上 下
74 / 113
不穏な足音

しおりを挟む
「さあ、もう待ちきれない。食べてもいいかな?」

「もちろん」

 そろって手を合わせて、食事をはじめる。
 碧斗さんの気持ちの良い食べっぷりにつられるように、話が弾む。

「――それで、以前お世話になった方に連絡したら、録音の仕事をもらえそうで」

「すごいじゃないか!」

 手放しに褒められて、気分が高揚する。彼はいつだって私の行動を肯定してくれるから、安心して打ち明けられる。

 碧斗さんと数カ月一緒に過ごしてきて、この生活にもすっかり慣れてきた。
 そうなると、時間を持て余し気味になってしまう。フランスで長く忙しい毎日を送っていたせいか、家事をするだけという日々はなんだか落ち着かない。

 生活費はすべて彼が負担してくれて、お金に困らない暮らしをさせてもらっている。
 けれど、それに甘えて優雅に暮らすなんて私には合わない。

 結婚当初に、まずはふたりでの生活に慣れることを優先して、子どもは一年後くらいから考えようと話し合っていた。
 今後の子育てなどを考えれば、今から長期にわたる仕事をはじめるのは難しいかもしれないが、単発の依頼なら問題ない。それをコンスタンスに受けられたら理想的だ。

「実力というよりは、人脈かもしれないけれど」

 大学に在学中からいくつかのコンクールで実績を残したのもあり、それなりの信用は得ている。
 でも同じような立場の人はたくさんいるはずで、それだけでは取り立ててもらえないだろう。

 私をずっと目をかけてくださる先生を通して、フランスへ渡ってからも何回か依頼を受けていた。今度の話も同じ伝手を頼ったもので、声をかけてそれほど待たずして話を回してもらえたのはありがたい。

「人脈づくりも実力のうちだ。熱心で一途な音羽の姿が、周囲に協力してやりたいと思わせるんだな」

 そこまで言われると、なんだかくすぐったい。

「それじゃあ、ますますがんばらないと」

 誰かに期待されるのは、光栄なことだ。次の依頼につながるように、持てる力を尽くそうとやる気が満ちてくる。

「もう何年も前になるが、音羽の演奏は本当に素晴らしかった。学生の頃ですら感動したくらいだ。あれからますます磨きがかかっているんだろうな。俺ももう一度、聴きたいよ」

 彼がまだ姉の婚約者だった頃、自宅で顔を合せた際に演奏会に出る話をしていた。
 律儀にも碧斗さんは会場まで足を運んでくれ、終演後に花束をもらったときはすごく驚いた。

「碧斗さんの私に対する評価は、ちょっと甘すぎです。でも、そう言ってもらえてうれしい」

 和やかな雰囲気で食事を終え、寝支度を整える。
 寝るにはまだ少し早く、碧斗さんに誘われてリビングのソファーに座ってもう少し話をすることにした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

無敵チートで悠々自適な異世界暮らし始めました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:2,517

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:425

【R18】どうか、私を愛してください。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:371

短編まとめ

BL / 連載中 24h.ポイント:397pt お気に入り:102

運命のアルファ

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:173

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:393

処理中です...