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第五章 それぞれの想い

第一王子殿下

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「……隊長。」


目の前の中年男性は決して逞しくはない体躯で、一見すると強そうには見えない。ゆるりと微笑んでいるその顔を見れば、穏やかそうにも見える。

その穏やかな微笑みは、この緊迫した状況の中で異様でしかなかった。


僕たち2人に刃物を投げつけきたのは、この人だ。
何故なら指の隙間に、幾つもの細長い刃物を挟んでいる。少しでも動けば、その切っ先が迷いなく正確に投げつけられるだろう。


笑っていても、切れ長の目の奥が笑っていない。
底なしの暗い沼を瞳の奥に潜めている。


「……レイル、どうして私を裏切った?」

ただの世間話のように、投げ掛けられる会話。
レイルに向けていた視線が、背後にいる僕へと投げかけられる。


「……後ろにいるのは、暗黒魔術師だろう?その者を殺さなければ、我が国は呪いの地と化してしまう。……この暗殺の重要性は、お前が一番よく分かっていたはずだ。」

「……。」


レイルは漆黒の双剣を構えたまま、隊長を相手に牽制していた。やはり僕の作り出した暗黒魔術の魔石は、ラディウス国の人々を苦しめていたんだ。


「……今ならあの3人は解放してやる。」


そう言った隊長は、後ろの騎士たちに目配せをする。


「っ?!!」


騎士たちの隊列がざわりと動いて、道を作る。そこに連れてこられた3人を見て驚愕した。思わず名前を叫んだ。


「カレンさん!シエル、ステラ!」

カレンさんは手錠で後ろ手に拘束され、両脇を抱えられながら騎士に連れられてくる。シエルとステラは、心細げに両手を繋ぎながら左右を騎士に挟まれて歩かされていた。


「……ごめん、捕まっちゃった。」

カレンさんは笑いながらそう答えたが、服が所々破けて血が滲んで痛々しい。ラディウス国の騎士たちに抵抗したのだろう。

シエルとステラは、恐怖に先ほどから震えている。目にうっすらと涙がの膜が張っていて、2人とも必死に泣くのを我慢している様子だ。


騎士たちが、カレンさんのことを乱暴に地面へと投げ出す。カレンさんは呻きながらも、シエルとステラを守るように背中に庇った。

3人の近くにいた騎士の一人が、腰からすらりと長剣を抜いた。銀色の刃が光を反射して鈍く輝いた。


……何をするの……。


騎士は長剣を片手で軽く降ると、身動きの取れないカレンさんの首もとへと切っ先を近づけた。カレンさんは、その切っ先から決して逃れようとしない。

後ろには、幼いステラとシエルがいるからだ。

長剣の切っ先が、カレンさんの柔らかな首筋に触れてしまったのだろう。美しい肌につうっと、紅い液体が一線を描いて滴り落ちていくのが見えた。

その光景を見た瞬間、僕の中の魔力が一気に全身を駆け巡った。身体が熱い。それ以上に、僕から怒りの感情が噴出した。


やめて。
これ以上、僕の大切な人を傷つけないで!


叫ばずにはいられなかった。それほどまでに、心が衝動的に揺さぶられて思いが爆発する。


「やめて___!!!」


怒りの感情が、僕の心からの叫びが周囲に響いた。歌が綯交ぜになって独特の波長で周囲に伝わる。大気が揺れて、精霊たちが僕の歌に過敏に反応してざわめいた。


キンッ、キンッ、キンッ!!!

「っ?!!」

「ぐっ?!」

白銀色の粒子が、一斉に空気に霧散する。

何百人という騎士たちの足元からは、シュルっと銀色のツタが生えて全身を拘束した。そこかしこで、騎士たちの混乱した声が聞こえる。


何とかツタから逃れようと身を捩った騎士には、さらに食い込んで縛り上げられている。苦し気な呻き声も聞こえてきた。


「……くそっ、なんて強固な結界だ。」

正面から、隊長の苦々しげな声が聞こえる。

隊長は、より強固な聖魔術の結界で覆った。白銀色のツタが幾重にも絡まって籠目のようになった結界は、決して逃げることのできない檻だ。


そして、隊長の身体にも白銀色のツタが絡まっている。隊長は何か魔法を出して結界を壊そうとしたが、結界の外に漏れ出ることはなかった。


カレンさん、シエル、ステラの3人には、防御結界を施した。白銀色の蝶が宙をふよりと舞い、カレンさんを拘束していた手錠へと降り立つ。

カシャンっ!という鎖が地面に落ちる音とともに、手錠が外れた。銀色の薄い膜で覆われた3人に向かって、僕は叫んだ。


「シエル、ステラ、カレンさん!こっちに!!」

「「サエ!!」」

「サエちゃん!」


シエルとステラが泣きながら、こっちに走ってくるのが見えた。僕は両手を広げて2人を受け止め、力一杯両手でぎゅっと抱きしめた。


「怖い思いをさせてごめんね。もう大丈夫だよ。……僕が守る。」

「サエ。」

「……サエ。」

不安げに見上げてくる二人を安心させようと、僕は微笑んだ。
近くに来たカレンさんの身体に瞬時に触り、治癒の聖魔術を施す。

カレンさんの身体が白銀色の光に包まれ、しばらくして消えた。良かった、大きな怪我はしていないみたいだ。


カレンさんの治癒を終えたときに、驚愕と感嘆の入り交じった、若い男性の声が突如として騎士団のほうから聞こえた。


「……白銀色の花……。治癒能力。……まさか、聖魔術か?」


隊長とレイルが睨み合いをする最中、コツ、コツ、と足音が近づいてくる。他の騎士よりも立派な騎士服を着た若い男性が、隊長の傍へと歩み出た。

絵画から出てきたのではないかと言うほど、整った容姿の美青年。


「……第一王子殿下」

レイルに第一王子殿下と言われた、金髪、深緑色の美青年は暗殺者の前に出て僕たちと向き合った。この場でまだ動ける人間がいることに、僕の身体に緊張が走る。


どうして、この人は拘束されていないの?
聖魔術が通じなかった?


よく見ると、第一王子殿下の周りには、白銀色の精霊たちがぽわりと姿を現していた。


第一王子殿下は、そのエメラルドの瞳でレイルをひたりと見据えたあとに、僕に視線を移した。僕の姿を上から下までじっくりと見ると、またレイルに視線を戻す。


形の良い唇が、威厳のある声で言葉を紡いだ。


「……レイル。お前が強硬手段に出たのは、これが理由か。……そして、我が国の穢れを払おうとしていた聖魔術は、彼が施してくれていたのだな……。」


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