できそこないの幸せ

さくら怜音

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第十一章 愛されるより、愛したい

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「その節は大変ご迷惑をおかけしました」
「そういうのはいらんから、週末は上手い店をセッティングしておけ。無駄にストレスが溜まった」
「承知しました、修行様」

どんなに大怪我を負っても、心が傷ついても、笑って傍に居る姿は亡き妻にそっくりだ。利き手の甲に穿通創《せんつうそう》を負い、骨が一部砕けた片岡は、左手でまごつきながらスマホを操作している。身体がいくら元気だとしても、利き手が使えないとなると、しばらく生活への支障は否めないだろう。

「年のせいか、回復が遅くて……これでは勝行さんの筆頭護衛の任務も剥奪でしょうか」
「別に構わん。それに護るべき対象は一人ではなくなった」
「そうですね。大切なご子息二人を護ることができて、私は本望です」

片岡はそういう男だ。わかっていて勝行に彼をつけた。

修行は勝行に最初から負い目を抱えている。跡継ぎを熱望する両親へ人身御供するために作った子どもも同然だったからだ。
彼は祖父母の英才教育をすべてこなす申し分ない理想の子どもに成長したが、祖父同様、突然血も涙もない殺人鬼のような様相に変わる厄介な病を抱えていた。
このままでは祖父と同じ暴君になる。人を物のように扱う勝行に足りないは自由と情操教育だ――医者のアドバイスを鵜呑みにし、部下に任せて放置した。欲しいものを買い与えては時折世間話をするだけ。だから光に「見ていない」と指摘された時、何も言い返せなかった。


「相羽の人間、愛が重すぎるんだよ。こうあるべきだって自分の願望をすぐ押し付けてくる。んで、嫌われないよう綺麗な嘘で正当化してさ。本当に好きなら、正直に言いたいこと全部吐き出して喧嘩してしまえばいいのに……」
「俺は勝行と、何べんも衝突した。だからいっぱい知ってる。あいつの気持ちも、やりたいことも、弱いとこも。どういう時に助けて欲しいのかも。だから俺は、いざって時に勝行を助けられるようになりたいんだ。腕力じゃなくて、心の方で」

どんなに泣き腫らした目をしていても、懸命に語る今西光の言葉は力強くて頼もしいものだった。
自分の損得勘定で考え、慈善活動として投資した子どもに過ぎなかった。彼がこんな風に成長し、勝行を護るべく己の前に立ちはだかるとは。
それはズタボロになりながら「命を賭けて貴方を護ります」と言いきった片岡の若かりし頃に似ている気がした。「命なんぞ容易く賭けるな」と咎めたら「では四肢を賭けます」と笑顔で反抗された。実際に肉体の色んな部分を犠牲にしながら、片岡は今も生きている。
懐かしい時代を思い返しながら修行は「思い出話を酒の肴にすると酔いが回るかもしれん」と苦笑した。

「今日退院だったな。光くんを連れてくるように。スーツは誂えろ」
「かしこまりました。親戚筋へのお披露目……ですか?」
「そうだ、あの子は私の三男坊・相羽光だ。もう誰にも文句は言わさん。もちろん、勝行にもな」


……
…………


修一が勘当され、廃嫡となったこと。
勝行救出の立役者として活躍した光を、養子として正式に迎え入れたこと。これらは親戚の集う晩さん会で公式に発表される。その際は養子であっても勝行の護衛として後ろに立ち、会食に参列することを告げられた光は、戸惑うことなく「わかった」と受け入れた。隣で聞いていた勝行の方が「どうして!」と食ってかかっていたが、光と片岡が同じ誂えのブラックスーツを着ていることで、否応なしに理解したようだった。

「俺は留守番よりはこっちの方がいいし。なあこれってお前が電話してきたら、勝手に声が聴こえてくるんだろ。なんかしゃべってくれよ、試しに」
「あのなあ……玩具じゃないんだぞ」

光は護衛用のイヤホン越しに聴こえる勝行の声を聴いてはにやにや嬉しそうにしている。だが勝行は光が護衛の恰好をしているのも、晩さん会に呼ばれるのも気に入らないらしい。

「なあ光、父さんと一体何を話したんだ? 脅迫とか口止めされてるなら全部俺に話せよ」
「されてねえよ。お前さ、たまには親父さんの横に座ってあげろよ」
「……は?」

急に話を折られた勝行が、訝し気な顔でこちらを見る。

「机挟んで向かい合ってばかりじゃなくて、キスできるくらいの至近距離。嫌いなもん出てきたら、親父さんのお皿にポイ投げしてやればいい」
「な、なんでそんなこと」
「親父さんは寂しいんだよ。俺と話したのはそんな親バカな内容だった」
「ほ、本当なのか? でも、だったらどうして急にお前を晩さん会に呼ぶんだ」

その目的や真意は光にもわからない。
だが修行はきっと、光のためにこうしてくれたのだと思っている。勝行の傍に居たいと頼み込んだ光の願いを叶える方法を、あの人なりに考えてくれたのだろう。
実際に客間に入り、大勢いる年寄り連中の前で紹介を受けた途端、非難と蔑みの視線をたっぷり受けた。金髪頭のバンドマン風情が何をしに来たと言わんばかりの冷遇ぶりだ。最初からそうくるだろうと思っていた光は、一度頭を下げるだけで何も話さなかった。修行はそれでいいと言ったので貫き通した。

「将来勝行の右腕になる男です。護衛としての教育はこれから、片岡から受ける。見た目や経歴で人を判断する時代はとうに終わったんですよ、長老勢」

相羽家の最重要人物・勝行の護衛や背後をより強固に。かつ信頼のおける人間で構成していきながら、内外部の敵から主を護る。「息子の不祥事で引責を問われることは必至。ならばまずは己の足元をクリーンアップすることが最重要だ」と述べ、そのための新体制だと修行は熱く演説していた。

護衛として片岡の横に立っていれば、業務中だからか誰も話しかけてくることはない。代わりに勝行がああだこうだと糾弾されているようだったが、大半は被害への労いと大学合格を祝うものだったので、そこまで酷い内容のものはなかった。

「義兄弟の関係は高卒まででいいって言ったのに……」
「でもアメリカ留学とかバンド活動とかで二人で動く時、兄弟だって証明できた方が色々便利なんだって。親父さんが言ってたよ」
「そんなことを父さんが?」
「うん。俺な、親父さんに言ったんだ。勝行をくださいって」
「……えっ、は?」

全ては打ち明けられないが、これだけは嘘偽りなく語れる、大切な言葉だ。我ながらすごいことを言っちまったなと苦笑しながら、「嫁にはもらえなかったけど」と冗談めかして呟いた。

「親父さんの答えはこういうことだろ。護衛で、兄弟で、一緒に居てもいいパートナー」
「なるほど……そういうことか。でも何てことを言うんだ、お前……」
「悪い悪い、単にけじめつけたかっただけだよ、俺が」
「けじめって?」
「勝行が卒業するまで手を出さないって言ったのと一緒だよ。俺はちゃんと親父さんの許可をとってから、お前を正々堂々と愛したいと思って」

そう宣言すると、勝行の顔はみるみる赤くなっていく。それから今度は青ざめて俯き「ちょっと待て、それじゃ父さんは俺と光の関係をどこまで知って……」と頭を抱えた。

「まあ、だいたいお見通しだったかな」
「う、嘘だ……!」

絶望的な顔を見せる勝行の百面相が珍しい。光は勝行のサイドの髪をひと掬いした後、耳に舌を這わせて淫靡に囁いた。

「兄弟だろうが関係ねえ、好きでいることの許可はもらった。だから覚悟しとけよ。俺のご主人様」
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