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幻
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(何かしら。)
榮氏は寝台から起き上がった。何やら、物音がした。
『ここはあたくしの………』
白い格好をした女だ。一瞬、圓氏かと思ったが、青白く、血の気のない顔は、明らかに死人だった。
榮氏は亡霊を怖いと思わない。そもそも、榮氏自信が亡霊なのだ。
「徳妃様、室に幽霊が出たとか。」
「そうだったわね。」
「へ、平気…………なのですか。」
「ええ、だって妾とて亡霊なのだし。」
妃達は怖い怖いと言っていたが、淡白な受け答えしかしなかった。そもそも、榮氏が怖い、と暗に言っているのだと、誰も気が付かないらしい。
榮氏はそれらを罰しようとはしなかった。生前、自分もそう言っていたのだから。壁の染みが顔に見えるだの、帳が風もないのに揺れているだの、些細なことでも怯えていた。
ただ、今でも寝所に出られるのは居心地が宜しくないので、「出ないと良いけれど。」くらいは思った。
この、天上の国には二種類の人間が存在する。
一つは、この地で生まれ育った人間。もう一つは、死して下界から昇天した人間。
旲瑓や永寧長公主は前者、榮氏は後者にあたる。前者の方が圧倒的に多く、後者は物珍しく感じられるらしい。昇天した中には、地獄から引き上げられた者もあるそうだ。
「其方の宮の亡霊?」
第二長公主がご機嫌伺いに来たので、榮氏はついでに聞いた。
「此方は、永寧長公主の母、櫖淑妃の宮だと聞いておる。此方が生まるる前に死しておるので、会ったことは無い。永寧長公主がお嫌で自害したのだとのことじゃ。」
「首に、大きな傷がありましたわ。」
「なら、淑妃じゃろう。あの人は首を掻っ切って死んだのじゃ。」
「櫖家にとっては、不幸だったろう。吾らにとっては、幸福じゃ。櫖家に政治を動かされるのは我慢ならぬ。永寧長公主が降嫁するのも、櫖家じゃった。太后はわざと、櫖家に嫁がせようとしていたのぅ。櫖家が吾らに従うのならば、万々歳じゃ。」
なのに、当主は死んだ。
「別に吾らは何とも思わなかった。永寧長公主が路頭に迷うておったのは知っておるが。憐れとも思わぬぞ。憎き櫖家の血縁じゃ。永寧長公主も共に死んでくだされば、更に良かれと思うぞよ。」
永寧長公主を恨んでいるらしい。永寧長公主を心から慕っている親類は、旲瑓だけだ。それ以外は、永寧長公主が死亡、身罷ることを望んでいる。
「私が、どう致しましたこと?」
苛ついた様な声が後ろから聞こえた。第二長公主はビクついた。
「え、永寧長公主?」
第二長公主は、永寧長公主を姉とは呼ばない。そして、東宮の長公主とも呼ばない。
「其方はそう。私を慕ってくれたことはなかったわ。手弱女なのに、棘はあるのね。見た目に寄らず。」
「此方を害するか。何処の種とも分からぬ者が。」
「無礼な。」
永寧長公主は、第二長公主の首側面を団扇で叩いた。殴った、が正しいのかもしれない。第二長公主は倒れた。
「後宮の門の前に転がしておきなさい。」
永寧長公主は、普段は情に厚い優しいお人だ。だが、己を害する人間は、あまり得意ではないらしい。
「誰なの?」
寝台から起き上がって、それを見た。また、霊が出た。
『許しを乞うて………』
(許し?)
首に怪我をした、美しい女だ。二十五、六。永寧長公主に似ている。
「貴女、櫖淑妃?」
答えない。しんと、静まった。
『伝えて、許してと…………』
誰に、と榮氏が強く言った。亡霊は消えそうな声で言った。
『永寧大長公主に…………』
榮氏は寝台から起き上がった。何やら、物音がした。
『ここはあたくしの………』
白い格好をした女だ。一瞬、圓氏かと思ったが、青白く、血の気のない顔は、明らかに死人だった。
榮氏は亡霊を怖いと思わない。そもそも、榮氏自信が亡霊なのだ。
「徳妃様、室に幽霊が出たとか。」
「そうだったわね。」
「へ、平気…………なのですか。」
「ええ、だって妾とて亡霊なのだし。」
妃達は怖い怖いと言っていたが、淡白な受け答えしかしなかった。そもそも、榮氏が怖い、と暗に言っているのだと、誰も気が付かないらしい。
榮氏はそれらを罰しようとはしなかった。生前、自分もそう言っていたのだから。壁の染みが顔に見えるだの、帳が風もないのに揺れているだの、些細なことでも怯えていた。
ただ、今でも寝所に出られるのは居心地が宜しくないので、「出ないと良いけれど。」くらいは思った。
この、天上の国には二種類の人間が存在する。
一つは、この地で生まれ育った人間。もう一つは、死して下界から昇天した人間。
旲瑓や永寧長公主は前者、榮氏は後者にあたる。前者の方が圧倒的に多く、後者は物珍しく感じられるらしい。昇天した中には、地獄から引き上げられた者もあるそうだ。
「其方の宮の亡霊?」
第二長公主がご機嫌伺いに来たので、榮氏はついでに聞いた。
「此方は、永寧長公主の母、櫖淑妃の宮だと聞いておる。此方が生まるる前に死しておるので、会ったことは無い。永寧長公主がお嫌で自害したのだとのことじゃ。」
「首に、大きな傷がありましたわ。」
「なら、淑妃じゃろう。あの人は首を掻っ切って死んだのじゃ。」
「櫖家にとっては、不幸だったろう。吾らにとっては、幸福じゃ。櫖家に政治を動かされるのは我慢ならぬ。永寧長公主が降嫁するのも、櫖家じゃった。太后はわざと、櫖家に嫁がせようとしていたのぅ。櫖家が吾らに従うのならば、万々歳じゃ。」
なのに、当主は死んだ。
「別に吾らは何とも思わなかった。永寧長公主が路頭に迷うておったのは知っておるが。憐れとも思わぬぞ。憎き櫖家の血縁じゃ。永寧長公主も共に死んでくだされば、更に良かれと思うぞよ。」
永寧長公主を恨んでいるらしい。永寧長公主を心から慕っている親類は、旲瑓だけだ。それ以外は、永寧長公主が死亡、身罷ることを望んでいる。
「私が、どう致しましたこと?」
苛ついた様な声が後ろから聞こえた。第二長公主はビクついた。
「え、永寧長公主?」
第二長公主は、永寧長公主を姉とは呼ばない。そして、東宮の長公主とも呼ばない。
「其方はそう。私を慕ってくれたことはなかったわ。手弱女なのに、棘はあるのね。見た目に寄らず。」
「此方を害するか。何処の種とも分からぬ者が。」
「無礼な。」
永寧長公主は、第二長公主の首側面を団扇で叩いた。殴った、が正しいのかもしれない。第二長公主は倒れた。
「後宮の門の前に転がしておきなさい。」
永寧長公主は、普段は情に厚い優しいお人だ。だが、己を害する人間は、あまり得意ではないらしい。
「誰なの?」
寝台から起き上がって、それを見た。また、霊が出た。
『許しを乞うて………』
(許し?)
首に怪我をした、美しい女だ。二十五、六。永寧長公主に似ている。
「貴女、櫖淑妃?」
答えない。しんと、静まった。
『伝えて、許してと…………』
誰に、と榮氏が強く言った。亡霊は消えそうな声で言った。
『永寧大長公主に…………』
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