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後編

あきらめたはずの想い

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 メイシン公爵家の庭園をタッカー様と並んで歩く。
 色とりどりの花々が咲き乱れ、風にのり芳しい香りが漂う夕暮れ時の庭園には、私達以外に誰もいない。

 客間からおばさまが退室してからすぐに、『出発まで庭園で散歩でもしませんか?』と、誘われた。タッカー様と話すのは、あの教会の火事以来だ。
 あの時、火事の混乱で彼の安否はわからず仕舞いだった。ただ、風の噂でタッカー様が生きていることは知っていた。

「タッカー様、元気そうでなによりですわ」

「あの火事、以来ですね。あの後、王妃の間に軟禁されていると聞きましたが……」

「そうね。少々無茶をしまして、陛下の怒りを買ったようですわ」

「あの火事の時、あなたを助け出したのは陛下だったのですね?」

「えぇ、そのようですわね」

 ふふふ、と自嘲的な笑みを浮かべた私を見て、タッカー様の顔が辛そうに歪む。

「……、どうしてあの時。あの時、あなたを助けたのが、私ではなかったのか。悔しくて、なりません。こんなにもティアナを想っているのに、天はあの男に味方する。しかも、バレンシア公爵令嬢の嫁入りが決定しただと! 許せない」

 怒りの声が静かな庭園に響き消えていく。激情を押し殺したかのように紡がれる言葉の数々が、私の心に深く突き刺さり、血を流す。

「仕方がありませんわ。陛下にとって、アリシア様は長年思い続けた恋しい方なのですもの。陛下にとって私は、憎っくき仇。本来であれば、もっと早くにアリシア様と陛下は結ばれていた。ティアナという存在がいなければ」

「ティアナ……、あなたは、本気で陛下が、アリシア嬢を愛していると思っているのですか?」

 ずっと、思っていた疑問。
 秘密通路で聞いた陛下とバレンシア公爵との会話。
 陛下は、私を妻に迎えるために、アリシア様と手を組み、バレンシア公爵を欺いた。
 そして、父が言った『もう一度、レオン陛下を信じてみろ』との言葉。
 陛下は、私の憂いを取り除くために、隣国オルレアン王国との国交樹立に尽力した。

 この言葉が真実であるなら、陛下の愛する人はアリシア様であるはずがないのだ。しかし、心の奥底でもう一人の私が叫ぶ。

――――騙されてはいけない、と。

 現に、王妃の間に私を軟禁し、王妃としての権限をすべて奪っている今の状況は、どう前向きに捉えても、私の尊厳を無視している。そして、アリシア様の側妃決定は、私に『お飾り王妃のままでいろ』と言っているのと同じ。王妃の間にとどまり、下手な行動は起こすなと脅しているのだ。

 王妃の間に軟禁され、味方が誰もいない状況に追い込まれた時、私の心の中にあった陛下への淡い想いは砕け散った。

「陛下がアリシア様を愛しているかはわかりません。ただ、陛下の心に私はいない。それが、真実です」

「……そうですか。ティアナ、以前、あなたは私にこう訪ねましたね。『なぜ、陛下が私達を追って、ルザンヌ侯爵領へ来たのか?』と」

「そんなこと、聞いたかしら?」

「くくく、本当に、あなたという人は……、残酷で、可愛い人だ。そうやって、男を手玉にとる。それを無自覚でやるのだから、タチが悪い」

 スッとタッカー様が歩み出て、思わず足を止めた私の目の前に片膝をつく。そして、手を取られ、黒のレースの手袋越しに口づけが落とされた。
 その行為を呆然と見下ろすことしか出来ない私を見つめ、タッカー様が悲しそうに目を細める。

「ティアナの心には、いつだってレオン陛下がいる。そのことを思い知るたびに、絶望感に苛まれる。そんな哀れな男の戯言だと思って、聞いてください。どうか、ティアナ、諦めないでください。あなたの想いを」

「えっ……」

「ティアナ、母へ言った言葉は本心ではありませんね。陛下と離縁したいと言った言葉。あれは、あなたの本心ではない」

「いいえ! あれは、本心ですわ!」

「ならなぜ、そのように泣きそうな顔をするのですか?」

「えっ……、泣きそうな顔?」

「えぇ、ずっとそうだ。ティアナ、あなたが陛下の話をするとき、いつも切なそうに目を細める。陛下のとこを何とも想っていないのなら、そんな反応はしない。そして、あきらめを口にしても、心の底では陛下に愛されることを望んでいる。違いますか?」

「そんな、こと……」

 言葉が続かなった。

 私は、陛下に愛されることを望んでいるのだろうか? 今でも……

 捨て去ったはずの想いが疼く。

「陛下は……、レオン様は……、私のことなんて愛していない」

 顔を両手で覆い、その場にうずくまった私の震える身体をタッカー様が強く抱きしめる。

「ティアナ、男というものは馬鹿な生き物なんです。好きになれば、なるほど、相手にどう接していいかわからなくなる。昔の私が、そうでした。あなたをいじめていた頃のね。思い出したくもない失態でしたが。そして、大切であれば、あるほど、自分の手元において、囲いたくなるのが男という生き物なんです。まぁ、何が言いたいかというと、レオン陛下の行動はすべて、あなたを想ってなされたことだったということです」

「……、そんなこと、信じられませんわ。普通、好きな人を軟禁なんてしませんわ」

「くくく、普通はね。ただ、馬鹿な男は違います。レオン陛下も、馬鹿な男の一人と言うことですよ。私と同じね。ティアナ、すべてが終わった時、それでもレオン陛下との離縁を望むなら、二度目のチャンスを私にください」

 タッカー様は私を立たせると、悪戯な笑みを浮かべる。そして、一瞬の隙をつき、私の額に口づけを落とす。

「一度目のチャンスは、あなたの心からレオン陛下を追い出すことは出来なかった。でも、二度目は本気で挑みます。あなたの心に、今度こそ私を刻んでみせる。覚悟しておいてください」

 顔を赤くして、呆然とその場に立ち尽くす私を残し、颯爽とその場を立ち去るタッカー様が最後に振り向き、言葉を紡ぐ。

「陛下があなたを追って、ルザンヌ侯爵領に現れた理由でしたね? そんなの決っているじゃないですか。ティアナと私が一つ屋根の下、一緒に過ごしていると思ったら、居てもたってもいられなかっただけですよ。本当、馬鹿な男だ」

「えっ!?」

 素っときょんな私の叫び声とタッカー様の笑い声が、夕闇に包まれた庭園に響き消えていった。
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