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4日目 親友はイケてるホスト!?
5ー1
しおりを挟むリリリリリーン、リリリリリーン────
この日は、電話を知らせるけたたましい着信音が強引に眠りを妨げた。
まだ目を開けたくない。もう少しだけ。
そう自分に言い訳をして着信を無視していても、一向に止む気配はない。
仕方なく手を伸ばして枕元にあるスマホを掴み、薄目を開けて通話ボタンを押した。
「……はい」
『やっと起きたのか。何度も鳴らしたぜ!』
「あー……悪い」
電話口の相手は、高坂 翔。
小学校からの仲で、どんなに落ち込んでも次の日には持ち直すリセット人間。
今日会う約束をしていた相手だ。
『今日どうする?』
目覚めたばかりの颯には、今何時なのかさえ分からない。
耳に押し当てたスマホを離して時間を確認すると、12時7分と表示されていた。
完全に寝過ごした。
出掛ける前に悠人に起こしてもらえば良かったと、心底悔やんだ。
まだぼんやりとした意識のまま、どうにか体を起こし欠伸を漏らす。
「……とりあえず、ボーリング行かねぇ?すぐ飯は食えなそう」
『じゃあ、一時間後に店の前でいいかな?』
「うん、了解。また後で」
『はいよー』
電話を切ると、再び布団に戻りたいのをグッと我慢して寝室を出た。
顔を洗ってキッチンに入ると、冷蔵庫の扉には「朝飯残すべからず」と、メモ書きが貼りつけてあった。
無意識に頬は緩む。
扉を開けた中には、サンドイッチが入っていた。
ガラス瓶に入った麦茶に手を伸ばしてみたものの、洗い物を増やすのは気が引けて結局ペットボトルに手を伸ばした。
本当はコーヒーがあったら嬉しい。
だけど自分で淹れるのは面倒だった。
キッチン関係全般は悠人に任せきりで、精々飲み物を取りに行く程度だ。
面倒くさがりな颯と違って、悠人は何でも出来た。
料理が苦手な颯の為に料理担当を引き受けたが、颯が料理しか出来なかったら悠人は掃除を引き受けただろう。
一人じゃ自分の事もまともに出来ない颯と違って、悠人は例え一人でも生きていけるだろうと思った。
サンドイッチとお茶をダイニングテーブルに置くと、椅子に腰かけテレビを付けた。
ドラマのようだが、見た事がないから話の内容は全く分からない。
BGM程度だから、正直何がついててもよかった。
「美味っ!」
悠人はいつも颯の好みに合わせて作っている。
美味い朝食をあっという間に平らげたが、すぐには動けない。
いや、動きたくないが正しいだろう。
ぼんやりしているうちに時間は過ぎて、待ち合わせの時間が近付いてきた。
「そろそろ着替えるか……」
独り言を呟いて、テレビを消すと立ち上がって寝室に行く。
今から出ても待ち合わせ時間に間に合うか間に合わないかというところだろう。
財布とスマホをボケットに入れて、戸締まりを確認してから部屋を出た。
時間はギリギリだ。
待ち合わせ場所まで走ろうかと思ったが、外は今日も暑い。
早足で行く事にした。
待ち合わせ場所に着いて翔を探してみたが、それらしい人はいない。
「アイツが遅れるなんて珍しいな」
ポツリと呟いてスマホを取り出し電話をかける。
──ピッ。
(切れた……。え?切れた?どゆこと?)
困惑しながらもう一度電話をかけようとした時だった。
トントン──
誰かに肩を叩かれて反射的に振り返ると、そこには見覚えのない男が立っていた。
「……誰?」
サングラスをかけて明るいオレンジ色の毛色をした男は、白のスーツ姿で片手はポケットに突っ込んでいる。
明らかに怪しい奴だと思った。
不信感を隠さない颯に、男はヘラヘラと話を続ける。
「おいおい、まさか俺が分からないなんて言わないよな?俺だよ、俺!」
颯は新手のオレオレ詐欺かと疑った。
(こんなデカい奴が子供の振りは流石に無理があるだろ。それとも自分がそんなに老けて見えるのか……)
モヤモヤとした考えが次々と頭を過り、切なさを感じて肩を落とした時、目の前のいけ好かない男はサングラスを外して顔を覗き込んできた。
「おーい、颯。聞いてるのか。おーい!!」
この馴れ馴れしい奴は一体なんなんだと思いながら、目を細めて男の顔を見た。
するとそれは、雰囲気は少し変わったが、見知った顔だった。
「お前……翔か!?」
「やっと気付いたか。半年前に会っただろ!数年ぶりの再会みたいな反応されたら、親友として悲しいぜ」
確かにこの声も、目の下にある泣きぼくろも翔で間違いない。
昔から翔はお調子者だったが、こんな雰囲気じゃなかった。
少なくとも半年前は、長く勤めていた会社でリストラにあって、人生のどん底にいるような落ち込みようだった。
それが今は自信に満ちている。
肌はこんがり小麦色で白い歯が目立つ。
身長は颯よりも低めで、優等生のあだ名がついた黒縁眼鏡はなくなっていた。コンタクトなのか黒かった瞳はブラウンに変わっている。
並んで歩いたら誰が見ても颯の方がおっさんに見える。
颯は無性に腹が立ってきた。
例えるなら顔も知らない男と会う事になって、待ち合わせ場所に行ったらおっさんだった女の子の気持ちはこんな感じなのだろうかと口をへの字に曲げる。
颯はひどく騙された気分だった。
グダグダと考えている颯を置いて、翔は軽やかに歩き出す。
「行くぞ、颯!ボーリングするんだろ?」
目にかかった長い前髪を掻き上げて笑う翔の歯は、芸能人のように真っ白く輝いていた。
「やっぱりカラオケにしねぇ?」
真っ白なスーツの男とTシャツとジーパンの男がボーリングをしていたら、物珍しげな目で見られるんじゃないかと考えた颯は、急遽目的地を変更した。
そもそも事前にボーリングって言ったのに、なんでコイツはスーツなんだと不満もあったが、一先ず飲み込んだ。
あのスーツで足を開くフォームがとれるのか、股の辺りが避けたら面白いなとバカな事を考えながら翔の後を追いかけた。
こうしてボーリングは諦めて、目的地は歌いもしないカラオケに変更する事にした。
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