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第8章 乙女ゲームが始まる
王太子殿下の鼓舞、呼び出しって何故か怖いよな
しおりを挟む落ち着かない生徒のざわめきで、講堂内は埋め尽くされている。皆が、先日国から発表された事実に不安を抱いているのが、漏れ出る会話から聞こえてくる。
「あそこに座っているのが、勇者だろ……?」
「あの方で大丈夫なのかしら……?まだ頼りないわ」
「しっかりと俺達を守ってくれよな……」
俺の左隣の席に注がれる、多くの遠慮のない視線。皆が新たに現れた英傑の1人へ、好奇な眼差しを向けている。自分勝手に不安を押し付ける言葉の数々に、隣りにいる俺が辟易してしまいそうだ。
思わず膝に置いた拳を握りしめていると、左隣からそっと拳を握られた。俺の左手を覆っている手の甲には、複雑な黒色の模様が刻まれている。
「……オレは大丈夫だよ、ヒズミ。オレは、ヒズミが隣にいてくれるだけで良いんだ」
琥珀色の宝石を細めて、ソルは俺に優しく微笑んだ。その微笑みに、女子生徒たちが頬を赤くして感嘆の息を零す。今隣の席に座っているソルは、以前の元気な姿を取り戻していた。
……本当に元気になってくれて良かった。
ソルが目覚めたのは、魔力暴走を起こした2日後の昼だった。
『星喰のかけら』を使ったあと、ソルの容態は目に見えて回復していった。王城から急いで空の魔石も届き、順調に治療が進んで身体を蝕もうとしていた魔力が落ち着いたのだ。
医者にも診断され体内に怪我もなく、それを聞いた俺は大きな安堵の息を吐いたものだ。それでも数日間は安静を余儀なくされ、ソルが学園に登校できたのは眠ってから一週間後の、今日になったのだ。
しかしその1週間で、この国の様子が一気に変わった。講堂に集まる生徒たちの話題は、あることで持ち切りだった。この国中が騒ぎになっているのと同じように……。
今日は急遽全校集会が行われ、俺たちは講堂に集まっていた。おそらく話題は騒ぎになっている、それだろう。
「これより、緊急全校集会を行う」
舞台照明に銀色の髪を煌めかせ、舞台上の右側にいるエストが高らかに宣言した。舞台中央の座席に座っていた青年が、無駄のない動きで立ち上がる。
高らかに足音を立てながら、背中に届く美しい白髪を揺らす1人の生徒が、講堂の演台へと歩み出た。
歩くだけで、その生徒が只者ではないと誰もが気付くだろう。威風堂々な佇まいとは、彼のことを言うのではないだろうか。
人に自然と頭を垂れさせる、傅かずにはいられない覇気を纏う青年に、息を飲む音が聞こえるほど室内が静寂に包まれる。
講堂に集まった生徒たちの注目を一心に浴びながら、青年は演題に両手をついた。芳醇な赤色をしたルビーの瞳が、鋭く威厳を放つ。
「生徒会長、ロワレクス・カヴァリエ・オルトロスだ。本日はオルトロス国王太子として、皆に話がある」
それは、王族からの直接的な言い渡しを意味していた。静寂な講堂内に緊張が漂う。
「……皆も知っての通り、この世界に聖女と勇者が現れた。魔王復活のときは近い……」
ソルが寝ている間に、国では大事が起こっていた。
それが乙女ゲームの主人公、聖女の出現。
未だに名前や容姿は公表されていないが、俺達と同い年の少女に、聖女の紋章が発現したらしい。
新聞面は、聖女と勇者が見つかったことで持ち切りだった。更に国は、魔王の復活時期までをも国民全員に公表したのだ。
……聖女と勇者……。
その言葉は、俺の心に無性に靄を起こさせた。
なんだろうか……。みぞおち当たりが少し苦しいと感じて、そっと右手で撫でる。
「これより、学園は特殊国家組織として機能する。より実践的な授業に変わり、生徒は国家安全を担う一員となる」
この学園は国が運営する。有事の際に生徒も駆り出されることになっていた。それは、入学する際に渡された書類にも書いてあったことだ。
確認事項とも言える言葉を終えると、ロワレスク王太子殿下は、そこで言葉を切った。ゆっくりと目を閉じて、再度ゆっくりと目を開ける。
深紅の宝石を思わせる双眼が、強い光を放った。
「我々は国内最高峰の学び舎で、勉学に励む学生だ。それは国の将来を背負う若者の証であり、最高の誉れである。……その与えられた名誉に今、我々は身を持って報いるべきだ」
生徒たち1人1人に目を合わせるように、ロワレスク王太子殿下が視線で射貫く。
「我らは力なき幼子ではない。安逸をむさぼる(何もしないで遊び暮らし続ける)若者ではない。優れた知識と実力を持つ、強く勇ましい学徒である」
ロワレスク王太子殿下から発せられる言葉1つ1つに、心の奥に静かな炎が灯らされていくのを感じた。力強い言葉は尚も続く。
❛❛ 弱き者を救い、強き者を支えよ。
我らが力は、知識は、そのためにある。
家族を、友人を、故郷を。大切なものを守るべく、己を磨け。守るための力を貪欲に欲しろ。
学生諸君、今一度、己に問いかけよ。自分が何をすべきなのか。迷うなら仲間や教師を頼るがよい。おのずと、己の使命が分かるはずだ ❜❜
「我らは英傑たちと共に、災厄に立ち向かう同志である。……諸君の健闘を祈る」
一瞬、静まり返った講堂に雄叫びと賛辞が響き渡る。
王太子殿下からの直々の鼓舞に、先ほどまで不安がっていた学生たちの顔つきが真剣なものへと変わる。
皆が自分へ問いかけているのだ。
今、自分に何ができるか。何をすべきなのか。
それは、俺も同じことだった。
俺は、魔王討伐のために何ができる?
今隣に座っている、一番の過酷な試練へと臨む大切な人のために、俺は何をすべきなのか?
俺の答えは、最初から決まっていた。
一番大切な人の一番近くで、共に戦う。
大切な人の幸せを、守り抜く。
そのためなら、命を賭けても良い。
若者たちの頼もしい声が響く中、俺は静かに胸の内で誓った。
その日の昼休みの時間、久しぶりにいつもの4人が揃って、食堂で昼食を取った。
「快気祝い!ソレイユ、おかえり!」
「おかえりなさい。一時はどうなることかと思ったよ……」
ガゼットとリュイが、オレンジジュースの入ったグラスを、ソルの持っているグラスに小気味良くぶつける。ソルが乾杯を受け止め、嬉しそうな笑顔を浮かべお礼を言う。
「ありがとう、リュイ、ガゼット」
ソルが勇者と分かってからも、リュイとガゼットの態度は全く変わらない。
むしろ2人には、
『ソレイユが勇者?ああ、なんかしっくりくるわ』
『うん、全然驚きがない。むしろ当然って感じかな?』
なんて言われた。
周りの生徒たちの視線が変わった息苦しさを感じていたから、この2人が通常通りなことにソルと一緒に安堵した。
学園の食堂で食事を済ませ、中庭で少し休むか?なんて言いつつ廊下を歩いていた4人の耳に、突如として軽快に音階を刻む、日本でもお馴染みの放送音が聞こえた。
「生徒会長から連絡する。1学年Aクラス所属、ソレイユ。同じくヒズミ、ガゼットベルト・フェーレース、リュイシル・ツァールトハイト。……以上4名は、今すぐ生徒会室に来い。」
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