82 / 105
82.どういうつもりだ?
しおりを挟む彼のそばにいられたら嬉しい。
彼に触れてもらえたら幸せだ。
どんなふうでもいい。彼と一緒にいたい。離れたくない。
僕はずっと、そう思っていたんだ。
だから、彼に近づく人が怖い。大事な彼が僕以外を見たら、僕なんてすぐに置いて行かれてしまいそうで、怖くて怖くて仕方ない。
だけど彼は、僕を気に入ってくれていると言う。僕なんて、取り柄の一つもない、面倒なだけの存在なのに。
やっと僕は、レヴェリルインを見上げた。
あと少しで、僕は彼に手を伸ばしてしまいそうだった。
けれど、レヴェリルインが兄に振り向いて、僕はすんでのところで手を止めた。
あと少しで、飛びつくところだった。
本当に僕は、どうしちゃったんだ。
立ち尽くす僕の前で、レヴェリルインは、兄に振り向いた。
「これはもう、俺のものだ。魔法具の話を聞きつけて来たようだが、お前たちにそれを渡してやる義理はない。俺に頭を潰されないうちに失せろ」
「しかしっ……! レヴェリルイン様っ……! クリウールト殿下はお怒りです!! 禁書を差し出して許しを乞えば、きっと許してくれます!」
「必要ない。あんな男の許しなど」
「王家を敵に回すおつもりですか? 私はあなたのために言っているのです!」
「余計なお世話だ。王子のことなら、好きにさせておけ。王家も、どうせ何もできない。向こうには、その程度の魔力しかない」
「レヴェリルイン様……」
意見しようとした兄を無視して、レヴェリルインは立ち上がる。そして、僕の手を握ってくれた。
そうやって手を握られることすら、僕には強烈な刺激になる。多分、彼にはそんなこと、分かっていないんだろうけど……
どんどん、腹の奥の感情が増していきそうで、自分のことが怖くなりそうだった。
そんな、自分すら制御できなくなった僕を置いて、レヴェリルインは、オイルーギに振り向いた。
「今回は世話になったな。魔物への結界が仕上がった時は、お前に話しに来る」
「それは助かるが……これから、どうするんだ?」
「コフィレグトグスに魔力を返し、結界の魔法を完成させて、二度と、コフィレグトグスに手を出す者が現れないようにする。俺はしばらくここの冒険者ギルドに厄介になるから、禁書のことで何かあれば頼ってこい」
「ああ」
彼が答えると、兄まで立ち上がる。
「レヴェリルイン様」
「……なんだ?」
「俺も、ギルドの方に向かいます」
「なんだと……?」
「あ、いえ……あの、か、勘違いなさらないでください。コフィレグトグスのことは、既にあなたに預けてあります。どうにでも、好きにしていただいて結構です。ただ……俺たちも、自分の領地に出る魔物のことで困っていて、父上から、海岸線の魔物の調査を言い付けられているのです」
「………………構わないが、今度俺のコフィレグトグスに手を出したら許さない。覚えておけ」
「も、もちろんです……」
震え上がる彼を置いて、レヴェリルインは僕を連れて部屋を出て行った。強く僕の手を握って、振り返りもせずに、彼は僕を連れて行く。
長い廊下を歩いている間、僕はずっと、彼の背中だけを見ていた。どこへ連れて行かれるとか、何をされるとか、全部どうでも良くなる。
僕……この人に溺れてる。頭まで、抜け出せないくらいに浸って、それで息絶えても構わないと思うほどに。
どうかしてる……叶うはずないのに。この人が僕を好きになるなんて、あり得ないのに。
彼は、僕を廊下の奥にあった部屋に連れ込んだ。日当たりのいい部屋だった。テーブルにいくつか魔法具が置かれている。さっき入った部屋かと思ったけど、違うようだ。
そこでやっと、彼が僕に振り向く。彼の背後の窓からは、明るい光ばかりが溢れていた。
逆光が眩しくて目を瞑る僕の腕を強く握って、彼は僕を引き寄せる。
溜めすぎた感情が溢れそう。満たされていくのはこんなに気持ちいいのに、僕は自分を抑えるだけで精一杯だった。そうしてなかったら、全部溢れて、全部彼にぶつけてしまいそう。
だけどそんなことをしたら、きっと僕は彼を苦しめる。
僕が、焼けるようなこの感情を見せたら、彼は抱えきれずに苦しむんだろう。悩んで、きっと僕を受け入れられないと言って悲しむんだろう。レヴェリルインは、優しい人だ。僕が思っていたよりずっと優しくて、温かい人だ。そんな人だから、僕を突き放すなんてできないだろう。
どんな風に傷つけられたって、冷たく突き落とされたって、僕は構わないけど、そうした彼は、ずっと自分を責めて苦しむ。
そんなことをさせたいわけじゃない。ただ、そばにいたいだけ。だったらちゃんと隠していなきゃ。
僕は、従者なんだから。
我慢するから、そんな風に抱きしめるのは、やめてほしい。
なんでレヴェリルインって、僕にこういうことするんだろう……こんなにスキンシップ好きな人だったかな!?
ぎゅっと抱きしめられて、僕はずっと、彼から顔を背けていた。今、目なんかあったら、きっとどう我慢していいのかわからなくなる。
それなのに、レヴェリルインは僕の頭上で囁いた。
「…………コフィレグトグス……」
「……は、はい…………マスター……」
「……なぜ俺と目を合わせない?」
「え?」
「……あの兄のことばかり見て、どういうつもりだ?」
「ど、どうって…………」
だって、それはあの兄が、レヴェリルインを見ていたから、それが気になっていただけだ。レヴェリルインに視線を向けるのは、僕だけであってほしい。それだけだ。
「コフィレグトグス…………」
呼ばれて、彼の手が僕の腰に回る。強く抱き寄せられて、僕の体とレヴェリルインの体が触れ合っている。こんなことされたら、ますます目なんか合わせられない。
どうしよう……心臓って、こんなふうに高鳴るんだ。
隠さなきゃって思って俯く僕に、レヴェリルインは探るように言った。
「まさかお前……本当にあの兄が恋しいのか?」
「ち、ちがっ……! 違いますっ……!!」
「……だったらなんだ? なぜ、俺から逃げようとするんだ?」
「……」
本当は、逃げたくなんかない。ずっと見ていたいし、そばにいたい。片時も離れたくない。
だけど、僕がこんなひどい嫉妬の感情を持ってるって知られたくない。
結局僕は、自分の感情を抑えることも隠すこともうまくできない。自分のことなのに、何一つコントロールできないんだ。
答えられない僕の頭に、レヴェリルインが触れた。すると、フードが少し熱くなって、ふわりと浮く。それはすぐに元に戻ったけど、まるで暖かい風が吹いたかのようだった。
「守護の魔法を掛け直した。俺は……やはり、この魔法はうまく使えない」
「え、えっと…………そ、そんなのっ……いいんです……っ!!」
彼は、僕の頬にまで触れてくる。もうなんでもいいから、触れないでほしい。ドキドキしすぎて、訳が分からなくなりそうだ。
「……よくない。傷つけられたのに」
「へ!? え、えっと……あの、あの……あ、あの、あの……僕、べ、別に……傷つけられてなんかいません……だから、何もマスターが気にされることなどっ……いた!」
こんって、頭を小突かれて、びっくりした。いた、なんて言っておきながら、別に痛くはなかったんだけど、ドキドキは増した。
レヴェリルインって、これ全部、無意識でやってるのか? ただの従者の僕に、こんなことするってことは、みんなにするのかな……?
いちいちあの感情が湧いてくる。僕以外にこんなことしてるところを勝手に想像してしまう。
これさえなければ、僕はうまくやれたのかな……
この感情がなければ、レヴェリルインとも、もっとうまく付き合えたのかな。
もっとうまく隠して、もっとうまく彼のそばにいられたら、僕はもしかしたら、今ここで笑っていられたのか?
モヤモヤしたまま、それでも彼を見上げたら、彼は少しだけムッとして言った。
「ほら、痛いんじゃないか」
「…………え?」
「俺があの部屋に入った時、お前は血を流していた。痛くないはずがない」
「えっと……でも、い、いいんです…………あのくらいですんだし……そ、そんなに痛くなかったので……」
「……次にそう言ったら、痛いと言うまで鞭で打つぞ」
「え? ……はい……どうぞ……」
「……どうぞじゃない! はいとも言うな!」
「えぇっ……!? いたたたたたっ……」
頬をつままれて、ちょっとだけ引かれて、なんで僕、こんなことされてるんだ……
すぐに離してもらえたけど、なんだか変な顔見られちゃって、少し恥ずかしい。
そんな僕に、彼はいちいち触れてくる。被っていたフードまで退けられちゃって、髪を撫でられて、それだけでドキドキする。
「本当は、お前を傷つけられる前に迎えにいくはずだった。遅れて悪かったな」
「そんなこと……い、いい、い、いいんです……」
63
あなたにおすすめの小説
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる