その傷を舐めさせて

雪村こはる

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友達だろ?

09

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「……いいんですか?」

 夕映は遠慮がちに旭を見上げた。少し困惑している表情で視線だけを旭に向けたものだから上目遣いとなった。
 小さな体と大きな瞳。幼い丸顔がどういうわけだか可愛く見えた。

「いいよ。でも、ちょっと待ってて」

「……はい」

 夕映は少しだけ嬉しそうにはにかんだ。いつもの満面の笑みとまではいかなかったが、それでも旭はようやく安堵した。
 旭の隣に座った夕映は、もじもじと落ち着かない様子だった。

 まさか引き止めてくれるとは思っていなかった。もう諦めよう。そう思い始めたのに、こんなふうに傍にいさせてもらえたらそれすらもできなくなった。
 隣にいられればやっぱり嬉しくて、旭の甘い香りが懐かしくて、夕映は緊張で心臓が止まりそうだった。

 カタカタと速いスピードでキーボードを打つ旭の手。華奢で大きな手が綺麗だった。指が長くて全体的なバランスが整っている。きっとピアニストであるグレン・ブラウンも綺麗だろうな、とふと思った。
 横顔だって相変わらず美しい。夜天とはまた違った美形。

 好きだなぁ……。

 夕映は、悩まし気な吐息をつく。

「どうしたの? 疲れた?」

「え!? あ、大丈夫です……休み明けなので」

「そう。休日はしっかり休めてる?」

「はい。土曜日に夜天さんがクラシックのコンサートに連れてってくれたんです」

 夕映はそう言って嬉しそうに笑った。旭は勢いに乗った指先をパタッと止めた。まさか夕映の方から夜天の話をしてくるだなんて思ってもみなかった。
 当然旭はいつ夕映と夜天が仲良くなったのも知らないし、知り合いだったことすら知らない。それなのに夕映は、夜天と出かけることがさも当然かのように笑って言ったのだ。

「……夜天と仲良いんだ?」

「仲良くはないですけど、よくしてくれています。お友達になったんです」

 へへっとだらしなく笑う夕映に旭はすっと表情をなくした。

「……友達?」

「はい。私、院内に仲の良い人がいなくてですね……希星先生が気を使ってくれたんです」

 眉を下げて半笑いを浮かべる夕映。嘘をついている様子はないが、友達というワードがどうにも引っかかった。あの夜天が顔も名前も知らない夕映と友達になるはずがないと確信があったからだ。
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