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29.思い出
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その日、アリアはいつも通り魔法省の下の庭を手入れしていた。
手入れといっても、散った葉や花びらを掃除し、雑草をむしり、ベンチを拭き掃除するといったことだった。
「こればっかりは専門家じゃないから無理だわ……」
アリアは目の前の萎れたバラたちに目を落とすと、肩を下げた。
この小さな庭を担当していた庭師は、高齢により引退したらしく、その後をローズの命令によってアリアが管理することになった。王城の中心から外れたこの場所は、ローズが訪れることもない場所だが、アリアにとって息のつける場所だった。
毎日役立たずだと罵られる。そしてローズにはどうやら想い人がいるらしい。
その想い人をお茶会に呼ぶ時は決まってアリアはこの離れた庭に追いやられていた。
「どうしたら良いのかしら……」
ローズの想い人に興味のないアリアは、目の前の萎れたバラたちを見て嘆く。
専門家ではないので下手な手出しは出来ず、水やりくらいしか出来ない。その水やりも合っているのかわからない。バラは日に日に弱っていく。
相談出来る相手もいないアリアは、「ごめんなさい」とバラに呟いて立ち上がる。
「うっ……」
「?!」
そこに青い顔をした金色の髪の青年が庭の入口にふらつきながらやって来た。
「大丈夫ですか?!」
庭にたどり着いたその青年は、その場にうずくまってしまったので、アリアは慌てて駆け寄った。
「触るなっ!」
アリアは伸ばした手を青年に振り払われ、目をパチクリとさせる。
「俺に……っ、構うな……」
「でもっ……」
見た目にも辛そうなその姿に、アリアは本気で心配をした。しかし――
「お前も……この公爵家の恩恵に預かろうとする輩か……この女狐め」
アリアを牽制しようとする青年がギラリと睨む。
アリアは青年の言葉を頭の中で反芻して目をパチクリとさせた。
金色の髪は王家に縁のある印。こちらを真っ直ぐに睨む瞳はラピスラズリのように綺麗な深い青だった。それがフレディとの出会いだった。
「ももも、申し訳ございません!! まさか公爵様ですか?!」
アリアは後ずさり、土下座しそうな勢いでフレディに頭を下げた。
「は?」
まだ顔が青いフレディだったが、アリアの行動に思わず目を瞠る。
「で、でででも、失礼を承知で、気分が優れなさそうですので……あのよろしければベンチに……薬を持って来ますので」
アリアは自信なさげに目を伏せながらも、フレディに早口でまくし立てた。
「いや、俺は……」
フレディが何か言う前にアリアはどこかに走って行ってしまった。
フレディはふらつきながら、近くのベンチに目をやると、そこに腰掛けた。
魔法省の真下にあるのに、ここには初めて来た。
王女のお茶会で、迫られ、気分が悪くなり、吐きそうだった。何とかお茶会から逃げて来た先が、自身の通う魔法省だった。
アリアがいた場所には掃除道具が並び、刈られた雑草が袋に詰められていた。
(庭師か……? いや、メイドのお仕着せを着ていたな)
フレディが思案していると、アリアが走って戻って来た。
「お、お薬です!」
水の入ったグラスと一緒にアリアがフレディに手渡そうとする。
「ぐうっ……」
アリアの手が触れた瞬間、我慢の限界が来たかのように、フレディはそこで嘔吐してしまった。
「大丈夫ですか?!」
急いで掃除道具の中から綺麗な布を取り出し、アリアがフレディの側に駆け寄る。
「……っ、さわ、るなっ……」
「だ、大丈夫ですよっ」
ゼーゼーと肩で息をしながらもアリアを拒否するフレディに、アリアはそっと背中を撫でる。
「な、何もしませんからっ……落ち着いてください……」
ゆっくりと、宥めるようにフレディの背中を撫で、顔の冷や汗を拭ってくれるアリア。
そんなアリアの横顔を見ながら、フレディは、他の令嬢とは違う物を感じる。
ただひたすらにフレディを心配して、打算とか欲望とか剥き出しの令嬢たちとは違う、温かなアリアの手に落ち着きを取り戻す。
落ち着いたフレディにアリアは薬と水を手渡すと、黙々とその場を掃除し始めた。
フレディが汚してしまったその場所を、ただ黙って掃除するアリアを見つめていた彼は、ポツリと溢す。
「……すまない」
「あ、あああの、気にしないでください!ここを綺麗にするのは私のお仕事ですから」
フレディの言葉に恐縮しながらも、アリアは早口でまくし立てながら、その場を綺麗に拭き上げていった。
そのおどおどとした態度ながらも、フレディを心から心配してくれたアリアに、フレディは一瞬で心を奪われた。
何より、触れられて嫌悪感のない女性は姉以外で初めてだった。
薬を飲み、ようやく気分が晴れたフレディ。アリアも掃除を終えて、道具を片していた。
「その……助けようとしてくれたのに酷い態度を取ってすまなかった……」
片付け中のアリアに近寄り、フレディが謝罪を述べると、アリアはきょとん、とした顔を返した。
「酷い態度、とられましたっけ?」
「は?」
思い返そうとするアリアの態度は、本気でそう思っているようだった。思えばアリアはその頃からすでに悪意をぶつけられることに慣れてしまっていたのかもしれない。
「体調が良くなったのなら、良かったです……」
にっこりと遠慮気味に笑うアリアに、フレディは顔を赤くさせた。
「そのっ……お礼がしたい……何でも言って欲しい……」
「……何でも……?」
フレディの言葉にアリアが反応を示す。
「ああ、良かったら食事でも……」
「あ、ああ、あの!! それじゃあ……」
反応を示してくれたアリアに嬉しくなり期待したフレディに、アリアが告げた要望は、期待したものとは違った。
手入れといっても、散った葉や花びらを掃除し、雑草をむしり、ベンチを拭き掃除するといったことだった。
「こればっかりは専門家じゃないから無理だわ……」
アリアは目の前の萎れたバラたちに目を落とすと、肩を下げた。
この小さな庭を担当していた庭師は、高齢により引退したらしく、その後をローズの命令によってアリアが管理することになった。王城の中心から外れたこの場所は、ローズが訪れることもない場所だが、アリアにとって息のつける場所だった。
毎日役立たずだと罵られる。そしてローズにはどうやら想い人がいるらしい。
その想い人をお茶会に呼ぶ時は決まってアリアはこの離れた庭に追いやられていた。
「どうしたら良いのかしら……」
ローズの想い人に興味のないアリアは、目の前の萎れたバラたちを見て嘆く。
専門家ではないので下手な手出しは出来ず、水やりくらいしか出来ない。その水やりも合っているのかわからない。バラは日に日に弱っていく。
相談出来る相手もいないアリアは、「ごめんなさい」とバラに呟いて立ち上がる。
「うっ……」
「?!」
そこに青い顔をした金色の髪の青年が庭の入口にふらつきながらやって来た。
「大丈夫ですか?!」
庭にたどり着いたその青年は、その場にうずくまってしまったので、アリアは慌てて駆け寄った。
「触るなっ!」
アリアは伸ばした手を青年に振り払われ、目をパチクリとさせる。
「俺に……っ、構うな……」
「でもっ……」
見た目にも辛そうなその姿に、アリアは本気で心配をした。しかし――
「お前も……この公爵家の恩恵に預かろうとする輩か……この女狐め」
アリアを牽制しようとする青年がギラリと睨む。
アリアは青年の言葉を頭の中で反芻して目をパチクリとさせた。
金色の髪は王家に縁のある印。こちらを真っ直ぐに睨む瞳はラピスラズリのように綺麗な深い青だった。それがフレディとの出会いだった。
「ももも、申し訳ございません!! まさか公爵様ですか?!」
アリアは後ずさり、土下座しそうな勢いでフレディに頭を下げた。
「は?」
まだ顔が青いフレディだったが、アリアの行動に思わず目を瞠る。
「で、でででも、失礼を承知で、気分が優れなさそうですので……あのよろしければベンチに……薬を持って来ますので」
アリアは自信なさげに目を伏せながらも、フレディに早口でまくし立てた。
「いや、俺は……」
フレディが何か言う前にアリアはどこかに走って行ってしまった。
フレディはふらつきながら、近くのベンチに目をやると、そこに腰掛けた。
魔法省の真下にあるのに、ここには初めて来た。
王女のお茶会で、迫られ、気分が悪くなり、吐きそうだった。何とかお茶会から逃げて来た先が、自身の通う魔法省だった。
アリアがいた場所には掃除道具が並び、刈られた雑草が袋に詰められていた。
(庭師か……? いや、メイドのお仕着せを着ていたな)
フレディが思案していると、アリアが走って戻って来た。
「お、お薬です!」
水の入ったグラスと一緒にアリアがフレディに手渡そうとする。
「ぐうっ……」
アリアの手が触れた瞬間、我慢の限界が来たかのように、フレディはそこで嘔吐してしまった。
「大丈夫ですか?!」
急いで掃除道具の中から綺麗な布を取り出し、アリアがフレディの側に駆け寄る。
「……っ、さわ、るなっ……」
「だ、大丈夫ですよっ」
ゼーゼーと肩で息をしながらもアリアを拒否するフレディに、アリアはそっと背中を撫でる。
「な、何もしませんからっ……落ち着いてください……」
ゆっくりと、宥めるようにフレディの背中を撫で、顔の冷や汗を拭ってくれるアリア。
そんなアリアの横顔を見ながら、フレディは、他の令嬢とは違う物を感じる。
ただひたすらにフレディを心配して、打算とか欲望とか剥き出しの令嬢たちとは違う、温かなアリアの手に落ち着きを取り戻す。
落ち着いたフレディにアリアは薬と水を手渡すと、黙々とその場を掃除し始めた。
フレディが汚してしまったその場所を、ただ黙って掃除するアリアを見つめていた彼は、ポツリと溢す。
「……すまない」
「あ、あああの、気にしないでください!ここを綺麗にするのは私のお仕事ですから」
フレディの言葉に恐縮しながらも、アリアは早口でまくし立てながら、その場を綺麗に拭き上げていった。
そのおどおどとした態度ながらも、フレディを心から心配してくれたアリアに、フレディは一瞬で心を奪われた。
何より、触れられて嫌悪感のない女性は姉以外で初めてだった。
薬を飲み、ようやく気分が晴れたフレディ。アリアも掃除を終えて、道具を片していた。
「その……助けようとしてくれたのに酷い態度を取ってすまなかった……」
片付け中のアリアに近寄り、フレディが謝罪を述べると、アリアはきょとん、とした顔を返した。
「酷い態度、とられましたっけ?」
「は?」
思い返そうとするアリアの態度は、本気でそう思っているようだった。思えばアリアはその頃からすでに悪意をぶつけられることに慣れてしまっていたのかもしれない。
「体調が良くなったのなら、良かったです……」
にっこりと遠慮気味に笑うアリアに、フレディは顔を赤くさせた。
「そのっ……お礼がしたい……何でも言って欲しい……」
「……何でも……?」
フレディの言葉にアリアが反応を示す。
「ああ、良かったら食事でも……」
「あ、ああ、あの!! それじゃあ……」
反応を示してくれたアリアに嬉しくなり期待したフレディに、アリアが告げた要望は、期待したものとは違った。
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