18 / 106
18.冷たく微笑んで
しおりを挟むバーベキューから遠ざかりたくて、こっそりデスクの下に移動して蹲っていたけど、僕が隠れるところはいつもここ。
だからすぐに見つかってしまう。
ヴァルアテアが、肉と、食べやすく切った巨大とうもろこしの乗った皿を持って、デスクの下を覗き込んできた。
「ほら、トラシュ。肉ととうもろこし。ドラム缶用意したから、肉多めにしてやったぞ」
「……ありがとう……」
反射的にお礼を言って、皿を受け取る。それには、山盛りの肉と、僕にも食べられるよう人族用の調味料がかけられたとうもろこしが乗っていて、いつも添えてくれるパンもある。
なんで僕、ありがとうなんて言っているんだ……
全くありがたくなんてない。だって、失恋の悲しみを癒すためのドラム缶で、バーベキューされてるんだぞ。
これ、最初は本気で怒っていたんだ。僕は失恋したのに、無神経だって。
だけど、こうして焼いた肉だの野菜だのを差し出されると、だんだん受け取るようになり、僕も食べるようになってきた。
今だって、思い出を焼いてできた焼き肉なんて、食べる気しないはずなのに、箸を持ってしまう。こうしてヴァルアテアが焼いてくれる肉を見下ろすと、少しだけ涙が収まった。
いつのまにかショックだった気持ちも薄れている。あれだけ辛かったのに、もう、あの男の顔すら、思い出せそうにない。
まあ、いいか。もう、あんな男のことは忘れたんだ。
新しい恋でも探そう。
顔を上げると、ヴァルアテアが、こんがり焼けた肉を、僕の皿に追加してくれた。
「食べておけ。空腹では戦えないだろう。最近、魔物を売って稼いでいる盗賊たちが、俺たちを恨んで刺客を差し向けていることも知っているはずだ。警戒を怠るな」
「……うん……」
魔物を売って稼ぐことや、魔物を手懐けて売ることは禁止されているが、そういうことをする連中は後を絶たない。そういう奴らからすれば、魔物を退治して報酬をもらう僕らは、商売敵らしい。この前は、そいつらに捕まった同僚が病院送りにされた。
魔物自体にも恨まれているから、いつの間にか体に染み付いた匂いを嗅ぎつけ、さっきのマンションの時みたいに、魔物が襲ってくる。
もうあちこちから恨みを買ってばかりだ。
だから、本当ならすぐに戦えるように準備してなきゃいけないんだけど、真面目にそれをしている奴はほとんどいない。
いつも全く緊張感のない奴の筆頭であるオーイレールが、ヴァルアテアの後ろから、焼けたニンニクを山ほど乗せた皿を持って顔を出した。
「トラシュー。俺のとうもろこし、食ったか?」
「まだ……」
「なんだよ、食欲ねえのか? それなら、ニンニク食うか!? 焼きニンニク!!」
「それはいい……」
「焼きそばは? うどんもあるけど、どっちにする?」
「……お好み焼き」
「ない!! そばにしとけ!!」
いらないって意味で言ったのに……
それでも、オーイレールは焼き網の上に乱暴に黒焦げ同然の古いフライパンを置いて、大量に油をいれ麺を焼き出して、他の奴らに怒られてる。
……あれ、絶対また半分以上焦げた焼きそばになる。オーイレールの焼きそばって、いつも油たっぷりで、ソースが焦げてるんだ。
他にもいろんな奴らが集まってきて、僕に肉だの野菜だのをすすめてくれる。
あんまり食欲ないけど、渡されると受け取ってしまう。缶ビールまで出てきて、もう、職場のオフィスとは思えない宴会状態だ。
ますますデスクの奥まで下がってしまう僕だけど、オーイレールは、断ったはずの焼きそばを持ってきた。
「トラシュ。ほら、焼きそば。青のりと紅生姜、かけてやったぞ」
「…………ありがとう……」
やっぱり焦げてる……それなのに、つい食べてしまう。
せっかく焼いてくれたし、これだけニコニコされながら渡されると、なんとなく、美味しい気がする。焦げた味がするけど。
だけどオーイレールは、自分の焼きそばに自信があるらしい。箸を片手に僕の前に座って、感想を求めてくる。
「うまいかー? 俺の焼きそば」
「……焦げた脂の味……」
「そうか! うまいか!!」
「……」
そうは言っていない。オーイレールの焼きそば食べてるの、オーイレールと僕だけじゃないか。
だけど、いつの間にか皿は空になっていた。肉ととうもろこしと油と焦げた麺で、もうお腹いっぱいだ。
僕は一体何をしているんだ……
さっきまでニコニコしながら成り行きを見守っていたフュイアルさんまで近づいてきた。
そいつは、宴会を続ける面々に、ぱんぱんと手を叩いて言った。
「はーい。仕事中だよー。解散かいさーん」
一応ここの管理者のフュイアルさんが来て、みんなそそくさと肉の乗った皿を持って、デスクに戻っていく。
僕も、ドラム缶を魔法で小さくして、デスクに戻った。
ヴァルアテアが僕の肩にぽんと手を置いて、こんがり焼けた肉と野菜が乗った皿を僕に渡してくる。
皿の隅には、魔力で書かれた「フュイアルの分」という文字。渡して来いっていう意味だ。
ヴァルアテアは、いつも最後に僕にこれをさせる。
フュイアルさんは、わざわざ僕の隣の空いているデスクに座ってきた。
せめて塩分取りすぎで死んでほしくて、デスクの引き出しに置いてある塩を振って差し出すけど、フュイアルさんにおでこをこづかれ、せっかく振った塩は魔法で集められて瓶に入れられて、僕の頭に飛んできた。
「いたっ……!」
「トラシュは、いつその塩作戦やめるの?」
「フュイアルさんが塩分取りすぎて死ぬまでです」
「毎回気づかれてるのに? 食べ物は大事にしなさい。これもうまいけど、俺はトラシュが作った料理が食べたい。今度何か作ってよ」
「僕は好きな人のためにしか料理しません。死んでください」
心底、気持ち悪い人だ。
僕は恋人にしか料理を作らない。こんな人に何か作るくらいなら、死んだ方がマシだ。
もう明日にでも死んでくれないかな。
イライラする。
食事でもして、気を鎮めよう。
さっき渡してもらった肉に手をつける。
デスクに戻って行った面々も、思い思いに食事を続けていた。
今日はあの魔物騒動があったし、残業になりそうだ。
フュイアルさんも、それがわかっているから、いきなりオフィスが夕飯の時間になっても何も言わない。
それどころか、自分もしっかり焼き立ての肉を食べながら、魔法で人数分のお茶を入れている。
「あ、そうだ。トラシュ、しばらく仮眠室に住んでいいよ」
「……なんで僕がそんなところに住むんですか?」
「壁に大穴開けて、マンション出て行けって言われてるだろ? 現場の検証も必要になるし、しばらくは住めないんじゃないか? あのクソ男のせいで、トラシュまで犯罪者みたいに思われてるし、しばらく部屋、借りれそうにないんだろ? 仮眠室、ずっと使ってないし、もうすぐ寮作る予定だから、出来たらそっちに移ればいい」
「寮、作るんですか?」
「うん。要望も多かったから。これ、計画書。他にも、移りたい人、これに名前書いといてー」
フュイアルさんが、立ち上がって入居のための書類を振ると、みんな嬉しそうによってくる。
この仕事、魔物に狙われやすいってことで、不動産屋には敬遠されるし、狙われたときに、一人より近くに仲間がいる方がすぐに対処しやすいということで、寮を求める声は昔からあったんだ。
僕もこれから住むところを探さなくて済む。荷物、持ってこないと。
そんなことを考えながら、書類に必要事項を記入していたら、後ろから食事を終えたフュイアルさんが急かしてくる。
「トラシュー。行くよー。仕事ー」
「なにしに行くんですか……」
「魔物が出たところに検証に行く。ついてきなさい」
「行きません。僕、他に仕事あるし、僕は現場に行ったらだめなんじゃなかったんですか?」
「トラシュの部屋だろ? 終わったら荷物運んでいいから」
「フュイアルさんとは行きたくありません」
「いいから来なさい」
「わっ!!」
いきなりそいつが放った鎖の魔法が、僕をぐるぐる巻きにする。
「離してください! フュイアルさん!! 離せ!!」
「いいから来なさい」
「ざけんな!! 離せ! フュイアルさんと仕事なんてやだ!」
叫んで暴れても、フュイアルさんは聞き入れるどころか、僕が逃げられないように鎖をきつく巻きつけて、担ぎ上げてしまう。
オフィスから出る際、すれ違ったヴァルアテアが「あまり乱暴にするな。フューア」と、優しい忠告をしてくれるのに、冷酷魔族のフュイアルさんは、そいつに冷たく微笑んで呟く。
「これは、俺の」
37
あなたにおすすめの小説
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
Original drug
佐治尚実
BL
ある薬を愛しい恋人の翔祐に服用させた医薬品会社に勤める一条は、この日を数年間も待ち望んでいた。
翔祐(しょうすけ) 一条との家に軟禁されている 平凡 一条の恋人 敬語
一条(いちじょう) 医薬品会社の執行役員
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる