついた。

「……なんて情けない……レヴェリルイン様も、それの扱いには気をつけてください。昔から、何をしでかすか分からない男です。毒の魔法も失敗したようですし、今すぐ処分するべきです。何なら、兄である私が、責任を持ってそれの処分に協力いたします」

 兄が、僕に手を伸ばしてくる。また、恐ろしい目に遭わされるんだと思った。

 震える僕の頬に、レヴェリルインの手がそっと触れた。怖くてずっと怯える僕に何か聞く代わりに、彼は、さっき殴られた頬を撫でてくれた。

「コフィレの傷から、魔力を感じる……こいつの服には、俺の守護の魔法がかかっている。誰に傷つけられたか、すぐに分かる」

 そんなの、かけられていたのか?

 彼がくれた狼のフードを握ってみるけど、彼がかけてくれた魔法のことなんて、僕には全然分からなかった。
 それは兄にも同じだったらしい。彼は顔色を変えている。

「……レヴェリルイン様……それは……」
「……貴様……俺のものに手を出したな……?」
「お、俺のって……そ、それはすでに失敗作でしょう? だいたい、私はそいつの家族で、兄なのです。兄の私が、その男をどうしようが、私の勝手……」
「黙れ」

 そう言って、兄を一言で黙らせたレヴェリルインは、僕を背後から引き寄せた。

 僕はなんで、レヴェリルインに背後から抱きしめられているんだ?
 彼は怒っているはずなのに、僕を抱きしめる力はすごく優しくて、僕は勘違いしちゃいそう。

 ビクビクしている僕の頭に、彼の手が優しく触れた。そんな風にされて嬉しいのに、ビクッと震えてしまう。

 そんな間も、彼は僕の傷ついた頬に触れて、頭に触れて、僕を両腕で包んでくれた。

「これはもう、貴様の弟ではない。俺がもらった。今は可愛い可愛い俺の従者だ。俺のものに、二度と手を出すな」
「し、しかしっ……その男は魔法具を……」
「それは、奥の部屋に置かれていたものか? それには、すでに見張の使い魔をつけている。あの程度の結界しか張れないお前には気付けなかっただろうが」
「……っ!」

 兄は、もう何も言わなかった。

 レヴェリルインの周りには、冷たい冷気が現れている。レヴェリルインの溢れ出した魔力だろう。彼の魔力は段違いだ。

 今にもレヴェリルインは、兄に切り掛かってしまいそうだった。けれど、そんな彼を、新たに部屋に入って来た人が止める。さっき、レヴェリルインと話していた貴族の人だ。

「まあまあ、レヴェリルイン。そう怒るな」
「オイルーギ……邪魔をするな」

 名前を呼ばれたその男は、少し困ったような顔で微笑んだ。

「こんなところで貴族が大げんかを始めたら、屋敷の主が困るだろう? 俺の友達を困らせないでやってくれ」

 そう言った彼の後ろから、ぴょこっと、小柄な男の人が顔を出す。背中に大きな竜の羽がある、金色の髪の男の人だ。その人は、部屋の様子に気を遣ったのか、なんだか申し訳なさそうに言った。

「あのー……買い取った魔法具、全て用意できました。こちらへどうぞ……」
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