その傷を舐めさせて

雪村こはる

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友達だろ?

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 旭はそっと息を吸い込んだ。少しだけ混乱している。情景が全く読めなくて、自分だけが取り残されているような気分だった。

「珍しいね。夜天が誰かと友達になるなんて。昔じゃ考えられなかったのに」

「昔の方が酷かったんですか? でも、口は悪いけど、いい人だと思います。ちょっとだけ優しいですし」

 頬を緩めた夕映にピクリと目の下を引きつらせる。さっきまであんなに浮かない顔をしてたのに、夜天の話になったら随分楽しそうに見えた。

「優しいかな……そう。でも、彼も忙しいと思うからあまり邪魔しないようにね」

「あ、はい! それは……私も気を付けます……」

 夕映は旭の言葉にちょっと頻回に訪れ過ぎたかな……と反省した。

「コンサートは楽しかった?」

「楽しかったです! 初めて聴いたんです、クラシック。夜天さんが一緒に行く? って聞いてくれて、私初めて生の演奏聴いて感動して泣いちゃって!」

 相当興奮した様子で早口に喋る。ただ、旭は驚くばかり。てっきり夕映が連れて行けとせがんだんだとばかり思っていた。それが夜天から誘った様子なこと、それからそういえば夕映が夜天をさん付けで呼んでいることにも気付いた。

「……夜天から誘ってくれたんだ?」

「はい! チケット2枚あるからって」

「そっか。……でも、おかしいね。小柳さんは俺の彼女ってことになってるはずだけど。夜天は知らなかったのかな」

 旭は遠回しに尋ねてみることにした。まさか2人の会話を盗み聞きしていたとは言えない。既に旭と夕映の関係が夜天にバレている。それなのに旭に言ってこないあたり、隠したいのかとさえ思った。
 しかし夕映は唇をきゅっと結んで目を泳がせると「それが……前に荻乃先生と会話していたのを夜天さんに聞かれていまして……」とあっさり白状した。

「……え?」

「あの、契約で付き合ってるフリをしてること……」

「うん」

「前回こうやってお話してた時……」

「うん」

「全部聞かれてました」

「……え?」

 顔を引きつらせたのは旭の方だ。夕映が相談でもしたのかと思っていたが、2週間前の自分と同じように夜天が盗み聞きをしていたとは……と右手で額を押さえた。

「それでバレちゃったんです。荻乃先生には他に好きな人がいることも、私と付き合っていないことも……あ! で、でもそれが誰かは絶対言ってないです! これは墓場まで持っていくと死守しました!」

 必死でそう訴えかける夕映に、旭はようやく表情を崩した。契約で付き合っているフリ。更にその相手には好きな人が別にいるだなんて、そんなことを知られて惨めな思いもしただろうにこんな時でも俺を庇うのか、と笑えてしまった。
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