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第五章 敵の影、変化
蠱毒
しおりを挟むその左手に院長がそっと手を重ねて、落ち着いた眼差しでカイを見た。
「……ゆっくりでいい。言いたくないことも、無理して言わなくていいんじゃよ。」
院長の穏やかな声音に、カイの震えはほんの少しだけ収まった。大きく息を吸って、深呼吸をしたあとに、カイが話を続けた。
「その男は上客だったみたいで、俺とクレイは男に給仕をするように言われたんです。ゴロツキよりも、お前たちのほうが愛嬌があっていいだろうって。」
カイとクレイに命じたその男は、副頭領を呼ばれていたらしい。
副頭領に命令されたカイとクレイは、男を洞窟内の応接室へ案内したそうだ。
「副頭領が『例の物』を準備すると言って部屋を出たときに、俺たちはその男に話しかけられたんです。『君たちは、ここで働かされているのか?働かされている子供は何人だ?』って。」
男の声はとても穏やかで優しく、今まで会った大人とはまるで違っていた。自分たちのことを心配している、そんな声音だったそうだ。
ハルバの頭から手を離したクレイが、カイの言葉の続きを話し始める。
「俺たちは男に話をしました。大人たちにやらされている仕事の内容と、子供は5人だと。副頭領が部屋に戻ると、俺たちは一旦部屋から出されました。部屋の前で待っているように、男に言われたんです。」
クレイとカイは素直に応接室を出たそうだ。
クレイの言葉が続く。
「部屋を出ると、副頭領がアジトにいる全員に召集命令を出しました。アジト全体に聞こえる、魔道具を使って。子供たちは応接室に、大人は集会所に集まるようにという指示でした。」
今までにこんな指示は出たことがなく、集まる大人たちも困惑し、悪態をついて集まっていたそうだ。
そして、ハルバとセリカを連れて、年長者のエリオットも応接室に到着した。
5人の子供たちが応接室に入ると、男と副頭領が話を終えて立っていたそうだ。男と並んで立つ副頭領の様子がおかしいと、クレイは気が付いたらしい。
「副頭領の目が何だかボンヤリして、男の言葉にも無言で頷くだけでした。男は子供たちが全員集まったか確認すると、『私が戻って来るまで、この部屋で待っていなさい。』と言ったんです。」
客人の言葉に従わないと、後で大人たちにどんな仕打ちを受けるか分からない。
そう思って、子供たちは従ったのだそうだ。
カイルはその時の状況を思い出したのだろう。身体をを両手で抱きしめ、震えながら話してくれた。
「男と副頭領が部屋から出てしばらくして、洞窟の奥から、たくさんの物が壊れる音が聞こえてきたんです。それと一緒に、ぐわぁーっとか、ギャーッという叫び声も聞こえました。」
「俺たちは怖くなって、応接室の床でひと固まりになって縮こまりました。エリ兄が扉のすぐ近くで警戒してくれました。俺とクレイで怖い音が聞こえないように、ハルバとセリカの耳を塞ぎました。怖い音が鳴りやまない中、男が部屋に戻ってきたんです。」
部屋に戻ってきた男は、怖がっている俺たちを見て『怖がらせてしまってごめんなさい。』と謝ったのだそうだ。
それぞれに、パンや牛乳、果物を手渡して食べるように促した。
そして、男はエリオットに近づいて『治療をする。』と言い出した。エリオットをボロいソファの上に寝かせて身体に手を翳した。
「きれいな金色だったの。エリ兄が苦しそうにしてたのが、治ったの。」
セリカの『金色』という言葉からすると、それは治癒魔法だろう。
得体の知れない男が何をするのか分からなかったが、本当に治療してくれたことに子供たちは皆驚いたそうだ。
その男はエリオットの治療後、カイたちの傷も治療してくれたらしい。
「洞窟の奥から音が聞こえなくなると、俺たちにもう一度部屋で待つように言って、男が部屋を出たんです。そしたら、入れ違いで頭領が帰ってきた。……頭領は、アジトで誰も出迎えがないことに腹を立てて、俺たちに殴りかかってきました。」
クレイは悔しそうに顔を歪めた。出迎えがないだけで怒るなど、なんという理不尽だろうか。
大人たちに気を晴らす目的で殴られることは、日常茶飯事だったとクレイは言った。
子供たちをエリオットが必死に抱え込んで、カイルとクレイがさらに小さい子を抱いて、暴力から守った。
背中に暴力を一身に受けながら、エリオットはそれでも手を離さずに耐えてくれた。暴力の嵐をやり過ごしていた時だったそうだ。
「俺たちを蹴っていた頭領が、金色の植物に縛られて、いきなり外に引きずり出されたんです。何が起きたのか分からなくて怖かったし、エリ兄は気絶していたから、俺とクレイでそっと外の様子を見に行きました。……そしたら、」
カイルはそこで言葉を切ると、俯いた。そして、意を決したように俺たちに目を向けて話を進める。
「男と血まみれになった大人が一人、縛り付けた頭領の前に立っていました。大人は、男に何か呟かれると赤い煙になって一瞬にして消えたんです。床には赤い石が落ちていて、男はそれを拾い上げました。」
カイルの背中をクレイが手で擦りながら、続きを話す。
「……それで、『お前には、あの子たち以上の苦しみを味合わせてやる。』って言いながら、頭領の口に赤い石を入れて飲ませたんです。」
おそらく、男と一緒にいた大人が突然消えたのは、強制魔力付与によって魔石に変わったためだろう。そして、飲ませたのは邪気を纏った魔石だ。
「……その後、その頭領はどうなったんだ?」
カイとクレイは首を横に振った。クレイが口を開く。
「頭領は洞窟の奥に消えていきました。どうなったかは、分かりません。俺たち5人は男に治癒された後、アジトから外に連れ出されました。そして、孤児院に連れて来られたんです。」
男は子供たちに、『山で暮らしていたが、家族が死んで子供だけになり、旅人に保護されたと言いなさい。』と言い、孤児院の敷地前で別れたのだそうだ。
子供たちは、話をし終えると自然と詰めていた息をそっと吐いた。緊張していたのだろうし、嫌なこともたくさん思い出させてしまった。
「皆、よく話をしてくれた。領主としてお礼を言わせてほしい。本当にありがとう。」
そう言ってヴィオレット辺境伯は子供たちに頭を下げた。話をした子供たちは、院長に連れられて部屋を出ていった。
俺は子供たちのいなくなった部屋で、思案に耽った。
大勢の生き物を1か所に集める。最後の1匹になるまで、共食いや殺し合わせ続ける。
呪い。
「……蟲毒。」
この言葉が脳裏によぎる。
古代中国で広く使われていた呪術だ。
蛇、ムカデ、蛙などの数種類の生き物を大量に同じ容器に入れて、互いに共食いをさせて最後の一匹になるまで蓋を開けない。
最後に勝ち残った生き物には、強い邪気と毒が残る。
その毒を採取して人に盛れば、数日後にその者は毒に身体を苛まれて息絶える。
強い邪気を纏った生き物を、呪い殺したい相手にけしかけて、嚙み殺させる方法もあるらしい。
蟲毒に使われた生き物の魂たちは、呪いの道具として理不尽に閉じ込められ命を奪われたため、強い怨念としてこの世を彷徨い続ける。
勝ち残った生き物の、邪気と毒の元になるのだ。
日本でも平安時代などに度々『蟲毒』が使われ、厳しく禁止されていた。俺が知っているのも、実家の宝物庫で昔の資料を呼んだからだ。
今回のアジトの呪いは、まさに『蟲毒』の作り方によく似ている。
怖ろしく残忍で、凶悪な呪術。
それを、生身の人間たちにさせたのだ。
考えるだけで、なんともおぞましい。
ゾクリと寒気がして、顔が青ざめていく。
「ミカゲ、『コドク』とはなんだ?」
スフェンに問いかけられ、俺はスフェンとヴィオレット辺境伯にも、『蟲毒』について説明をした。
この世界には同じような呪術はないようで、俺の説明を聞いた二人は顔を顰めた。
「……なんと、惨いことをする。」
ヴィオレット辺境伯は、吐き捨てるようにそう言った。
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