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第三章 争奪戦
第63話 俺にはできない
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「俺がアルベルトを本当の意味で、受け入れることはできないんだ。たとえユーリスに顔向けできなくなったとしても、アルベルトに惹かれる気持ちを、抑えきれずにいたかもしれない。でも、これが。……俺の中にこの壁がある限り、アルベルトを完全には受け入れられない。だから、できない。子供は俺には無理なんだ……」
無理だと言葉にした途端、夢見ることすらできない事実に自分自身が打ちのめされる。
頭の中が白くなる。
サリオンは自分の体の輪郭が、ふいに薄まり、消えてなくなる気さえした。
声に出してしまったが故に、動かし難い現実の重みが肩にのしかかる。
床に落ちた視線の先には、ひび割れた高価な手鏡がある。
「……なあ、レナ」
サリオンは、大理石の床に散乱する化粧道具や宝石ではなく、散らばった避妊薬を拾い出す。
集めた数を確認してから麻の袋に戻し入れる。
幸い取りこぼしはなく、ほっとする。
闇で売られる避妊薬は、昼三のレナと廻しの自分が客から受け取る心付けを併せても、決して安い値段ではない。
「だから俺がアルベルトを説得する。アルベルトがお前と床入りするよう、手を尽くす」
サリオンは、椅子に腰かけたレナの前で仁王立ちして見下ろした。
一歩前に踏み込むと、壁掛けや燭台の火が揺らめいた。
「その代わり、どんな手を使うかにまでは口を出すな。それが嫌なら、後は自分で何とかしろ」
迫られたレナは微動だにせず、友であり兄弟でもあり、恋仇にもなってしまった幼馴染みを、息を凝らして見上げている。
「どうする?」
と、麻の袋を突き出した。
レナがこれを受け取れば、今まで通りアルベルト以外の男の子供は産まない意思の表明だ。
避妊薬が入った袋を凝視する、レナの瞳が震えている。
やがて上目使いにサリオンを一瞥したあと、再び袋に視線を戻して手を伸ばす。
「信じるよ」
レナは取り戻した麻袋を両手で握り締めた。
胸の前で手を組む姿は、神への祈りのようだった。
「……僕はサリオンを信じるよ。さっきは、ごめん。……サリオンは、こんなに僕のこと考えてくれてるのに」
「いいんだ。……俺も向き合わないといけないことから、逃げていた。後回しにして避けてきた」
誰もが夢を見ていた気がした。アルベルトもレナも自分も、だ。
サリオンは笑おうとして頬を歪めた。
少なくともレナの夢が叶ったら、アルベルトの帝位は盤石になり、彼を救うことになる。
そのためになら何者にでも、なれる気がした。
アルベルトは、人を恋して信じて愛することを、思い出させた稀有な人。
何としてでも助けたい。
サリオンは項垂れるレナの隣に腰をかけ、まばゆい金髪を撫で梳いた。
レナがアルベルトの子を孕んだら、自分は黙って姿を消そう。
公娼の主人に願い出て、売り払うのはレナではなくて、自分の方にしてくれと申し出よう。
二人が自分の知らない所で幸せになってくれているなら、それでいい。
こんなにも彼を愛するレナが彼を、不幸になんてしないはず。
高価な化粧道具や宝石が床に散らばり、蹴り倒されたテーブルも横倒しのままだった。
嵐のあとのような部屋で寄り添い、サリオンはレナの髪を撫で続けた。
無理だと言葉にした途端、夢見ることすらできない事実に自分自身が打ちのめされる。
頭の中が白くなる。
サリオンは自分の体の輪郭が、ふいに薄まり、消えてなくなる気さえした。
声に出してしまったが故に、動かし難い現実の重みが肩にのしかかる。
床に落ちた視線の先には、ひび割れた高価な手鏡がある。
「……なあ、レナ」
サリオンは、大理石の床に散乱する化粧道具や宝石ではなく、散らばった避妊薬を拾い出す。
集めた数を確認してから麻の袋に戻し入れる。
幸い取りこぼしはなく、ほっとする。
闇で売られる避妊薬は、昼三のレナと廻しの自分が客から受け取る心付けを併せても、決して安い値段ではない。
「だから俺がアルベルトを説得する。アルベルトがお前と床入りするよう、手を尽くす」
サリオンは、椅子に腰かけたレナの前で仁王立ちして見下ろした。
一歩前に踏み込むと、壁掛けや燭台の火が揺らめいた。
「その代わり、どんな手を使うかにまでは口を出すな。それが嫌なら、後は自分で何とかしろ」
迫られたレナは微動だにせず、友であり兄弟でもあり、恋仇にもなってしまった幼馴染みを、息を凝らして見上げている。
「どうする?」
と、麻の袋を突き出した。
レナがこれを受け取れば、今まで通りアルベルト以外の男の子供は産まない意思の表明だ。
避妊薬が入った袋を凝視する、レナの瞳が震えている。
やがて上目使いにサリオンを一瞥したあと、再び袋に視線を戻して手を伸ばす。
「信じるよ」
レナは取り戻した麻袋を両手で握り締めた。
胸の前で手を組む姿は、神への祈りのようだった。
「……僕はサリオンを信じるよ。さっきは、ごめん。……サリオンは、こんなに僕のこと考えてくれてるのに」
「いいんだ。……俺も向き合わないといけないことから、逃げていた。後回しにして避けてきた」
誰もが夢を見ていた気がした。アルベルトもレナも自分も、だ。
サリオンは笑おうとして頬を歪めた。
少なくともレナの夢が叶ったら、アルベルトの帝位は盤石になり、彼を救うことになる。
そのためになら何者にでも、なれる気がした。
アルベルトは、人を恋して信じて愛することを、思い出させた稀有な人。
何としてでも助けたい。
サリオンは項垂れるレナの隣に腰をかけ、まばゆい金髪を撫で梳いた。
レナがアルベルトの子を孕んだら、自分は黙って姿を消そう。
公娼の主人に願い出て、売り払うのはレナではなくて、自分の方にしてくれと申し出よう。
二人が自分の知らない所で幸せになってくれているなら、それでいい。
こんなにも彼を愛するレナが彼を、不幸になんてしないはず。
高価な化粧道具や宝石が床に散らばり、蹴り倒されたテーブルも横倒しのままだった。
嵐のあとのような部屋で寄り添い、サリオンはレナの髪を撫で続けた。
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