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第6章 友達の家に遊びに行きます、夏休み後半戦

植物園、可愛いの渋滞だった

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リュイの実家を馬車で出発した俺たち4人は、整備された街道を進んで1時間もかからずに植物園に到着した。俺たちが乗った馬車は植物園の正門ではなく、関係者専用の門をそのまま突っ切っていった。


ツァールトハイト領にある植物園は、その広大な敷地面積と敷地内に生息する動植物の数が、オルトロス国随一と言われている。国内外の珍しい植物や生き物が育てられ、研究所としの役割もあるのだそうだ。

ちなみに、リュイのお兄さんは研究所の副所長をしているのだという。


「うちの領地は火山の地熱を利用して、薬草とか珍しい植物を育てて輸出しているんだ。ポーションも領内で生産しているんだよ」

「リュイが薬草に詳しいのは、そういうことだったんだな」

リュイは学園でも、薬草学では常に上位の成績をキープしている。リュイお手製のポーションを貰ったときは、売っているものよりも効能が高かったことには驚いたものだ。

リュイは垂れ目がちの緑色の瞳を、さらに目じりを下げて照れくさそうにはにかんだ。


「ここは、俺とリュイにとっては小さいころからの遊び場なんだ。果物を勝手に取って怒られたんだよな……」

懐かしそうに目を細めたガゼットに、隣にいたリュイが苦笑いをしている。


「熟していない青い実を2人で食べて、怒られた上にすごく酸っぱくて不味かったよね」

懐かし気に目を細めて笑う2人は、本当に昔から仲の良い幼馴染なのだろう。園内に詳しい2人に道案内をお願いして、俺たちは美しい花や珍しい生き物たちを眺めて楽しんだ。


リュイの領地の特産品は薬草と、領地内で採掘された鉱物を利用して作られる装飾品及び武器だ。特に薬草は品質が良く、ここで栽培された薬草が王族たちにも使用されている。


「懐かしいな。あの実が熟さないまま食べて、青臭くて酸っぱくて2人で苦しんだよな。」

ガゼットが指差した頭上には、赤色の小さな果物が鈴なりに実っていた。木の幹には薄い板が括りつけられていて、赤いクレヨンで拙い文字が書かれている。

リュイも懐かしそうに目を細めると、クスクスと堪えきれないと言うように笑う。


「実は、この木は僕とガゼットが口から飛ばした種で育ったんだ……。この木に実った果物は、僕たちが自由に食べて良いって兄上に言われているんだよ。」

ソルがリュイに頼まれて、頭上にある木の実を風魔法で落とす。ソルは風魔法で小さな刃を作ると、果物がたくさん実った枝部分だけを器用に切り取った。

他の枝を切らない様にするのは、大きな風の刃を作り出すよりも繊細で難しい。学園入学前よりも、確実にソルの魔力操作技術が上がっているのに、俺は内心で誇らしく思った。 


果物が付いた枝をガゼットが下で受け取り、俺たちの目の前に差し出してくれた。これって、もしかして……?


「……ライチ?」

「ヒズミ良く知っているね。……そう、これはライチって言うんだよ。このゴツゴツした皮を剥いて、中身の半透明な部分を食べるんだ。大きな種があるから気を付けて」

指先で摘まめるほど小さく赤い果物は、赤くやや硬いうろこ状の果皮を纏っていた。皮を指で剥くと、白色半透明で丸い果肉が中から姿を現す。

みずみずしく甘い香りと、透明な果汁が指先を滴った。


「っ!!美味しい」

つるんとした果肉を口に頬張ると、とたんに上品な甘さが口いっぱいに広がった。噛めば果汁が溢れ出て、ジューシーで手が止まらなくなる美味しさだ。


「っ!美味いな。これ」

隣で一口食べたソルが、琥珀色の瞳をキラリと輝かせた。どうやらお気に召したようだ。この自然な甘さはモルンも気に入るだろう。

リュイにお願いして、いくつかライチを分けてもらい、マジックバッグに詰め込んだ。モルンとも、この美味しさを分かち合いたいしな。


その後も珍しい植物を見て周り、虹色のバナナが実った木を見上げて驚愕した。乙女はカラフルなものが好きだと聞くが、さすがにあれは食べたいと思わない。味はなんとチョコバナナ味である。


摩訶不思議な植物エリアを抜けて、待望の生き物エリアへと俺たちは辿り着いた。


「モルンと全然違うなー」

頭上の木をぴょんぴょんと移動するモモンガたちを見て、俺はモルンとの違いにだいぶ驚いた。普通のモモンガは黒と白のしま模様で、見た目もなんだかほっそりしていた。

まん丸な目は一緒だけど、スタイリッシュで、ぴょんぴょんっと身体を弧に反らして移動する。


「モルンもそうだけど、ヒズミは動物に好かれるよね。ほら、今だってモモンガたち集まって来てる」

木の実をモモンガたちにあげているソルが、隣で苦笑いをしている。


俺は今、全身にしましまモモンガがよじ登っている状態だ。左肩や両足、さらには頭の上に小さな生き物が乗っている。やはり、間近で見ても皆細いというか、ふくふくしていない。

あの、丸みを帯びたフォルムのモルンとは大違いだ。もしかして木の実を与え過ぎだろうか?寮の自室にあるモモンガウォークに改善の余地があるかもしれない。


高いところが好きだったり、人によじ登るのが好きなのはモルンと一緒だな。しましまモモンガと戯れた後は、この地域にしか生息しない生き物を紹介すると案内された。


「あれが、温泉ラッコだよ」

リュイが指差した方向には、お腹の上に黄色い風呂桶を置いているラッコが池に揺蕩っていた。池の水面からは白い湯気が立ち昇っている。これって温泉だよな?

つぶらな瞳に愛嬌のあるモフモフな顔。ちょっと大きな逆三角形の鼻がチャーミングポイントだ。

あのお腹に抱えている風呂桶って……。
日本の銭湯でよく見る、発色がやたら良くて、なぜか心が引かれてしまう黄色い半透明のアレか……?

流石乙女ゲームと言うべきか。
可愛いければ何でも有りである。


「あの風呂桶は、温泉ラッコのお手製なんだ」

黄色い風呂桶の中は、貝やら綺麗な石やらがたくさん入っている。美しい風呂桶は、なんと鉱石をラッコたちが歯や石で削ってつくるそうだ。可愛い見かけによらず、中々に逞しい。

温泉ラッコたちの周囲には、同じ黄色い風呂桶だけが幾つか浮かんでいた。オレが疑問を口にする前に、ガゼットが教えてくれる。


「温泉ラッコは、温泉に潜って食料を取るんだよ。そんで、あの風呂桶に取ってきた食料を入れるわけ」

そう説明している間にも、浮かんでいる風呂桶の近くから、1匹の温泉ラッコがまん丸な顔を水面から出した。丸い手で持った貝を、器用に風呂桶にぽこんっと入れている。

そしてまた水面に潜っていった。どうやら、海女さんスタイルのようだ。

他の場所ではコンッ、コンッ、コンッ!と小気味よく硬いものがぶつかる音が聞こえる。音の方向に目をやると、俺はその光景に唖然とした。


「あの風呂桶にぶつけて、貝を割るのか……」

俺が見た温泉ラッコは、風呂桶のフチに両手で貝をぶつけて割っていた。風呂桶はかなり強固なものらしい。貝の中身を口で取り出すと、目を瞑って美味しそうにむしゃむしゃと食べている。


「眠るときに仲間とはぐれないように、手を繋いでいるのが可愛いんだよねー」

池の隅っこでは、お湯に流されないように仲間と一緒に手を繋いでいる。すやすやお湯に揺蕩って眠っている姿を見て、思わず悶絶した。

何だあれは、あざとい。でも可愛すぎか!もう、ずっと見ていられるな……。


温泉ラッコに貝を手で渡して、頭を撫でさせてもらう。温泉に入っているのに、毛は水を弾く性質があるようでモフモフだった。毛足の長い絨毯を触っているようだった。


そんな珍しい生き物のあとは、ラパンと戯れる。

この間のダンジョンで見かけた、あの大きなラパンは元気だろうか。巨大ラパンの話をしたら、「今度絶対に見に行きたい!」とガゼットが言っていた。ガゼットはラパンが好きらしい。


「……ヒズミが、猫に埋まってる……」

その後に植物園に併設された猫カフェでは、モフモフの猫たちにまみれて幸せの時間を送った。ソルに猫山から引っ張り出されて、名残惜しくもモフモフたちと離れた。

はあ、もうずっとこの植物園に居たいな……。


そうして1日中、植物園を堪能したところで俺たちはリュイの屋敷へと帰ったのだった。

リュイの実家の玄関を開けた途端、俺の顔面に真っ白な毛並みが勢いよくバフッと覆いかぶさる。


「キュ~~!!!」




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