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第二章 死がふたりを分かつとも
第37話 嘘つき
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肩を揺らして一笑し、アルベルトはサリオンを一瞥した。
諦観と未練が混濁した眼差しが、ズキリと胸に突き刺さる。サリオンは、ふいと顔を背けることしかできずにいた。
「俺がこの国の皇帝だからこそ、お前は俺が迫っても、上手く躱してくれていた。番も母国も奪われて、奴隷にされた恨みも憎しみも全部、ぞの胸の中で押し殺し、俺に仕えてくれていた。そうだとするなら、あまりにお前が可哀想だ。俺が身を引き、レナと子供をもうけたら、少なくともレナの望みは叶えてやれる。レナの側付きとしての責任も、お前は果たせる。それならいっそ、そうするべきだと自分を納得させるつもりでいた……」
アルベルトの顔を見なくても、懊悩している表情が、脳裏に浮かぶようだった。
その彼が、やはり今夜はレナと一夜を過ごすつもりでいたのだと聞いた瞬間、体のいちばん深い部分がヒヤリとした。サリオンは、瞬きすらも忘れるぐらいに狼狽した。
「だが、お前がダビデに連れ去られたと知った途端に、そんなもの全部吹っ飛んだ」
言い終えるなり、アルベルトが決然と頭を上げた気配がした。
サリオンもまた彼を見た。
のらりくらりと擦り抜けることもできるのに、受け止めなければならない気がした。
廊下の上部に設えられた明かり取りから、斜めに差し込む月光が、アルベルトの半身を横切るように照らしていた。
「なあ、サリオン。そうするべきだ、で、生きてて何が楽しいんだ? 皇帝として俺が普通に、まっとうに世継ぎを作り、王家直系の継承と、治世の安定を図ってみせれば賢帝だと、他人は評価するだろう。俺自身の満足も幸せも楽しみも、そこにはなくても、評価はされる。周囲が認めてくれたなら、それで自分も満足する。それで心も潤って安心できるというのであれば、それに越したことはない。それも幸せの形のひとつだろう。俺も、その幸せの形に何とかして、自分を収めようとするんだが、どうやら俺には無理らしい」
顔を横に向けながら苦笑をもらしたアルベルトが、不意に真顔で黙り込む。
「……どうしてだよ」
興味はないが仕方なく相槌を打ってやったつもりでいた。それなのに言葉が喉で絡まって、語尾が無様に上擦った。
「俺は自分を偽れない」
再び正面に顔を向け、サリオンを見据えた瞳から、迷いの霧は晴れてなくなり、澄んでいた。
諦観と未練が混濁した眼差しが、ズキリと胸に突き刺さる。サリオンは、ふいと顔を背けることしかできずにいた。
「俺がこの国の皇帝だからこそ、お前は俺が迫っても、上手く躱してくれていた。番も母国も奪われて、奴隷にされた恨みも憎しみも全部、ぞの胸の中で押し殺し、俺に仕えてくれていた。そうだとするなら、あまりにお前が可哀想だ。俺が身を引き、レナと子供をもうけたら、少なくともレナの望みは叶えてやれる。レナの側付きとしての責任も、お前は果たせる。それならいっそ、そうするべきだと自分を納得させるつもりでいた……」
アルベルトの顔を見なくても、懊悩している表情が、脳裏に浮かぶようだった。
その彼が、やはり今夜はレナと一夜を過ごすつもりでいたのだと聞いた瞬間、体のいちばん深い部分がヒヤリとした。サリオンは、瞬きすらも忘れるぐらいに狼狽した。
「だが、お前がダビデに連れ去られたと知った途端に、そんなもの全部吹っ飛んだ」
言い終えるなり、アルベルトが決然と頭を上げた気配がした。
サリオンもまた彼を見た。
のらりくらりと擦り抜けることもできるのに、受け止めなければならない気がした。
廊下の上部に設えられた明かり取りから、斜めに差し込む月光が、アルベルトの半身を横切るように照らしていた。
「なあ、サリオン。そうするべきだ、で、生きてて何が楽しいんだ? 皇帝として俺が普通に、まっとうに世継ぎを作り、王家直系の継承と、治世の安定を図ってみせれば賢帝だと、他人は評価するだろう。俺自身の満足も幸せも楽しみも、そこにはなくても、評価はされる。周囲が認めてくれたなら、それで自分も満足する。それで心も潤って安心できるというのであれば、それに越したことはない。それも幸せの形のひとつだろう。俺も、その幸せの形に何とかして、自分を収めようとするんだが、どうやら俺には無理らしい」
顔を横に向けながら苦笑をもらしたアルベルトが、不意に真顔で黙り込む。
「……どうしてだよ」
興味はないが仕方なく相槌を打ってやったつもりでいた。それなのに言葉が喉で絡まって、語尾が無様に上擦った。
「俺は自分を偽れない」
再び正面に顔を向け、サリオンを見据えた瞳から、迷いの霧は晴れてなくなり、澄んでいた。
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