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19.フィンレー王子と弟(イザーク視点)

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「どうやら教会は、エレノア殿の聖水が尽きてきて焦っているようです」
「何か動きが?」
「最近、聖女を数人教会に迎え入れたそうですが、元孤児の女性ばかりのようで……」

 ルアーナ王国、王城にある第一王子の執務室にイザークは呼ばれていた。

 弟のオーガストは第一王子付で仕事をしているため、もちろん一緒にいる。

 第一王子のフィンレーは、オーガストと同じ22歳。少し長めの金色の髪を後ろで結わえ、同じ色の双眸でオーガストを見た。

「ふむ。聖女というのは、貴族平民関係なく力が現れる。教会もよく探し当てるものだ」
「それに関しては、何か探り当てる力を持っている者がいるのでしょう」
「オーガストのようにか?」

 オーガストの言葉にフィンレーがにやりと笑う。

「そうですね、こういった特殊な力は皆隠しますので」

 ニヤニヤとするフィンレーには構わず、オーガストは淡々と続けた。

「聖女に位を設け、教会は下位の聖女にろくな環境も与えず搾取しているのは明らかです!」
「まあ待て、イザーク。教会に下手に手出し出来ないのは知っているだろう?」
「兄上は特定の方への思い入れが強すぎるので」
「なっ……エレノアは関係ない!」

 イザークの申し立てにフィンレーが諌めると、オーガストがからかうように言葉を被せてきた。

 自分がからかわれるとすぐに回避するくせに、兄に対しては面白がってくるのだ。

「ああ、例の聖女か。遅くなったが、結婚おめでとう、イザーク。それで結婚式はいつだい?」
「……わざとそういうことを仰るのはおやめください」
「兄上、式まで挙げてしまえば彼女も逃げられませんよ」

 二人揃ってクツクツとアイザークを誂うので、何ともいたたまれない。年下のこの二人は、性格も似ているため、馬が合うらしい。

「おや、ミモザの香りがする」
「……私のハンドクリームです」
「兄上は最近、ハンドクリームがお気に入りのようです」
「それは何とも可愛らしい」

 話が変わったかと思うと、ますます突っ込まれたくない話題に突入し、イザークは苦い顔をする。

「義姉上からの贈り物ですよね」
「そうか。ミモザは君たちの家紋でもあったな。秘密の恋か真実の愛か、どちらかな?」

 オーガストに余計なことを、と思ったが、遅かった。それを聞いたフィンレーはますます楽しそうに笑みを浮かべている。

 ミモザには他にも花言葉があるのに、あえて『恋』に関係することだけ抜粋するのは意地が悪いとイザークは思った。

(エレノアはそんなに深く考えずに贈ってくれたのだろう。カーメレン公爵家の家紋だと知って買ってくれたと言っていたからな)

「ふふふ、イザークのそんな顔が見られるとは」

 そんな顔とはどんな顔だろうか。フィンレーは何とも楽しそうに笑っている。

 オーガストの方を見れば、弟も嬉しそうに笑っていた。

 エレノアを想い、口元が緩んでいたことなんて気付かないイザークは、ただ二人に困惑するのだった。

「氷の鉄壁にも春が来たか」
「義姉上は本当に凄い人ですねえ」

 困惑するイザークに、二人は訳のわからない会話を続ける。

 面白がって誂ってはいるが、二人がやけに嬉しそうなので、イザークはただ黙っているだけだった。

「それで? バーンズ侯爵家は大人しくなっただろう?」

 オーガストと笑い合っていたフィンレーは、イザークに向き直ると得意げな顔で言った。

「はい。殿下が手を回してくださったおかげです」

 イザークとエレノアの結婚が紙一枚であっという間に済んだのは、フィンレーが裏で手を回してくれていたおかげだった。

 そして正式に受理された婚姻に、バーンズ侯爵家も文句は言えない。イザークに娘との婚約を申し入れ、迫っていたバーンズ侯爵家は急に大人しくなった。

「でも、あのエメリア嬢は聖女のトップに立ち、教会とも繋がりがある。気を付けろよ」
「はい」

 真面目な顔で忠告をするフィンレーに、イザークも真剣な表情で頷いた。

(エレノアは絶対に俺が守る。もうあんな泣かせ方はさせない。彼女には笑っていて欲しい)

「イザーク、よっぽどその子のことが大切なんだねえ。君にそんな人が出来るのは良いことだ」
「はあ……」
「オーガストなんて、君が笑ったーとか、落ち込んでるー、とか最近君の話ばかりで」

 王太子になんてことを報告しているんだ、とイザークがオーガストを睨みつければ、弟は悪びれることは無く、笑っている。 

「まあまあ。オーガストは兄弟の触れ合いが嬉しいのさ。君、早々に家を出ちゃっただろ? 弟が寂しい想いをしていたことに気付いてやってよ」
「殿下……!」

 フィンレーの言葉に、オーガストが珍しく声を荒げた。

(寂しかった? オーガストが?)

 初めて聞く情報に、イザークの目が丸くなる。

 オーガストの方を見れば、弟は顔を赤くして言った。

「私だけじゃないですよっ! ジョージやエマ、屋敷の人間は皆、兄上が帰って来てくれて、人間らしい表情を見せてくれるようになって喜んでいます」

 顔を真っ赤にしながらも、ぶっきらぼうにオーガストがそう言えば、イザークも恥ずかしくなってくる。

(俺は……)

 最近、皆が嬉しそうに自分に接してくれていたことを思い返す。

 そもそも、昔、カーメレン公爵の屋敷にいたときは皆の顔なんて見ていたか。自分の責務に必死で、他人を思いやる余裕なんて無かった。

 騎士団に入ってからは、増々周りに興味を持つこともなく、ただ淡々と任務をこなした。家に帰ることもなく、弟とは、この任務を通して久しぶりに再会した。

「オーガスト、すまなかった」

 何とも自分勝手で思いやりのない行動だとイザークは自分を恥じた。

 オーガストはそんなイザークを見て、今にも泣き出しそうな表情で笑った。

「エレノアには感謝だね」

 フィンレーがぽつりと溢したので、イザークは静かに微笑んで頷いた。

 エレノアに出会い、知らなかった感情をたくさん知った。

『彼女には感謝しなくてはなりませんね。あなたが人生をやり直せているかのようです』

 イザークは、いつかのジョージが言った言葉が急にストン、と胸の中に落ちるのを感じた。

「フィンレー殿下もありがとうございます」

 周りの想いに未だ気付いていなかった自分に、フィンレーは直球をぶつけて来てくれた。イザークは穏やかな顔で感謝を述べた。

(エレノア、無性に今会いたい)

 自分の手から香るミモザに、エレノアを思い浮かべれば、イザークは手の甲に唇を落とした。
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