たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第八章 おかわいそうに

第八話 寿退社

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 ガラス戸の正面玄関前には、診察の受付を待つ人が既に立っている。
 畑中は施錠を解除した。
 ドアが開けられ、受付カウンターに整然とした列ができる。
 
 今日は契約社員のカウンセラーも来院する。
 その分、クライアントも多くなる。

「おはようございます」

 畑中は通院者から健康保険書を受け取って、待合室での待機をすすめる。
 優しい笑顔と甘ったるい声。
 それがいっそう鼻につく。

 年明けとはいえ院内は、年末までと変わりがない朝。

 そうこうするうち、契約社員のカウンセラーも出勤した。

「おはようございます」

 今日は外部の人間が混ざってくれていることが、喜ばしい。
 デスクの前で立ち上がり、新年の挨拶を交わし合う。
 彼は自分のデスクに向かい、麻子も座る。

 早速リュックの中からファイルをいくつも取り出した。そして手に提げていたコンビニ袋の中身も並べる。

「すみません。僕、朝飯まだなんで。食べちゃっていいですか?」
「はい、どうぞ。飲食は禁止しゃありませんから、給湯室にあるお菓子とかも、好きな時に食べちゃってもいいですよ」

 麻子はパソコンの電源を落として折り畳み、給湯室へ行こうとした。

「あれっ? 三谷さんは、お休みですか?」

 非常勤の鶴が訝しむ。
 畑中が受付業務で忙しい時は、三谷がお茶入れをするからだ。

「三谷さんは、院長と話をしていて」
「そうですか」

 二十代後半の彼は自分の立場を心得て、必要以上に入り込まない。
 若いけれども有能だ。
 デスクに握り飯ふたつを出して早速食べ始めている。
 麻子は急須と湯飲みで丁寧に緑茶を入れた。
 それを盆に乗せて運び、二個目にかぶりついている彼の手元に湯呑みを置いた。

「ありがとうございます」

 片手で湯呑を鷲掴みにして、ひとくち啜る。
 
「えっ、旨っ」

 感情表現が豊かな彼は、麻子が入れた緑茶を飲むなり、瞠目した。
 それだけで、ささくれ立った心が和らぐ。
 麻子が盆を給湯室に戻そうとしかけると、診察室のドアが開く。
 
「失礼します」

 と、事務室に戻ってきたのは三谷だけ。

「あら、鶴さん。おはようございます」
「あけまして、おめでとうございます」

 朝食を食べ終えた鶴は椅子を引く。自ら三谷に近づいて、新年の挨拶を済ませた鶴は、診察室の院長に、そして受付にいる畑中にも足を運び、帰って来た。

「畑中さん、今月いっぱいで退職されちゃうんですね」
 
 三谷に対して、少しがっかりといったニュアンスで告げた鶴は、話を続ける。

「だけど、寿退社みたいだし。お祝いしないと」
「あら、鶴さんだって、畑中さん狙いだったんじゃないですか?」
「まぁ。そりゃあ……。そうでしたけど」

 と、痛いところを突かれたように、鶴が首の後ろに手を当てた。
 若々しくて朗らかで、目鼻立ちが整った鶴も、彼女に声をかけていた。
 
 そして何度か食事に行ったことなども、事務室で嬉し気に話していた。

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