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第3章 学園に通うのは、勇者だけで良いはずです

推薦状、俺もですか??

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「……国立学園?」

ソルが訝し気な声が、対面に座った美丈夫へと問い返す。

質素でありながら、重厚な雰囲気が漂うギルド長執務室。窓からの日差しは心地よくて、ふんわりと茶葉の香りが鼻をくすぐる、おやつ時だ。


ゆったりとしたソファに、すうっと背筋を伸ばし座るヴィンセント騎士団長は、しなやかな指先で優雅にカップを持ち上げる。

形の良い唇がティーカップの縁に触れるのを、そういえば柔らかかったなぁ、とぼんやりと眺めていた。


「ああ、そうだ。2人は国立学園に入れるほどの実力がある。……もし、その気があるなら、私たちから推薦状を書こう。」


……んっ……?

『2人』??
聞き間違えだろうか?


ヴィンセント騎士団長は、隣に座って茶菓子のクッキーをひょいっと頬張るジェイド副騎士団長に視線を送る。ジェイド副騎士団長も、クッキーを口の中でモゴモゴさせながら頷き返していた。


俺とソレイユは、今日は休息日にする予定だった。冒険者ギルドには採取物の換金をしようと訪れたのだが、アトリに話があると呼び止められたのだった。

そして、案内されたのが、この冒険者ギルド長執務室。
執務机の目の前にある、ソファセットに俺達は腰かけている。


ギルド長とアトリ、さらに緑風騎士団団長と副団長が同席して、何やら大事になっているのだが……。


「……国立学園だなんて、考えたこともありません。あそこは、貴族か商人の子が行く場所だから……。平民でも、かなり優秀じゃないと入学できないと聞きました。」


ソレイユが率直な意見を述べた。実際、この町から国立学園へ入学した者は過去で2名だけ。しかも、かなり前のことだという。

ソルの言葉に、ジェイド副騎士団長が答える。


「その情報は正しいよ。……でも、2人の実力なら十分に入試試験を突破できる。一般教養の勉強は、そこにいるアイトリア副ギルド長が教えてくれるって。」

「……アトリが?」

これには、俺が驚きの声を上げていた。右側の1人掛ソファに座るアトリを見遣ると、真剣な表情で強く頷いた。


「私は、国立学園の卒業生です。一般教養やマナー、入試試験に必要な知識を教えることが出来ます。……冒険者ギルドも、全面的に協力しますよ。」

アトリの言葉に、執務机で両手を組んで話を聞いていたギルド長も深く頷いた。


「……ヒズミとソレイユなら、今から勉強すれば、充分試験に間に合います。」

「……えっ?俺も??」


やはり、先ほどの『2人』という数は、聞き間違えではなかったようだ。

乙女ゲームでは、この町から国立学園に入学するのはソレイユ1人だけだったはず……。

もう、ソレイユは十分強い。
1人でも立派に、国立学園で自立していけるだろう。


「……俺は、別に___。」

国立学園じゃなく、この町の学舎に通います、と言おうとした言葉を、ジェイド副騎士団長に遮られた。


「……学園では寮生活になるけど、慣れない環境に1人でいるのは心細いよね……。身近に知り合いがいると、安心できるよ?」

「っ?!」

確かに……。生徒の大半は学園内の寮で生活する。

素直で心根の優しいソレイユなら、簡単に周囲の人間と打ち解けることができるだろうが……。


学園内は平民と貴族を平等に扱うとは言っても、きっと暗黙の了解などもあるのだろう……。そんな息苦しそうな場所に、一人は辛そうだ。

悪い貴族にうちの可愛いソルが、イビられてしまうかもしれない……。


俺がはっとして押し黙っていると、ジェイド副騎士団長はミルクを入れた紅茶をコクっと一口飲んだ。伏し目がちになって隠れた翡翠色の瞳を、今度はソレイユへと移す。

軟派な甘い顔貌には、楽し気な笑みを浮かべている。


「……それに、学園には呪いの研究をしている学者もいる。ヒズミの呪いを解く手懸かりが、見つかるかもしれない。」

「っ……!」

その言葉に、隣にいたソルがビクッと反応した。革張りのソファから振動が伝わる。


「……学園に通いながら、冒険者活動もして良いことになっている。なにより、君たちの将来には有意義な経験となるだろう。……どうだ?」

ヴィンセント騎士団長の提案に、俺とソルは2人で顔を見合わせた。


「ヒズミ。オレ、国立学園に行きたい。……一緒に居てくれる?」

「ああ、ソルに寂しい思いはさせない。一緒に頑張ろう。」


ソルに大きく頷かれ、俺と同じ考えだということが分かる。


「「よろしくお願いします。」」

2人で声を揃えてぺこりとお辞儀をしながら、俺たちは学園への推薦状をお願いしたのだった。


「……ふふっ、腹芸にもならないよ。……素直でチョロい。」


コクコクっと紅茶を飲み干したジェイド副騎士団長が、ぷはっというため息と共に呟いた。

その笑みを含んだ小さな呟きは、今後のことを話し合う俺たちの声で何を言っているのか聞こえなかった。




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