21 / 113
身代わりの結婚
4
しおりを挟む
「このたびは一嘩がとんでもないことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ようやく口を開いた父に続いて、母と私も頭を下げる。
「いやあ、うん。とりあえず顔を上げてくれないか」
おじ様もまだ混乱の中にいるのを、その戸惑った口調から察する。彼の様子に強い怒りの感情はないようで、わずかにほっとしながら顔を上げた。
けれど、正面に座ったおば様は厳しい表情をいっさい崩していなかった。その姿に、こうして顔を合せるのも苦痛なのだろうとわかってしまう。
仕方がないとはいえ、以前は温かく迎えてくれた彼女の変わり様に胸がズキリと痛んだ。
「一嘩さんには、もう戻る意志はない。そういう認識でいいか?」
おじ様の問いかけに、膝の上で握られていた父の拳に一層力がこもるのを視界の端に捉えた。
形式的に確認されているだけで、万が一姉が心を入れ替えたとしても元には戻らないと、ここにいる誰もがわかっている。
たとえ碧斗さんがまだ姉を想っていようとも、周りがそれを許さないだろう。
「かまいません。娘は家も出てしまった。今日は直接謝罪もさせられず、本当に申し訳ない」
父が再び深く頭を下げた。
「一嘩には、うちの敷居を二度と跨がせるつもりはありません」
父がそう言い切ると、母がわずかに体を揺らした。
優秀な姉を気に入っていた母にしてみれば、怒ってはいても本気で娘を突き放すなんて難しいのかもしれない。
「……当然ね」
小声で忌々しそうに言い放ったのは、小野寺のおば様だ。隣に座ったおじ様が彼女の腕に手を添えて諫めているが、気が治まらないのも仕方がない。
張り詰めた空気の中、再びおじ様が口を開いた。
「これまでの事業をここで断念するのは、うちとしてもそれなりの痛手だ。波川屋と継続するか、それとも同業他社を検討するかとなるが」
縁の切れた相手を、優遇する理由はない。むしろ、それをしてしまえば公私の区別もつけられないのかと批判されかねない。
両親は波川屋の経営が危うくなると言っていたが、考えてみれば小野寺だって当然多額の投資をしているだろう。
進んでいた話がとん挫すれば、小野寺側も無傷ではいられない。その損害も波川側が負担するのが筋だろうが、うちにそんな力があるのか。
家業とは無関係な生活をして、状況をまったく把握していなかった自分が謝罪したところでなにも響かないだろうと、今さらながらに痛感させられた。
波川屋もまだ候補であるかのようにおじ様は言うものの、話は両家のだけの問題ではないくらいは私でも理解している。これは、お互いの会社を巻き込んだ話なのだ。小野寺の経営陣の中には、うちにこだわる必要性を感じていない人もいるかもしれない。
たしかに祖父の代でこちらが手を貸していたとしても、とっくに世代交代している。それに、もう何年も提携をしてきたのだから、うちは過分な恩恵を受けているに違いない。
そう考えれば、ここで見限られるのも仕方がないのだろう。
逆に、これでもまだ情だけで波川を受け入れるようなことがあれば、おじ様や碧斗さんの信頼にも関わってくる。
ようやく口を開いた父に続いて、母と私も頭を下げる。
「いやあ、うん。とりあえず顔を上げてくれないか」
おじ様もまだ混乱の中にいるのを、その戸惑った口調から察する。彼の様子に強い怒りの感情はないようで、わずかにほっとしながら顔を上げた。
けれど、正面に座ったおば様は厳しい表情をいっさい崩していなかった。その姿に、こうして顔を合せるのも苦痛なのだろうとわかってしまう。
仕方がないとはいえ、以前は温かく迎えてくれた彼女の変わり様に胸がズキリと痛んだ。
「一嘩さんには、もう戻る意志はない。そういう認識でいいか?」
おじ様の問いかけに、膝の上で握られていた父の拳に一層力がこもるのを視界の端に捉えた。
形式的に確認されているだけで、万が一姉が心を入れ替えたとしても元には戻らないと、ここにいる誰もがわかっている。
たとえ碧斗さんがまだ姉を想っていようとも、周りがそれを許さないだろう。
「かまいません。娘は家も出てしまった。今日は直接謝罪もさせられず、本当に申し訳ない」
父が再び深く頭を下げた。
「一嘩には、うちの敷居を二度と跨がせるつもりはありません」
父がそう言い切ると、母がわずかに体を揺らした。
優秀な姉を気に入っていた母にしてみれば、怒ってはいても本気で娘を突き放すなんて難しいのかもしれない。
「……当然ね」
小声で忌々しそうに言い放ったのは、小野寺のおば様だ。隣に座ったおじ様が彼女の腕に手を添えて諫めているが、気が治まらないのも仕方がない。
張り詰めた空気の中、再びおじ様が口を開いた。
「これまでの事業をここで断念するのは、うちとしてもそれなりの痛手だ。波川屋と継続するか、それとも同業他社を検討するかとなるが」
縁の切れた相手を、優遇する理由はない。むしろ、それをしてしまえば公私の区別もつけられないのかと批判されかねない。
両親は波川屋の経営が危うくなると言っていたが、考えてみれば小野寺だって当然多額の投資をしているだろう。
進んでいた話がとん挫すれば、小野寺側も無傷ではいられない。その損害も波川側が負担するのが筋だろうが、うちにそんな力があるのか。
家業とは無関係な生活をして、状況をまったく把握していなかった自分が謝罪したところでなにも響かないだろうと、今さらながらに痛感させられた。
波川屋もまだ候補であるかのようにおじ様は言うものの、話は両家のだけの問題ではないくらいは私でも理解している。これは、お互いの会社を巻き込んだ話なのだ。小野寺の経営陣の中には、うちにこだわる必要性を感じていない人もいるかもしれない。
たしかに祖父の代でこちらが手を貸していたとしても、とっくに世代交代している。それに、もう何年も提携をしてきたのだから、うちは過分な恩恵を受けているに違いない。
そう考えれば、ここで見限られるのも仕方がないのだろう。
逆に、これでもまだ情だけで波川を受け入れるようなことがあれば、おじ様や碧斗さんの信頼にも関わってくる。
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない
如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」
(三度目はないからっ!)
──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない!
「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」
倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。
ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。
それで彼との関係は終わったと思っていたのに!?
エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。
客室乗務員(CA)倉木莉桜
×
五十里重工(取締役部長)五十里武尊
『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる