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第一章 始まりと出会い

卑怯な俺

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「ミカゲ。君は何者だ?一体、何をしなければならないんだ?」


「……。」

 
俺は咄嗟にベッドに横たわっていた、コマの様子を確認した。先ほどまでスヤスヤと寝ていたはずのコマは、姿勢を低くしてスフェンのことを警戒している。
いざとなれば、コマと一緒に逃げられるだろうか。
 

もし、話をして信じてもらえなかった場合、俺はどうなるだろう。

不審人物として、騎士団に捕まって拷問にかけられるだろうか。精霊の姿が見えると知られて、王宮に囲われ国のために働かされるかもしれない。

 
俺とスフェンは向かい合わせでテーブルに座っている。
入り口はスフェンの右後ろ、そして、俺の冒険者装備と日本刀はスフェンの左後ろにあった。逃げるには、必ずスフェンの近くを通らなくてはいけない。
さすが騎士団長ともいうべきか。

簡単に逃げられないようにされたな。

 
この目の前の騎士を出し抜くのは、早々容易ではないだろう。実力は分からないが、国の騎士団をまとめ上げているのだから確かなはずだ。

運よく逃げ切れたとしても、指名手配をされてたりしたら悪目立ちする。

それこそ、浄化の旅が過酷になるのが目に見えていた。

 

「……ミカゲ、君に危害を加えるつもりはない。ただ、私たちは魔物が狂暴化する原因を調べている。……民を助けるためにも、知っているのなら教えてほしい。」

 
俺を見つめるエメラルドの瞳は、どこまでも穏やかで真摯だ。宝石のように綺麗な目に、俺はどうしても惹き付けられてしまう。


信じてくれるかは分からないけれど……。
話だけは聞いてくれるかもしれない。


膝に置いていた両方の拳を、俺は自然と固く握りしめていた。

意を決して、俺はスフェンをまっすぐに見つめ口を開く。


俺の話を信じてほしい、そう願って。

 
「……あの石は、シユウという邪神の邪気を纏った魔石です。魔物の狂暴化の原因は、魔石が放つ邪気にあります。魔石を壊せば、魔物の狂暴化は防げます。各精霊の棲み処近くに、人間の手によって魔石は仕掛けられたそうです。」

 
俺は、努めて冷静に説明した。それでも、声は緊張して掠れていた。少し震えていたかもしれない。


スフェンは先ほどと変わらず、真剣な表情で俺の話を聞いている。俺の話を聞いて、心の中では何を考えているのか全く分からない。


「……シユウ?聞いたことのない神だな……。」

「シユウは異国の邪神です。性格は凶悪で貪欲、残酷。シユウはこの国の人間に憑りついています。精霊の力を削ぎ、この世界を自分のものにしようとしている。」


憑りつかれている人間は、未だに分かっていない。
どうやって魔石を作り出しているのかも、ここ一か月では突き止められなかった。

無力な自分が、情けなかった。

 
「………ミカゲは、誰からその知識を?」

俺の話を黙って聞いていたスフェンは、落ち着いた口調で俺に尋ねてきた。

当然、なぜそんなことを俺が知っているのか、疑問に思うだろう。俺は正直に答えることにした。

 
「精霊王ベリルから聞きました。」

「っ!」

 
俺がそう答えると、スフェンは目を見張って息を飲んだ。


そんなに驚くことだろうか?
スフェンも風精霊が視えているのであれば、精霊と会話もしているはずだろ?

 
しばらくの間、スフェンは黙って考え込んでいる様子だった。


「……ミカゲ、私以外に精霊と会話ができることを誰かに話したか?」

「…??…いいえ。スフェンさんに言ったのが初めてです。」

俺の言葉に、スフェンはほんの少し緊張の面持ちで話し始めた。


「……いいか、ミカゲ。俺は確かに精霊の姿を見ることができる。……言い換えれば、見ることしか''''''出来ない。精霊と会話ができる人間は、俺の知る限りいない。……ましてや、精霊王ベリルは別格の存在だ。人に姿を見せることはない。」


俺はスフェンの言葉を聞いて、しまった、と思った。自分が精霊と会話ができるため、精霊が視える人は、精霊とも会話ができると勘違いをしてしまっていた。

 
精霊王ベリルは御伽噺に出てくるような存在なのだろう。
俺の言葉は信じてもらえないのだろうか?

 
疑心の目を向けられるのが怖くて、俺はスフェンから目線を反らした。顔も俯きがちになる。

向かい側に座っていたスフェンの動き出す気配がして、俺は咄嗟にビクッと身体を強張らせた。
虚偽を言ったといって拘束させてしまうかもしれないと思ったのだ。

 

俯いてぎゅっと目を閉じた俺の頭に、ポンと優しく大きな手が置かれた。

 
「……今まで、そんな大きなことを、よく一人で抱え込んで耐えていたな。」

 
その声は、本当に優しく俺を労わるもので。

俺は恐る恐る顔を上げた。優しく輝くエメラルド色の瞳と目が合う。

 

「もう、一人で耐えなくていい。」

 

見えない敵と戦っていた孤独な心には、スフェンの言葉がじんわりと染み渡っていく。


日本でも、この世界でも俺は一人だった。
助けてくれる心優しい人はいたけど、
それでも心の底では孤独だった。


一人で全てのことを成し遂げなければいけないと、
自分に嫌というほど言い聞かせて。気を張りつめて。
 

「……ミカゲ、これはこの国全体の問題だ。君一人だけが背負うな。私たちも一緒に背負う。」

スフェンは席を立つと、座っている俺の身体をその胸に抱き込んだ。

 
「もう、大丈夫だ。……今までよく一人で頑張った。」

鼻の奥がツンっと痛み、目頭が熱くなったのを感じた。視界は僅かに滲み始める。


泣くな。

俺には涙を流す資格はない。


こんなにも真摯に向き合っているスフェンに、
俺は一番肝心なことを話していないではないか。

 
……邪神シユウがこの世界に来たのは、俺が原因であることを。

 
スフェンに嫌われたくなくて、自分が責められるのがただ怖くて。


卑怯な俺は、スフェンの腕の中で、罪悪感に身体を蝕まれながら黙りこんでいた。

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