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変わりゆく日常

9【※】

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 ベッドへ行こうと純一が言った。
 立ち上がろうとして上手く身体に力が入らず情けなく笑った。
「じっとしてて」
 そう言うと純一は悠人を抱き上げた。
 突然のことに驚きながら、しがみつくように首に手を回すと身体が密着した。
 甘い匂いは更に強く感じて、悠人は首筋に顔を埋めてその香りを深く吸い込んだ。
「くすぐったいそれ」
「なんで、むつが居たの? 冬真さんも、居たよね?」
「あー。悠人が連絡くれてから何回も連絡したんだけど返事ないし。電話も出ないし。ついさっきまで元気そうだったのにどうしたのか心配になって。仕事も殆ど終わったから後は慎二に任せて速攻で部屋に来てみて。まぁ、何もなければそれでいいけど。何かあったらどうしようって思って。ちょうどそしたら店長さんがいて。向こうも驚いてたけど」
「部屋……そっか、この前送ってもらったから、わかったのか」
「そ。それでこっちの事情話したら店長さんから……まぁ、悠人が連絡してきたっていうことを聞いて、ね」
 ドアを開けると一気に甘い匂いが広がる。
 それは先ほどまで自分がいた部屋だからこそ、そこで何度も自慰をしたからこその匂いだと気づいて悠人は恥ずかしさに頭が真っ白になる。
 だが今さらだとも腹を括るのは、こうして純一に密着して安心しているからこその心境でもあった。
「すっげぇ匂い……さすがに、俺も我慢できなくなりそう……」
「しなくていいよ、我慢」
 ねだるように甘く囁き、悠人は純一の首筋に口づけた。
 ぴちゃりと水音がして舌を這わせると、純一はピクリと身体を震わせて立ち止まった。
 ベッドに悠人を降ろしながら、苦々しい表情で手を握った。

「でも、今の悠人は……いつもと、違うだろ?」
「ちがうけど……ちがわないよ。さっき、分かったから」
「さっき?」
 こくりと頷いて悠人は手を握り返す。そのまままるで祈るように、顔に近づけた。
 薬は即効性があるものを持ってきてくれたのか。少しだけ思考が晴れている気がした。それとも、幾分か自分で熱を吐き出せたおかげで少し楽になっているのか。どれが正しいのか分からない。
 ただそれでも、一人で熱に思考を奪われ、快感を貪ろうとしたときに気づかされたものは、変わらないし偽りでもない。
 あれはずっと気づいていたものを、自ら蓋をしていただけだ。
「俺はずっと……むつが……純一が欲しかったんだ。あの時も、今も。ただ、あの時はまだお前はαかどうかも判明してなかったし。それに……あの時はまだ、本当に好きっていう気持ちは、分かってなかったんだと思う。でもあの後、俺はお前が欲しいんだって気づいて……でも、そんなの、あんな姿見せた後に言うのはイヤだったし。色々信憑性もないし。口にするのも恥ずかしくて。それにΩの性質を身をもって知ったから……逃げた」
 顔を少しあげると、未だ眉間に皺をよせた純一がじっと見つめていた。
 おそらく彼は彼で、この匂いに無理に我慢をしているのは明白だ。しなくていいと言っても、おそらく彼はする。
「なのに、なんかよくわかんないけど俺のこと見つけて……会って、それで……コレで。ずっと、最初から嬉しかった。でもやっぱ話を聞けば聞くほど、俺なんかがお前に……好きって言って貰えるなんて、何か違う気がして」
「違わないでしょ」
 否定を否定し、純一は深く息を吐く。
「聞いたよ、六條さんは不感症なんだって、彼から」
「っあー、香瑠のやつ、マジか」
「でも、彼が……俺の匂いに気づいて……、多分コレは、薬じゃ治まらないって。その時言われたんだ」
「何を? 何か変なこと言ってたら今度しばくけど」
「変なことじゃないよ。今まで……俺も、αの匂いに気づいたことあるかって。少しでもイイ匂いとか、気になるとか、そういう匂い。多分ないんだ、俺も。匂いを感じたのは、あの時だけで……」
 そして告げる。
「お前が店に現われたあの時からしてる今だけなんだって、気づいたんだ」

「今まで、それだけ? 本当に?」
「うん。誰も感じた事ないよ。冬真さんも別に感じないし。だからあの人も、俺は話しやすいって言ってた気がする、そういえば。だから、俺たちはずっと、お互いの匂いしか知らなかったんだ」
 ぎゅっと身体の奥から締めつけられるような痛みを感じた。
 だが痛みは甘く焦がれる想いの現われだ。
「だから、我慢しなくていい」
 そう告げると純一は深呼吸をして言った。
「さっき、店長さんに言われた。薬は、少しは落ち着かせることはできるけど、多分無理って。悠人も……欲しいものがそこにあるんだから、我慢出来るわけがない、って」
 その言葉に悠人は笑って頷いた。
「うん、欲しい。ずっとこんなこと思った事ないぐらいに、欲しい」
「……好きだよ、愛してる。だから……二度と、俺の前から居なくならないで」
 純一は祈るように囁いた。
 顔を近づけて悠人は甘い吐息を漏らしながら、その言葉に答えた。
「俺も、好きだよ。愛、してる……から、ずっと、一緒にいて?」
 純一は頷くと、喉を鳴らして言った。
「ごめん。もう、我慢できないわ」
 そう言って、悠人に口づけると、ベッドに押し倒して舌をねじ込んだ。
 舌を絡めながら、両手の指を絡め強く握り絞める。
 ただそれだけなのに、身体の隅々まで驚くほど気持ちよくなった。

 咥内を貪るように口づけているだけなのに、身体はすでに奥まで受け入れる為に熱く溶けている。
 さっきまでの自慰とは比べものにならないほど、口づけだけで快感は波のように押し寄せてきた。
 唇を離すと、純一は首筋に舌を這わせた。シャワーを浴びても、すぐにうっすらと汗をかいていた肌は、熱い舌に過敏に反応した。
「あ、ッ、ぁあ……」
 奥から蜜が溢れる。シャツ越しに胸元を触れられ、他人に触れられる快感に目の前がチカチカとする。
 想像したことがないほど気持ちがよかった。
 胸元を軽く弄られただけで、再び絶頂に達してしまう。
「あ、やッ、あ……!」
「ずっと、一人でシたの? ここで」
「あ……、そう……ぁ、だけどッ」
「このシャツ、この前俺が貸したやつだよね? 匂い……した?」
 胸元を指先でなぞりながら純一は言った。だが指先は服の生地を押し上げている部分から離れた場所を滑るだけだ。
 触って欲しい思いを込めて、悠人は頷きながら言った。
「した。だから……純一が、欲しくなって……ッ」
「うん。それで?」
「それで……ずっと、一人で……ッぁ」
 指は尖った部分に触れぬまま離れた。
 代わりに、純一は舌を覗かせ近づけると、シャツの上から硬くなった乳首を舐めた。
「ッ、ぁあ……ぁ」
「それで治まると思った?」
「思わ、なッ……ぁあ」
 唾液を含ませて濡れたシャツ越しに舌で押し潰すように刺激されると、悠人は身を捩らせた。
 自分で触れるのとも違う快感に、またそれだけで達してしまいそうだった。
 身体は普通の状態ではない。すでにヒートの状態だ。発情している。
 だから何もかもが気持ちよくて、初めての感触はすべて脳天を揺さぶるほどの快感である。
「や、あ、だめ……ッぁ、イク……ぅぁ」
「いいよ、いくらでもイって」
 じゅっと音を立てて吸いあげ、もう片方の乳首を指先で強く摘まみ上げた。
 背を弓なりに反らして、悠人は声を少しだけ押し殺して絶頂した。
 すでに何度も吐精したペニスからは、白濁の液体は吐き出される事なく、透明な蜜ばかりがとぷりと漏れる。
 そして、後孔も多くの蜜を漏らし、むず痒さに内腿を擦り合わせ身を捩った。押し流された蜜がぐじゅりと音を立てた。
「後ろ凄い……匂いもする」
「匂い?」
 純一は目を細めて微笑むと言った。
「甘い匂いがする。ずっと、俺たちだけが感じてるアレ」
「あ……ッ、そん、なに?」
「うん」
 悠人の身体の線を指先が滑らかになぞっていく。ぴくりと震えながら、指先がどこを通るのかを感じ、更に身体が期待に震える。
 辛うじて履いたトランクスを脱がされた。蜜に濡れたトランクスをベッドの脇に落として、純一は内腿に指先を這わせた。

 その間も、濡れた双眸がじっと身体を見つめていた。
 欲望に濡れた瞳は、自分を欲しがっていて興奮する。それを察知したのか、純一の視線が悠人の視線と絡み合う。
 じくりと身体に熱が走り、喉を鳴らして唾液を飲み込んだ。
「あ……ぅ」
「見られてるだけで、興奮するの?」
「ちが……っ、ぁ」
「ねぇ悠人、今まで誰かとこういうコトしたことある?」
 悠人は首を横に振る。
 今まで男も女も避けてきた。
 誰かと共にありたいと思った事もない。触れたいと思ったこともない。
 だが今は違う。
「純一……は?」
「俺? 気になる?」
 今度は首を縦に振る。
 純一は笑って内腿から指を後孔へと滑らせて行く。柔らかい肉の表面を爪先が細く掻きながら滑り息を詰めた。
「何度かそういう風になりそうになったけど、全然、興味が湧かなかったんだよね。誰であっても、あの時の悠人に勝るものなんてなかったから」
 指先が蜜にふれ、ぐちゅりと音がした。
 そのまま、口を開けた後孔へと指が進んでいく。
 すでに熟れた蕾は指を難なく飲み込む。純一は口元に笑みを浮かべて、濡れた指を中で軽く円を描くと引き抜いた。
 味わうように指に纏わり付いた蜜をなめる姿に、悠人はまた喉を鳴らした。
「凄い、熱いよ。あと、匂い……分かる?」
「わ、かる」
 頷いて悠人は手を伸した。
 その手に誘われるように純一は顔を近づけた。
 近づいて口づける。互いの香りが部屋中に充満している。
 首筋に口づけ、舌を這わせ吸い上げながら、純一は自分の腰を押しつけるように身体を密着させ小さく囁いた。
「限界。入れてイイ?」
「いい……欲しい、はやく、欲しいから」
 ずっと欲しかったものを服越しに感じた。硬く熱いそれが、中を満たしてくれるのを待っている。
 指を入れられた蕾は、すでにそれを求めて収縮を繰り返している。蜜が止めどなく溢れ、早く早くとねだるように。
「純一……」
「ん?」
「好き。ずっと、好きだったんだ、お前のことが……いつからか、分かんないけど。ずっと……」
 それ以上の言葉を口にする前に、純一は再び口づけた。
 ベルトを外す音、ズボンを脱ぐ衣摺れの音がして、足を持ち上げられた。
 唇を離して純一はシャツも脱ぎ捨てると、屹立したペニスを後孔に宛がった。
「あ……」
 つぷり、と先端の膨らみが中に入ってくる。窄まりの肉襞が形を受け入れ蠢く。
 ゆっくりと中に入ってくる。思った以上に質量のある熱に、悠人は息を忘れる。
「力、抜いて」
「あ……、ぅぁぁ」
 純一の指先が肌をさすり、気持ち良くて吐息を漏らした。その間にゆっくりと、更に奥へと押し進んでくる。
 肉襞がぎちぎちと広げられる感触が伝わる。中を押し進むペニスの形がくっきりと分かるほど、密着し、粘膜が擦れて気持ちがいい。
 蜜が更に溢れると、滑りはよくなりもっと奥までとねだるように肉襞が収縮を繰り返し誘っていく。
「あ、ああ……あ」
 純一の腕を掴んで悠人は声を上げた。
 喉を曝け出し、ただ入れられるだけの感覚に快感が突き抜ける。
 ぴったりと中が埋まった。結合した部分の肌が触れあい、純一の余裕のない声が名前を呼んだ。
「動いて、いい?」
「いい、好きに……していい、から、ぁ……ッ」
 少しだけ引き抜き、そして奥を突き上げる。
 緩やかな抽挿で奥を突き上げられる度、悠人は声を漏らした。
 少しずつ早くなる。
 その度、溢れた蜜がぐちゅぐちゅと音をたて、泡立ち、更に卑猥な音で満たしていく。
「あ、い……ッ、いい、じゅん、いち、あ……ッ」
 身体がビクビクと震え、達しているのか分からないほどの快感に頭が真っ白になる。
 これほど強い快感は初めてだった。もうなにも考えられないほど、中をもっと満たして欲しくて悠人は純一の名を呼ぶ。
 首筋に口づけ、歯を立てて純一は苦々しく呟いた。
「やっば……ッ、これ、やめられる、気がしねぇ」
 その声もいつもより低く響希、腰からじくりと熱を帯びる。
 身体を密着させてゆっくりと抽挿を繰り返す。
 緩やかな快感が身体を揺らし、震えながら悠人は純一を抱きしめた。

「ねぇ……ッ、純一、噛みたいの?」
「……ッ、たぶん、そう」
 舌が肌を舐めた。先ほどから何度も歯を立てている皮膚はちりちりと痛み、甘い刺激を与えている。
 位置をもっと後ろへ、項を狙いたいのを抑えるように、その辺りをずっと純一は歯先で傷をつけていた。
「ごめん、痕……ついてる」
「いいよ。いいから……ッ、噛んでも、いいよ」
 そう言った悠人の言葉に、純一は小さく笑った。
「それは、まだしない。本当に、良いって。素面の悠人が、後悔しないって……ッ、言ったら、噛む」
 純一は身体を起こすと、悠人の足を掴み更に奥を突き上げるように体勢を整えた。
 呼吸を整えながら、髪を掻き上げて言う。
「今の悠人もが良いって言うのも良いけど……。そうじゃなくって、どんな状態でも、俺がじゃなきゃイヤだって、言ってもらわないと」
 言うに決まっている。そう思いながらも言葉に出来ず純一を見上げた。
 唇に形良く弧を描き、目を細めて笑う。
「全部素面で自覚してもらわないと。俺がどれだけ悠人のことが好きか、多分、全然分かってないんだから」
 得物を仕留めた狩人のように。
 色濃く揺らめく黒曜石が二つ、愛おしげに見つめて言った。
「俺は、悠人の為ならなんだって出来るからね」
「あ……」
 息が止まりそうだった。
 その瞳に魅入られると動けなくなる。それはずっと昔からだった気がして、悠人は唇を震わせた。
 その瞬間、奥を強く突き上げられた。
「ああッ、あ、あ――っ!」
 一気に身体全体に快感が走る。指先まで快感に支配され、動かすだけでも身体が甘く痺れる。
 何度も同じように突き上げられ、悠人は声を上げながらも視線をそらせなかった。
 見下ろす双眸に魅入られたまま、再び身体は絶頂へと駆け上がっていく。
「ッ、ふあ……あ、あ、イク……ぁ、あ、ああ……ッ!」
 ぐっと奥を押し上げられ、たまらず身体が痙攣した。
 今までと桁違いの快感が走り、目の前が真っ白になる。
 肉襞がぎゅうぎゅうと早い収縮を繰り返し、中のペニスを刺激する。
 中に吐精させるために、何もかも絞り取るように強く締まる。
「ッ、――く」
 ぐっと更に奥を突き上げた時、中に熱が広がった。
 じわりと広がる熱を感じて、悠人はか細く声を上げた。
 広がる熱が、ずっと渇いていた欲望を満たしていく。
 真っ白になった頭は何も考えられなかった。ただただ満たされたことに口元が緩み笑みがこぼれる。
「はっ……悠人」
 純一の声に対して、緩慢に視線を向けた。

 まだ欲しい。身体がそう言っている。
 まだ欲しい。純一の視線がそう訴えている。
「純一……、もっと、して」
 まだ欲しい。悠人はそう呟いた。
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