その傷を舐めさせて

雪村こはる

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パーティーでは淑女を演じさせていただきます

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「先生、よかったんですか? あんなこと言っちゃって」

 夕映は首をほとんど直角させて旭を見上げた。近くのテーブルからフォークを取った旭は、色んな料理が混ざり合った皿の中からキノコのソテーを拾い上げた。

「ん? そういう契約じゃなかった?」

「そ、そうですけど……きっと、すぐ噂が回っちゃいますよ」

「だろうね。小柳さんも就職早々忙しくなりそうだね」

「……え?」

「そうでしょ? 病棟に配属される頃には、院内に広まってるんじゃない?」

「あ、えっ、そっか……私、そんなこと全然考えてませんでした……」

 先程とは一変して、さあっと顔を青くさせた夕映。フォークを持った手で口元を覆う。実習中でさえ、怯えた先輩看護師の存在。実際に就職した先で、ライバルの多い旭の彼女だと認識されようものなら、杏奈の嫉妬など比べ物にならないほどやっかまれるのではないかとぞっと背筋が凍るようだった。

「頑張って」

「先生、他人事じゃないですか!」

「まぁ、病棟違ったら助けてあげられないしね」

「酷い! 私が虐められたらどうするんですかー!」

「知らないよ。自分から持ちかけた契約でしょ」

 ふいっと顔を背けて、料理を口に運ぶ旭。テーブルが用意されていても、ほとんど皆立食しているため、夕映も旭もその場に立ち尽くしたままだ。

「先生ー!」

「じゃあ、今からでも撤回する? 別に俺はいいけど。言ってなかったけど、あの後あんまり噂にならなかったんだよね。武内のこと」

「え!?」

「だから、正直もう困ってない」

「先生!」

「必要なら取りやめるけど?」

 上からふっと柔らかな笑みを見せられたら、夕映はそれ以上何も言えなくなってしまった。困ってないのに何で契約したんだろうかと頭の中をぐるぐると思考が渦巻く。
 何だか悩んでいる様子の夕映に肩をすくめた旭は「やめないなら考えておきなよ」と言った。

「……え?」

 きょとんと目を瞬かせて、首を傾げた夕映に、旭は「行きたいところ。条件だったでしょ、デート」と続けた。

「はっ! そうです! デート! 先生とデート!」

 気分が高揚した夕映は、その場でバタバタと足踏みをした。その落ち着きのなさに「淑女はどうしたの。静かにしてなさい」と制圧する。
 夕映はピタッと動きを止めて、にたぁと頬を緩めた。旭とデートができると思ったら、入職後に訪れる可能性のある虐めは、その時考えればいいやとそんな思考も後回しになった。
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