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第2章 勇者の暗い過去と、死亡フラグを回避します

誕生日会は皆楽しい

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「おや?ヒズミも休憩かい?」

キッチンカウンターの片隅に座っていたのは院長だ。ほうっ、と息を吐きながら、湯気の立ったマグカップに口をつける。一口飲むと、食堂内の子供たちの様子を温かい目で見ていた。


目元の皺を深めながら優し気に微笑む姿は、この孤児院に流れる優しい時間と一緒だった。この人が一番穏やかで包み込んでくれるから、子供たちも職員の人たちも穏やかになれる。


「いいえ。実は、みんなに追い出されてしまって……。」

「ふほほっ。あの子たちも張り切っておるからのぉ。適材適所と言うものじゃよ。」

院長は俺の少ししょんぼりした様子に、ポンポンと頭を撫でてくれた。何度か院長には頭を撫でられているけど、このそっと撫でる撫で方は祖父を思い出す。

心の中がほっこりと、じんわりと温まって好きなんだよな。


「料理なら少しできるから、キッチンで何か手伝えることってありませんか?」

「そうじゃのお。……クイネラが忙しそうにしておるから、手伝ってくれるとありがたいよ。」

そう言って院長は、エプロン姿でキッチンに立つ女性職員に視線を移した。ぷっくりと快活な女性は、俺をキッチンに来るように手招きする。


「……助かるわ!ヒズミ、包丁で皮むきとかできる?このイモと、ニンジンの皮をむいてほしいの。輪切りにして、そのあとに皆で星やラパンの形に型抜きしようと思って!」


今日のメインディッシュは、ソルの好物のビーフシチューだ。肉は牛に似た魔物肉を使用する。実は、以前にソルと一緒に狩ったやつだ。


「……皮むきなら、俺にもできるよ。」

「やった!人材確保!!これで速度が上がるわよ!!」

そう言ってサムズアップするクイネラさんに、思わずクスクスと笑ってしまった。俺はエプロンと包丁を借りると、ボウルいっぱいに用意された野菜の皮剥きに取り掛かる。

クイネラさん以外に料理を作る職員さんはいるものの、それでも随分と多い量だ。よし、がんばろ。


「あら、随分と上手ねえ。」

ひょいっと俺の手元を見たクイネラさんが、少し驚いた様子で言った。


「料理はよく妹と一緒に作っていたから、そこそこできます。」

共働きの両親は、食事もちゃんと作り置きして俺たちに用意してくれていた。ただ、急に両親ともに出張になってしまうことがあって、そのときは出来合いのものを兄妹で食べたのだ。

何回かそんなことがあって、さすがに出来合いものの濃い味付けに飽きてしまった俺たち兄妹は、自炊をすることにしたのだった。


「あら、頼もしいわ。そしたら何か作ってみる?きっと、ソレイユも喜ぶと思うわよ。」

一品おかずが増えて楽になるわ!とちゃっかりしているクイネラさんに、苦笑いをした。


マジッグバッグの中には大量の魔物肉。ゲームをしていた時も、肉は体力回復アイテムだったから大量に確保していたんだよな……。

確か、鳥肉に近かったような……。


あっ。あれにしようかな。
妹にも好評だったし、味には自信がある。


「あの、クイネラさん……。」

俺がクイネラさんに耳打ちをして、これから作る料理を伝える。クイネラさんは親指を立ててグッと拳を出した。力強いその拳に、思わず声を出して笑った。



「ただいま。」

オレンジ色の夕日が孤児院の窓から差し込んだ頃。

孤児院の扉についたフクロウが「ホウッ」と一度鳴いてそのあとにガチャリっと木製の扉が開いた。ソルの声が聞こえた瞬間、皆で目配せをする。ここからは、皆で連係プレーだ。


「ソレイユ!おかえりなさい!いっしょにおふろ!」

「はいはい。部屋に荷物を置いたら、一緒に入ろうな。」


年少組の男の子たちが、帰って来たソルに駆け寄ってお風呂場へと誘導する。ソルを決して食堂には近づけない作戦だ。ソルは部屋に荷物を置くと、目論見通りお風呂に直行した。

このまま、年少組には頑張ってもらう。


「みんな、席に着いて!」
「クラッカー持った??」「もった!!」
「あっ!つまみ食いしちゃダメだろ!」


ソルに気づかれない様に、ひそひそ声で皆がそんな会話をしているので、微笑ましくてクスクスと笑ってしまう。もう、食堂にいる皆はわちゃわちゃして、そわそわで可愛い。


「もうすぐ、ソレイユが来るよ!!」

ソラトが計画通りに、ソルの到着を知らせに来てくれた。俺が皆を見回すと全員が頷いたので、壁にある照明のランプのスイッチを消す。

夕日が沈んだ食堂内には、浮遊輝石という宙に浮いて光を放つ石を飾った。これは、俺がダンジョンで集めたものだ。多角形の星が、暖色の光で部屋に明かりを灯す。


「もう、今日は長風呂だったな……。お腹空いた。」

年少組のわくわくした声と、ソルの困ったような声が近づいて来る。皆でゴクリと息を飲んで、身構えた。

キィーっと食堂の扉が音を立てて開く。


パンッ!パンッ!パパンッ!


「「「ソレイユー!誕生日おめでとうーー!!!」」」


皆で一斉にお祝いの言葉を言って、クラッカーを開けた。


「えっ?」

クラッカーの紐飾りを身体中に浴びたソルが、ぽかんっと口を開けて驚いた様子で固まった。その年相応の反応が可愛くて、いつものカッコいいソルとも違ってほっこりする。


照明を明るくすると、ソルは部屋の様子を見回して、俺に気が付いてさらに目を見開いた。


「ソル、誕生日おめでとう。」

「ヒズミ?!今日はギルドで用事があるって……。」

「ごめんな?どうしても、ソルの誕生日会に参加したくって。」


ソルには昨日のうちに、今日どうしてもギルドで外せない用事があると伝えていたのだ。そんな俺がいるもんだから、さらにソルは驚いたのだろう。


「ほれほれ。突っ立ってないでこっちにおいで。」

俺はソルと手を繋いで、長テーブルへとソルを導いた。ソルは主役だから真ん中だ。テーブルにはケーキやら、ビーフシチューやら、たくさんのご馳走が並んでいる。


壁にある『ソレイユお誕生日おめでとう!』という飾りを見て、ソルは頬をほんのり赤く染めていた。


「私からも。……ソレイユ誕生日おめでとう。君が生まれてきたことに心からの祝福と感謝を。」

院長のその言葉に、ソルの琥珀色の瞳が輝きを増す。ランプの優しい光に照らされたのは、艶やかで美しく、喜びの色にあふれた宝石だった。


「……ありがとうございます。……皆も、ありがとう。」

ソルの心からのお礼の言葉を合図に、お誕生日会が始まった。


それからは、皆でご馳走をお腹いっぱい食べて、たくさん話をして。好物のビーフシチューを見たソルは、それはそれは嬉しそうに笑っていた。

そして、テーブルにある山盛りになった茶色の料理を、不思議そうに見ている。


「その『カラアゲ』って言う料理は、ヒズミが作ったんだよ!」

クイネラさんが、ソルが見ていた山盛りの唐揚げを指差して告げた。


「えっ?!ヒズミが??」

「ああ、そうだ。」

俺がソルのお祝いに作ったのは、『唐揚げ』だ。油もこの世界では安価だし、子供も大人も大好きだろうと思って作ったのだ。


実は、この世界には揚げ物が存在しない。
……乙女ゲームだからだろうか?
ゲームにまで、ダイエットや健康志向が繁栄されているのか?


俺の手作りだと聞いたソルは、唐揚げを一つ取るとひょいッと口に入れた。見たことも無い料理のはずなのに、躊躇いも無く食べるなんて……。さすが勇者。


一口噛んだとたん、目をぱっと見開いて驚きの顔をしている。

「……っうま。……すっごく、おいしいよ。ヒズミ。」

そのあとは、唐揚げ争奪戦になった。大量に作ったから、皆そんなに慌てなくてもいいのに。


プレゼントも、皆からソルに贈った。
孤児院の皆から渡されたのは、1人1人がソルに向けて書いた手紙だった。手紙は保存の魔法がかけられていて、いつまでも見ることができる。

院長からは綺麗な万年筆が贈られた。


そんな、くすぐったくなる位温かくて、幸せな時間はあっという間に過ぎた。年少組がうとうとし始めたころ、誕生日会はお開きになった。


「そうだ。今日はもう夜遅いから、ヒズミもここに泊まっていくと良い。」

片付けを手伝っていた俺に、院長はそう提案してくれた。でも、こんなに子供たちがいるのに迷惑にならないだろうか……。

そんなことを考えていると、ソルが近づいてそっと俺の手を握った。


「……今日は、泊って行って?お願い……。」

イケメンが眉をハの字に曲げて、目を潤ませながら俺にお願いをしてくる。超美形にそんな顔でお願いをされたら、断れるヤツなんて居るのか?女子はもうコロっと落ちてしまうに違いない。

将来のモテ男が、ここにいる。


それに、今日の主役であるソルに頼まれては断れない。


「分かった。」


楽しい夜は、まだまだ続きそうだ。




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