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本編

09.その淫靡な香りは人狼を誘う

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 今日は朝から空き家の裏手の捜査に向かうことになっていた。
 エミリアが自分の机について、資料や筆記用具など現場に持って行くものの準備をしていると、パーシヴァルの声がした。

「フレッド……君、熱があるんじゃないのか?」
「いえ……熱は……ないと思いますが……」
「しかし、なんだか苦しそうだぞ。医務室へ行ったほうがいいのではないか?」

 エミリアは顔をあげ、パーシヴァルとフレッドを見る。
 フレッドの肌は浅黒いので顔色がわかり難いが、それでも普段よりちょっと赤い。彼は呼吸も苦しそうだ。たしかに熱があるように見えるのだが……だが、なんだか前屈みになっている。そして制服の上着の裾を引っ張っていた。張り詰めている部分が目立たないように。
 そこでエミリアは察した。彼は欲情しているのだ。いま、彼とエミリアは同じ空間にいて、今日は満月のはずである。エミリア含む普通の人間にはわからないが、人狼にだけ作用するフェロモンが周囲に充満しているに違いない。

 フレッドはハアハアと荒い息をしながらパーシヴァルに告げる。

「ちょっと……部屋で休んできていいですか?」
「ああ。私は医務室へ行ったほうがいいと思うが……」
「少し休んで、治らなかったらそうします」
「わかった。無理はしないでくれよ」
「はい……」

 そう言ってフレッドは扉に向かい、部屋を出る際にちらりとエミリアを見た。彼と視線が絡む。エミリアは小さく頷き、頃合いを見てフレッドのいる宿舎のほうへ向かった。

 フレッドの居室をノックすると「どうぞ」と弱々しい返事があった。だが扉を開けた途端、力強く抱きしめられる。
 かなり切羽詰まっていたらしい。彼は急いで鍵を閉め、エミリアの首筋に顔を埋めて大きく息を吸い込み、夢中で上着を脱がせはじめた。
 シャツのボタンが半分ほど開いたところで肌着をたくし上げられ、胸に吸い付かれる。

「あ、あっ」

 どこかで、この瞬間を待っていたような気がした。必死に、がむしゃらに求められる瞬間を。エミリアはフレッドの肩をぎゅっと掴む。彼はエミリアを抱え上げると足早にベッドに向かった。

「エミリアさん、ごめんなさい。我慢できない……」
「ん、うん……」

 フレッドはエミリアをベッドに押し付け、音を立てて肌に吸い付き、ズボンや下穿きを脱がせていく。
 彼は片手で自分のベルトを外しながら、もう片方の手でエミリアの秘裂に指を差し込み、そこが潤っていることを確かめると許可も得ずに昂ったものを挿入した。

「あっ……」
「すみません、あなたが欲しくて、気が狂いそうなんです」
「あ、ん、うんっ……」
「俺、あなたが欲しくて欲しくて……」

 彼は苦しそうにそう言いながら、エミリアの中を激しく往復する。今夜は満月になるせいだろうか? フレッドはこれまでで一番ゆとりがなくて、荒っぽい。
 彼にしがみ付いて揺さぶられるままにしていると、

「……あ、あ、エミリアさん……っ」

 彼はすぐに果てたようだった。だが、エミリアの中にあるものはまだ勢いを失ってはいない。

「乱暴にして、すみません……」

 一度果てたら少しだけ落ち着いたらしい。フレッドはエミリアの中に身を埋めたまま、今度はエミリアの胸を攻めはじめる。

「ひゃ、あっ……」
「次は、もうちょっと頑張りますから……そうだ。後ろから入れてみていいですか?」
「え? 後ろって……おっ、お尻に入れるってこと!?」

 驚いて顔をあげると、やっぱり驚いた顔をしたフレッドと目が合った。彼は肩を揺らして笑いだす。

「そうじゃなくて……体位のことですよ。ほら、」
「あっ」

 繋がったまま身体をひっくり返される。すると、四つん這いで彼を受け入れる形になった。ああ、そういうことね、と思ったがこの格好ではフレッドの顔が見えない。彼の手が伸びてきて、エミリアの乳首を弄ぶ。

「あ、あんっ……」

 一方的に蹂躙されているようで、不安であるような、でも、興奮するような。
 腰を前後させながらフレッドが言った。

「うわ、この格好……やらしいな……俺があなたに出たり入ったりしてるとこ……よく見えます」
「え? え? やだ、そんなこと……言わないでよ……」

 ぐちゅぐちゅと大きく音を立てるように、フレッドが腰を動かした。

「さっき俺が出したのと、あなたのが混じりあって……ほら、聞こえますか」
「あ、やっ、も、もう、ばかぁ……」

 恥ずかしさのあまりシーツに突っ伏すと、さらにお尻を突き出すかたちになる。彼は繋がった場所からあふれた液体を、エミリアの突起に塗りたくった。

「ひゃ、あっ、ああー……」
「感じてくれてますか? エミリアさんの中……ぐにゃぐにゃ動いてますけど」
「んっ、うんっ……感じる……っ」

 彼の熱いものがエミリアの好いところを擦っていくので、下腹部がぎゅっと締まる。

「ひっ……」

 シーツを握りしめると、フレッドはエミリアの腰をつかんで大きく自分を打ち付けだす。

「あっ、あっ……イ、イく……ああ、あっ……ああー……!!」

 快感が頂点に達し、エミリアはぶるぶると震えながら叫んだ。
 自分は涙まで流して喘いでいたらしい。フレッドの指で拭われたとき、ようやくそのことに気づく。

「よかった……あなたが俺ので気持ち良くなってくれて」
「ん……えっ、ちょ、ちょっと……?」

 彼がまだ硬さを保ったままなのでエミリアは驚いた。そういえば、いま達したのは自分だけだ。

「いろいろ、試してみていいですか?」
「え、え……? 試すって……ええっ?」

 フレッドはエミリアを押し潰すようにぴったりと覆い被さると、その状態で動き出す。

「どうやったらあなたが気に入るのか、覚えたいんです」
「あ、あ、待って……ああっ……ふっ……」

 朝っぱらからこんな風に快楽を貪るなんて……これじゃ、午前中は仕事にならないだろう。エミリアはシーツを握り直した。



 フレッドが無茶をするので、結局エミリアは昼になっても動けなかった。
 女子宿舎まで戻って浴場で身体を洗ったら、もう三時を過ぎている。
「これじゃ今日は何もできないじゃない」とフレッドに恨み言をこぼすと、彼は「じゃあ、日が沈んでから動きましょうか」と言った。

「日が沈んでからって……あたりが暗いんじゃ、ろくな捜査できないわよ」

 するとフレッドが意味ありげに微笑む。

「なによ」
「俺は獣の姿をとります」
「えっ」
「それなら問題ないでしょう?」

 犬や狼は人間よりも夜目が利くらしいし、たとえ目が見えなくたってイヌ科の嗅覚があれば、捜査はじゅうぶんにできると思った。
 なにより、あの黒くて大きな獣を従えて歩けるのが楽しみだ。

「いえ。さすがに俺を従えて歩くのは無理でしょう。夜とはいえ目立ちすぎます。俺は、ほら、地図のここらへん……ちょっとした茂みになってるみたいなんで、ここで姿を変えようと思ってます」

 フレッドは地図を広げ、現場近くを指さした。
 そうだった。誰かに見られたらフレッドを「件の獣」だと思う人がほとんどだろう。エミリアがそうだったように。

「じゃあ、早めに晩ごはん食べてそれから現場へ出発ね?」
「そうですね。あと、俺は獣の姿になっても、あなたの言葉は理解できます。でも、逆は無理ですよね? 簡単なサインなんかも、決めておいたほうがいいです」
「わかった。じゃあ、食堂で落ち合いましょう」



 日が沈んでからの行動になったので、ランプなどの道具も持って行ったほうがいいだろう。フレッドは暗くても平気かもしれないが、エミリアには必要なものだ。
 そう考えて詰所の地下にある備品置き場へ向かう。
 棚には団員たちが持ち出して使ってもいいように、様々な大きさのランプが並べられており、エミリアはそこから軽くて丈夫そうなものを選んで手に取った。
 そのとき、扉が開いてマーカムが入ってくる。

「あ、お疲れ様です……」

 会釈して備品置き場から出ようとしたが、マーカムはエミリアの進路を邪魔するように立ちふさがっていた。左手には包帯が巻かれたままだったが、治ってきているのだろう。もう血が滲んでいるということはない。
 彼は呼吸が荒くて、まるで、欲情しているときのフレッドみたいだった。ぎくりとしてエミリアは一歩下がる。

「すごい……すごいですよ、エミリアさん!」
「え、あ、あの……」
「こんな風に香るんだ……」

 マーカムはそう言いながらエミリアのほうへ歩いてくる。彼の尋常ではない様子にエミリアはさらに後退したが、壁にぶつかってしまった。おまけにどんどん出口が遠のいている。
 突進して肩からぶつかっていき、その隙に逃げようとしたが、マーカムは見かけによらず運動神経がよかった。エミリアは後ろから抱きすくめられてしまう。

「マーカム博士! 放してください!」
「すごい……なるほど、すごい……」

 首筋に鼻を埋められ、エミリアはぞっとした。
 それに、こんな風にエミリアの香りに反応するということは、彼は……?

「ねえ、エミリアさん……? 君、恋人はいないそうですけど、身体の関係がある男性……セックスフレンドはいるんじゃないですか? いったい、誰と寝てるんですか?」
「……!!」

 人狼だ。タイラー・マーカムは人狼だ。
 彼は以前、執拗にエミリアに相手がいるかを確かめようとしていたが、あれはフェロモンを察知していたからなのだろう。そしてエミリアの相手を知りたがっている──つまり、人狼が誰なのかを知りたがっている。
 彼の身体能力がフレッド並みだとしたら、ここから逃げるのは無理かもしれない。
 一瞬、フレッドが助けに来てくれること期待した。ちょっとでもエミリアが声をあげたりすれば……いや、あるいは第六感のようなものでフレッドは駆け付けてくれるはずだ。
 しかし、エミリアの相手がフレッドだと知ったら、マーカムはどうするのだろう。
 フレッドの正体をみんなにばらす……? いや、それでは自分の身も危険にさらすことになる……ならば、殺そうとする? 人狼同士が対峙したら、何が起こるの……?
 とにかく、フレッドが来るのは良くないと思ったので、エミリアは手にしていたランプを思い切り床に叩きつけた。

「おい? どうした? 大丈夫か?」

 ものすごい音がしたせいで近くにいた騎士たちが反応し、彼らの足音が聞こえてくる。マーカムは小さく舌打ちしてエミリアから離れた。その後すぐに扉が開いて騎士が三人ほど入ってくる。

「何かあったのか?」
「あ、ごめんなさい。ランプを落として割っちゃったの」
「え? しかし……」

 騎士は派手に壊れたランプと、周辺に飛び散りまくったガラスの破片を見て怪訝そうな顔をした。たしかに「落として割っちゃった」どころの壊れ方ではない。エミリアは言い添える。

「滑って転んじゃって。それで派手に落としちゃったの。マーカム博士、びっくりさせちゃってごめんなさい。ガラスで怪我してませんか?」

 エミリアは白々しくマーカムに訊ねた。

「ええ、平気です。エミリアさんも、怪我が無さそうで安心しましたよ。では……」

 マーカムもまた白々しく答え、そして出て行こうとする。そのとき戸口にフレッドが現れた。彼は急いで来たようだ。エミリアの身に何か起こったことに気づいたのだろうか?
 フレッドとマーカムはほんの一呼吸ほど見つめあったが、互いに口を聞くことはなかった。


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