普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐

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80.二人だけ

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 僕たちは、応接室に通された。さっき、レヴェリルインが魔法具の話をしていた部屋だ。

 テーブルを挟んで、僕らは席についた。僕はレヴェリルインの隣に半ば強引に座らされて、向かい側に、さっき部屋に仲裁に入って来た貴族の人。名前はオイルーギというらしい。少し離れて、デーロワイルが座っている。
 そしてその隣に、竜の羽がある小柄な男の人。バルアヴィフから魔法具を買った商人で、セアレルという名前らしい。

 彼は、竜の羽をパタパタ動かしながら言った。

「ありがとうございました。レヴェリルイン様。まさか、こんな値段で買い取ってもらえるなんて思ってなくて……感激です! また商売させてくださいね」

 やけに嬉しそうな彼に、レヴェリルインは少し困惑した様子だ。

「……礼を言っていいのか? 金は後で払うと言っているのに」
「その代わりに、魔物除けの使い魔を提供していただけるなら、それだけで、買値ほどの価値があります! バルアヴィフ様の使い魔でしょう? これで魔物が多い森も、護衛をつけることなく進めます!」
「そんなに気にいるとは思わなかったな……」
「あなたは優秀な魔法使いですが、些か、その価値について無頓着過ぎるところがございます。僕たち商人にしてみれば、いいかもです」
「かも?」
「あ、いえ……それは冗談です……バルアヴィフ様が相手だったら、もう少しふっかけられたのに……」
「おい……さっきから本音が口から溢れているぞ」
「す、すみません……! 嬉しくて、つい……僕が言いたいのは、僕が使い魔に感謝してるってことなんです! 商談に行く時の護衛の費用だけでも、買値の倍ほどするんです。最近は魔物の動きも活発で……だから僕、今嬉しくて仕方ないんです! ありがとうございます!」
「無理を言ったのはこっちだ。感謝はいらない」

 そう言って、レヴェリルインはそっぽを向く。だけど、なんだか嬉しそう。多分、ちょっと照れてるんだ。

 僕はその隣でじっと、彼の顔を盗み見ていた。

 こんなにそばで彼の顔を見上げることができて、何だか落ち着かない。だけど嬉しい。

 そんな顔で照れるんだ……可愛い……

 もう少し、そばに行きたい。あわよくば、もっとその顔を見ていたい。
 大事な話をしているのに、僕にはすでにレヴェリルインしか見えてない。だんだん、レヴェリルインのことしか考えられなくなっていく。

 僕は今、レヴェリルインの一番そばにいるんだ。

 まだどこか恥ずかしそうにしているレヴェリルインを見て、向かいのソファに座ったオイルーギも、微笑んでいた。

「では、レヴェリルイン。その費用は俺に出させてくれ。なんなら、肩代わりしてもいい」
「必要ない」
「そう言わずに、いいじゃないか」
「代わりに、城に来いというのだろう?」
「もちろんだ。嫌なのか? 城では、好きにしていてくれて構わない。俺はお前の腕が欲しい。もしも領地が返ってきたら、そこと行き来してくれて構わないぞ?」

 オイルーギは、よほどレヴェリルインに来て欲しいらしい。ニコニコしながら、ずーっとレヴェリルインのことを見ている。魔法具の回収に手を貸してくれたのも彼らしい。レヴェリルインの昔からの友人らしいけど……

 そんなに……レヴェリルインのことが欲しいんだ……

 彼はレヴェリルインに親しげに話すし、レヴェリルインの方も、彼の前では笑顔が多い。

 知り合いって、どんな知り合いなんだ? レヴェリルインのことを誘うのは、彼の魔法の腕を買ってのこと……なんだよな? それ以外にはないんだよな……?

 まただ……あのモヤモヤしたようなものが湧いてくる。どうかしてる。彼は、レヴェリルインに力を貸してくれているんだ。僕にとっても、感謝すべき人だ。

 それなのに、レヴェリルインと仲良くしていることが気になる。

 またあの、気味の悪い感情に捕まってる。またあの感情が、僕を捕まえに来た。

 これは一体、なんなんだ。

 レヴェリルインのそばに、自分じゃない人がいるだけで、心が焼けるみたいだ。

 これって……

 …………まさか……嫉妬??

 僕……嫉妬してるのか? こんなに……誰彼構わずに?

 ……何を考えてるんだ、僕は。

 僕はレヴェリルインにとって、ただの従者なんだぞ。それなのに、嫉妬だなんて。なんでこんな図々しいこと考えてるんだ。
 おかしいだろ。レヴェリルインにとって、僕はそんな対象にはなり得ない。だって彼は、誰もが認める優秀な魔法使い。僕はその彼の情けで生かされているだけの従者。
 レヴェリルインが僕のものになることなんか、絶対にない。

 自分でそう考えて、落ち込む僕の頬に、つん、と刺すような感覚がした。

 何かと思えば、レヴェリルインが僕の頬をつついている。

「……ま、マスター……?」
「俺は、誰のところへも行かない。お前といる」
「へ!?」

 な、何を言い出すんだ……!? 僕といるって……なんでそんなこと言うんだ。真に受けちゃうじゃないか。

「……あの領地が戻ったら、俺はバルアヴィフを連れて、あそこを出る。城はドルニテットに任せるつもりだ」
「え……えっと……? はい……」

 何を言われているのか分からなくて、一応返事をしたけど、機嫌を損ねたのか、彼はますます、僕の頬をつついてくる。

「また、はいと言ったな……」
「え?」
「それに、勝手にギルドを出て来ただろう?」
「あ……そ、それは…………あの……申し訳ございません……」
「いずれ俺は、森の中に孤城を建てる気だ。そこにしばらく監禁して仕置きしてやる」
「え……はい……」

 なにそれ……最高。レヴェリルインと僕しかいないところで、レヴェリルインがずっと、僕の相手をしてくれるなんて。

 だけど、またレヴェリルインには嫌な顔をされてしまう。

「はいと言うな……」
「え? えっと……」

 な、なんでだろう……思ったように答えただけなのに、ダメだったのかな? それとも、勝手について来たこと、怒っているのかな……
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