45 / 72
第五章 それぞれの想い
第一王子殿下
「……隊長。」
目の前の中年男性は決して逞しくはない体躯で、一見すると強そうには見えない。ゆるりと微笑んでいるその顔を見れば、穏やかそうにも見える。
その穏やかな微笑みは、この緊迫した状況の中で異様でしかなかった。
僕たち2人に刃物を投げつけきたのは、この人だ。
何故なら指の隙間に、幾つもの細長い刃物を挟んでいる。少しでも動けば、その切っ先が迷いなく正確に投げつけられるだろう。
笑っていても、切れ長の目の奥が笑っていない。
底なしの暗い沼を瞳の奥に潜めている。
「……レイル、どうして私を裏切った?」
ただの世間話のように、投げ掛けられる会話。
レイルに向けていた視線が、背後にいる僕へと投げかけられる。
「……後ろにいるのは、暗黒魔術師だろう?その者を殺さなければ、我が国は呪いの地と化してしまう。……この暗殺の重要性は、お前が一番よく分かっていたはずだ。」
「……。」
レイルは漆黒の双剣を構えたまま、隊長を相手に牽制していた。やはり僕の作り出した暗黒魔術の魔石は、ラディウス国の人々を苦しめていたんだ。
「……今ならあの3人は解放してやる。」
そう言った隊長は、後ろの騎士たちに目配せをする。
「っ?!!」
騎士たちの隊列がざわりと動いて、道を作る。そこに連れてこられた3人を見て驚愕した。思わず名前を叫んだ。
「カレンさん!シエル、ステラ!」
カレンさんは手錠で後ろ手に拘束され、両脇を抱えられながら騎士に連れられてくる。シエルとステラは、心細げに両手を繋ぎながら左右を騎士に挟まれて歩かされていた。
「……ごめん、捕まっちゃった。」
カレンさんは笑いながらそう答えたが、服が所々破けて血が滲んで痛々しい。ラディウス国の騎士たちに抵抗したのだろう。
シエルとステラは、恐怖に先ほどから震えている。目にうっすらと涙がの膜が張っていて、2人とも必死に泣くのを我慢している様子だ。
騎士たちが、カレンさんのことを乱暴に地面へと投げ出す。カレンさんは呻きながらも、シエルとステラを守るように背中に庇った。
3人の近くにいた騎士の一人が、腰からすらりと長剣を抜いた。銀色の刃が光を反射して鈍く輝いた。
……何をするの……。
騎士は長剣を片手で軽く降ると、身動きの取れないカレンさんの首もとへと切っ先を近づけた。カレンさんは、その切っ先から決して逃れようとしない。
後ろには、幼いステラとシエルがいるからだ。
長剣の切っ先が、カレンさんの柔らかな首筋に触れてしまったのだろう。美しい肌につうっと、紅い液体が一線を描いて滴り落ちていくのが見えた。
その光景を見た瞬間、僕の中の魔力が一気に全身を駆け巡った。身体が熱い。それ以上に、僕から怒りの感情が噴出した。
やめて。
これ以上、僕の大切な人を傷つけないで!
叫ばずにはいられなかった。それほどまでに、心が衝動的に揺さぶられて思いが爆発する。
「やめて___!!!」
怒りの感情が、僕の心からの叫びが周囲に響いた。歌が綯交ぜになって独特の波長で周囲に伝わる。大気が揺れて、精霊たちが僕の歌に過敏に反応してざわめいた。
キンッ、キンッ、キンッ!!!
「っ?!!」
「ぐっ?!」
白銀色の粒子が、一斉に空気に霧散する。
何百人という騎士たちの足元からは、シュルっと銀色のツタが生えて全身を拘束した。そこかしこで、騎士たちの混乱した声が聞こえる。
何とかツタから逃れようと身を捩った騎士には、さらに食い込んで縛り上げられている。苦し気な呻き声も聞こえてきた。
「……くそっ、なんて強固な結界だ。」
正面から、隊長の苦々しげな声が聞こえる。
隊長は、より強固な聖魔術の結界で覆った。白銀色のツタが幾重にも絡まって籠目のようになった結界は、決して逃げることのできない檻だ。
そして、隊長の身体にも白銀色のツタが絡まっている。隊長は何か魔法を出して結界を壊そうとしたが、結界の外に漏れ出ることはなかった。
カレンさん、シエル、ステラの3人には、防御結界を施した。白銀色の蝶が宙をふよりと舞い、カレンさんを拘束していた手錠へと降り立つ。
カシャンっ!という鎖が地面に落ちる音とともに、手錠が外れた。銀色の薄い膜で覆われた3人に向かって、僕は叫んだ。
「シエル、ステラ、カレンさん!こっちに!!」
「「サエ!!」」
「サエちゃん!」
シエルとステラが泣きながら、こっちに走ってくるのが見えた。僕は両手を広げて2人を受け止め、力一杯両手でぎゅっと抱きしめた。
「怖い思いをさせてごめんね。もう大丈夫だよ。……僕が守る。」
「サエ。」
「……サエ。」
不安げに見上げてくる二人を安心させようと、僕は微笑んだ。
近くに来たカレンさんの身体に瞬時に触り、治癒の聖魔術を施す。
カレンさんの身体が白銀色の光に包まれ、しばらくして消えた。良かった、大きな怪我はしていないみたいだ。
カレンさんの治癒を終えたときに、驚愕と感嘆の入り交じった、若い男性の声が突如として騎士団のほうから聞こえた。
「……白銀色の花……。治癒能力。……まさか、聖魔術か?」
隊長とレイルが睨み合いをする最中、コツ、コツ、と足音が近づいてくる。他の騎士よりも立派な騎士服を着た若い男性が、隊長の傍へと歩み出た。
絵画から出てきたのではないかと言うほど、整った容姿の美青年。
「……第一王子殿下」
レイルに第一王子殿下と言われた、金髪、深緑色の美青年は暗殺者の前に出て僕たちと向き合った。この場でまだ動ける人間がいることに、僕の身体に緊張が走る。
どうして、この人は拘束されていないの?
聖魔術が通じなかった?
よく見ると、第一王子殿下の周りには、白銀色の精霊たちがぽわりと姿を現していた。
第一王子殿下は、そのエメラルドの瞳でレイルをひたりと見据えたあとに、僕に視線を移した。僕の姿を上から下までじっくりと見ると、またレイルに視線を戻す。
形の良い唇が、威厳のある声で言葉を紡いだ。
「……レイル。お前が強硬手段に出たのは、これが理由か。……そして、我が国の穢れを払おうとしていた聖魔術は、彼が施してくれていたのだな……。」
あなたにおすすめの小説
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
引きこもり魔法使いが魔法に失敗したら、ヤンデレ補佐官が釣れた。
零壱
BL
──魔法に失敗したら、脳内お花畑になりました。
問題や事件は何も起こらない。
だが、それがいい。
可愛いは正義、可愛いは癒し。
幼児化する主人公、振り回されるヤンデレ。
お師匠やお師匠の補佐官も巻き込み、時には罪のない?第三者も巻き込み、主人公の世界だけ薔薇色・平和が保たれる。
ラブコメです。
なんも考えず勢いで読んでください。
表題作、2話、3話、5話、6話再掲です。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。