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あさからひるまで、よん
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首に回された雪風の腕の力が増し、より顔が近付いて、どちらともなく唇を重ねた。二人とも体力も思考力もなくなっていて、相手をどうしてやろうだとか自分の欲望に忠実にだとか、そんな考えが全くないキスだった。
「ん……ふ、ぅっ……ま、ひ……ろぉっ……んぅっ、ふぅぅ……ん……」
息継ぎに名を呼ばれて、雪風を抱き締める腕に力が入る。腰を強く押し付けてゆっくりと回しながら、舌をじっくりねっとりと絡ませ合う。互いの口内を舐め回すことも、優位を取ろうとすることもなく、ただただ互いの舌を愛撫し、唾液を味わう。
「ん……んっ……! ふ……ぁ」
雪風の身体が強く跳ねて痙攣を始め、舌の動きが鈍る。密着した身体の隙間に熱い液体が流れ込んでくるのが分かった。
「ふ……ぅ、雪風? イった?」
キスに反応がなくなってしまった、首に回された腕からの力が抜けた。俺は上体を反らして雪風の様子を見た。
「…………雪風? 生きてる?」
陶器のような肌に生を与える朱と呼吸。生きているとは思うが、見開かれたままの瞳からは生を感じない。無理矢理その赤い双眸に映り込み、長く透明な睫毛を撫でる。指の腹で睫毛に触れているというのに、瞼は動かない。
「……生きてるに決まってるだろ」
瞬きもせず、薄紅色の唇だけが動いた。
人形が喋った。俺の驚きはそんなホラーな部類のものだった。バッと手を引いて、瞬きを確認し、今度は赤みがさした頬に触れた。
「なんでお前はそう恐る恐る触ってくるんだよ」
「……壊れ、そうで。怖くて……」
「こーわーれーなーいー」
ガラス細工に触れる時の、鳥の雛をすくい上げる時の、あの恐怖。
この大きく黒く無骨な手が美しいものを壊してしまわないか怖くて、震えた手では更に心配で、思わず呼吸を止めてしまう。
「あのなぁ、俺は上の口と下の口同時に突っ込まれてガンガン突かれても平気だし、小さめなら玩具二本咥え込める。手足縛られて袋に詰められてサンドバッグみたいにされても一ヶ月以内に治る怪我しかしなかった」
一ヶ月以内に治る怪我をしたのか? いつ? 誰に? そいつを同じようにサンドバックにして海に沈めたい。
「俺、結構丈夫なんだよ。分かったら、後ろ治ったら、好きなように……めちゃくちゃにしてくれよ?」
「…………嫌だ」
それほど期限を損ねてはいないくせに不機嫌を示す表情に変わる。俺は表情管理の上手い雪風の顔が見られない彼の首筋に顔を寄せた。
「え……ちょ、泣くなよ。なんで……」
「こ……わ、い」
「何が」
「…………消え、ないで。俺の前から……居なくならないで」
「なってないしそんなことも言ってない」
車に乗って流れる景色を眺めている時と同じに呼吸が不安定になる。雪風に背を摩られても悪化するばかりだ。
「死なないで……一人にしないで、連れてって……」
「…………真尋? 大丈夫、俺はまだ死なないし……俺が死んでもお前には雪兎が居るだろ?」
強く抱き締めたいけれどこれ以上力を入れるのは怖くて、激情は結局ただの涙として流れていく。
「お願い……一緒に、死なせて……」
「……真尋。大丈夫、俺も雪兎も死なないから。もう二度とお前だけ置いていかれたりしない」
雪風は俺の背から腕をどかして、俺の肩を押して俺を引き剥がそうとする。手足の力が抜けたから体重がかかって苦しかったのだろう。
俺を横に転がした雪風は今度は俺の上に乗り、額に静かなキスをした。
「…………俺と雪兎がお前を置いて死んだらすぐにお前も殺してやるよ。そう言っておく。それでいいだろ?」
使用人に、ということだろうか。
俺は何て遺言を考えさせてしまったのだろう。失うのが怖くて、両親を思い出して、不安定になって──
「雪風……」
「ん? まだ何かあるのか?」
「夜と、雨の日は、車に乗るな」
「…………分かった」
その微笑みは幼くも痛ましくもない、何故か父親らしさを感じるものだった。
「ん……ふ、ぅっ……ま、ひ……ろぉっ……んぅっ、ふぅぅ……ん……」
息継ぎに名を呼ばれて、雪風を抱き締める腕に力が入る。腰を強く押し付けてゆっくりと回しながら、舌をじっくりねっとりと絡ませ合う。互いの口内を舐め回すことも、優位を取ろうとすることもなく、ただただ互いの舌を愛撫し、唾液を味わう。
「ん……んっ……! ふ……ぁ」
雪風の身体が強く跳ねて痙攣を始め、舌の動きが鈍る。密着した身体の隙間に熱い液体が流れ込んでくるのが分かった。
「ふ……ぅ、雪風? イった?」
キスに反応がなくなってしまった、首に回された腕からの力が抜けた。俺は上体を反らして雪風の様子を見た。
「…………雪風? 生きてる?」
陶器のような肌に生を与える朱と呼吸。生きているとは思うが、見開かれたままの瞳からは生を感じない。無理矢理その赤い双眸に映り込み、長く透明な睫毛を撫でる。指の腹で睫毛に触れているというのに、瞼は動かない。
「……生きてるに決まってるだろ」
瞬きもせず、薄紅色の唇だけが動いた。
人形が喋った。俺の驚きはそんなホラーな部類のものだった。バッと手を引いて、瞬きを確認し、今度は赤みがさした頬に触れた。
「なんでお前はそう恐る恐る触ってくるんだよ」
「……壊れ、そうで。怖くて……」
「こーわーれーなーいー」
ガラス細工に触れる時の、鳥の雛をすくい上げる時の、あの恐怖。
この大きく黒く無骨な手が美しいものを壊してしまわないか怖くて、震えた手では更に心配で、思わず呼吸を止めてしまう。
「あのなぁ、俺は上の口と下の口同時に突っ込まれてガンガン突かれても平気だし、小さめなら玩具二本咥え込める。手足縛られて袋に詰められてサンドバッグみたいにされても一ヶ月以内に治る怪我しかしなかった」
一ヶ月以内に治る怪我をしたのか? いつ? 誰に? そいつを同じようにサンドバックにして海に沈めたい。
「俺、結構丈夫なんだよ。分かったら、後ろ治ったら、好きなように……めちゃくちゃにしてくれよ?」
「…………嫌だ」
それほど期限を損ねてはいないくせに不機嫌を示す表情に変わる。俺は表情管理の上手い雪風の顔が見られない彼の首筋に顔を寄せた。
「え……ちょ、泣くなよ。なんで……」
「こ……わ、い」
「何が」
「…………消え、ないで。俺の前から……居なくならないで」
「なってないしそんなことも言ってない」
車に乗って流れる景色を眺めている時と同じに呼吸が不安定になる。雪風に背を摩られても悪化するばかりだ。
「死なないで……一人にしないで、連れてって……」
「…………真尋? 大丈夫、俺はまだ死なないし……俺が死んでもお前には雪兎が居るだろ?」
強く抱き締めたいけれどこれ以上力を入れるのは怖くて、激情は結局ただの涙として流れていく。
「お願い……一緒に、死なせて……」
「……真尋。大丈夫、俺も雪兎も死なないから。もう二度とお前だけ置いていかれたりしない」
雪風は俺の背から腕をどかして、俺の肩を押して俺を引き剥がそうとする。手足の力が抜けたから体重がかかって苦しかったのだろう。
俺を横に転がした雪風は今度は俺の上に乗り、額に静かなキスをした。
「…………俺と雪兎がお前を置いて死んだらすぐにお前も殺してやるよ。そう言っておく。それでいいだろ?」
使用人に、ということだろうか。
俺は何て遺言を考えさせてしまったのだろう。失うのが怖くて、両親を思い出して、不安定になって──
「雪風……」
「ん? まだ何かあるのか?」
「夜と、雨の日は、車に乗るな」
「…………分かった」
その微笑みは幼くも痛ましくもない、何故か父親らしさを感じるものだった。
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