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「君、昨日公爵家には興味ないって言ったよね?!!」

教室に入ると同時にまだ関わりたくない人物リストに名前を刻めていない、名も知らない同級生が僕に詰め寄る。

「昨日言った言葉に嘘はないよ」

「嘘を吐くな!君は伯爵令息として恥ずかしくないのか?何とか言え!」

勘弁してくれ…僕は昨日から混乱したままなんだよ…モブの僕には展開が早すぎて処理が追いついてない。
嘘つきと言われても、興味がなかったのは事実だし、婚約が成立してたなんて、事後報告みたいなものだった…僕、何か悪いことした?
まだ婚約については周知されてないだろうけど…さっきの何?何が起こった?
公衆の面前で思い切りキスされたんですけど!
僕が知ってるあいさつのキスとは違いましたけど?
僕が常識を知らないだけで、一般的なあいさつのキスはあんなに濃厚なの?
あ、家族以外と初めてのキスだ…僕は急に恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。
何て破廉恥なことをしてしまったんだ…いや、されたのか。
もしかしてこれから毎朝あんなキスされるの?嘘でしょ?
はっ!契約書!…は内容がわからない…家に帰ったらこっそり燃やそうかな?クーリングオフみたいな制度ってあるかな?
未成年だし、親の許しがないと許可がおりないとかさ。
僕は頭を抱えてうんうんと唸り、名無し君からお叱りを受けていると、始まりの鐘がなった。

「君、あとで顔かして。絶対逃げるなよ」

名無し君は脅すように僕に言うと、自分の席へ戻っていった。
僕が教室へ入ると同時に名無し君が僕に対して怒り狂って詰めてきてたから、やっと静かになった。
だけど周囲の令嬢から刺すような視線と汚物でも見るような嫌悪した表情を向けられている。
みんな見ていたよね?僕からしてないよね?
僕は被害者だよ?よく考えてくれよ、公爵令息に逆らえると思っているの?
逆らう以前に体が動かなかったけどさ…
教師が教室へ入ってきて、色々説明などしていたけど、僕の耳にはまったく言葉が届かなかった。
誰か…助けてくれ…


同じクラスの人間に遠巻きにされたまま、やっと午前の講義が終った。
やばい。お昼に迎えに来るとか言ってたな。逃げなきゃ!
僕は名無し君が近づいてくるのを横目で見ながら、立ち上がると同時にダッシュでドアに向かった。

「サラセニア・オブシディアン!何処へ行く!待ちたまえ!逃げるつもりか!」

名無し君が大声で僕を呼ぶ。
僕は君から逃げるのではなく、レシュノルティアから逃げるんだ!
グズグズしてたら見つかってしまう!!
僕は教室のドアに手をかけ力任せに開けると、教室を飛び出そうとした。

「ぶへっ!!」

そう、飛び出そうとしたのに、飛び出せなかった。硬くない壁のようなものに顔面から突っ込んでしまい、変な声が出た。
衝撃でつぶった目をそっと開くと、制服が目の前にあった。

「サラ、丁度良かった。迎えに来たよ?」

頭の上から声がして見上げると、やっぱりというか、なんというか、笑顔のレシュノルティアと目があった。
すると背後から令嬢たちの黄色い声が浴びせられた。
僕、ちょっと不思議に思ってたんだけど、この国って同性愛についてどう思ってるんだろうか。
婚約が出来るということは、許されているってこと?
それとも公爵家の権力でどうにか出来るってこと?
名無し君は仲良くすることについては怒ってたけど、キスについては触れてこないよねぇ。わからん。
僕はレシュノルティアをジッと見つめて考える。

「サラ?」

「いえ、何でもありません。申し訳ございませんが、お昼は彼に呼び出されておりますのでご一緒できません」

僕は振り返って名無し君を見る。
だけど名無し君は青い顔をして必死に首を横に振る。なんで?

「彼と約束?サラとお昼御飯食べるの楽しみにしてたのにな…」

低い声が更に低くなった気がした。

「大丈夫です!オブシディアン君とは同じクラスですので、またの機会にします!」

名無し君が焦って言う。おいおい、僕としては目立つレシュノルティアとご飯するより、君の小言聞いてる方が良いんだよ。頑張ってくれよ!

「僕は彼とご飯に行きます。せっかく迎えにきていただきましたが、初日ですのでクラスメイトとの時間を大切にしたいのです」

このままでは僕、友達出来ないよ。
友達が出来ないということは、跡取りを探しているご令嬢とも知り合いになるチャンスがないってことだ。
レシュノルティアと関係があるという誤解ではない誤解を何とかしておかないと印象が悪い。
どうか諦めてくれ。

「じゃあ彼も一緒に来てもらえばいいのでは?」

レシュノルティアから発せられた言葉ではない。この声はラフィオレピスだ…
名無し君はまた必死で首を横に振る。仲良くなりたいんじゃないの?

「彼とは内密の話がありますので…」

「内密…?」

レシュノルティアが明らかに不機嫌な声で訊く。
いや、アンタのことで小言言われるんだよ。怒るなよ!

「言葉を間違えました。午前の講義でわからないことがあるので、彼に教えてもらおうかと」

とりあえず名無し君の名前を教えてもらわないことには、リストに名を刻めない。

「講義のことなら、レシュノルティアか私にきけばいいですよ。もう学園の講義は全て修得してますので」

ラフィオレピスが何言ってんのお前?みたいな顔で言う。余計なこと言うなよ!
終わってるなら学園に来なくて良いのでは?何しにきてんの?帰れば?

「お二人の貴重なお時間を僕が無駄にしてはいけませんので、ご遠慮します」

教室中からそうだそうだと同意の空気を感じる。

「サラ、俺はお前に会う為だけに学園にきているんだから、サラと過ごせないと意味がないだろ?そこの彼はまたの機会にと言っているのだから、サラは俺とランチに行くんだ。いいね?」

語気強めに言われ、肩を掴まれた。
しまった!距離を取るのを忘れてて逃げ遅れた!
というか僕に会う為だけに来てるとか、どうかと思いますね。
モブで平凡な僕とは価値観が合わない。
学ぶ気がないなら学園に来ないで欲しい。何かイライラしてきた。
僕はレシュノルティアの手をペシッと叩いて睨んだ。

「僕、貴方とはお昼をご一緒したくないです。帰ってください。二度と教室に来ないでください。迷惑です」

早口で拒絶の言葉を並べる。 

「サラ、どうした?何か気に障ったのか?」

レシュノルティアがオロオロしだす。教室内の人間も状況が掴めずに静かになった。

「僕のこと、愛称で呼ばないでください。貴方とはそんなに親しくないですよね」

「そ、そんな……嫌だ…サラ、こっち向いて?嫌わないで?」

僕はそっぽを向いて無視する。
早く帰ってくれ。食堂に行く時間がなくなるじゃないか。

「サラセニア君、どうかここはレシュノルティアの願いを叶えてやってくれないか?君とランチするのを楽しみにしてたんだよ?」

「嫌です。この人とは合わないです。無理です」

永遠に願いをぶっ潰してやりたい衝動に駆られる。イライラ。

「仕方がないですね……」

ラフィオレピスがやれやれと言いながら僕に耳打ちした。
な、なんだと!?
耳打ちされた言葉に、僕のイライラは一気に吹き飛んだ。

「仕方ないので今日だけは付き合います。時間もないので早く行きますよ」

機嫌が良くなった僕は、絶望中のレシュノルティアの手を振り払って胸を押すと、すんなりと廊下まで下がってくれた。
陰キャな僕よりジメジメしてるんですけど。面倒臭い。

「サラセニア君、一つ忠告しておくが、あまりにレシュノルティアを追い詰めると、大変なことになるからね」

ラフィオレピスがマジトーンで僕に言う。
追い詰めてるつもりないんですが…チラッとレシュノルティアを見ると、僕の機嫌を覗うように見つめてくる。

「はぁ…行かないんですか?」

僕がため息をついて手を差し出すと、パァと笑顔になったレシュノルティアが手を取った。
ワンコか?ワンコなのか?
ペットとか飼ったことないけど、僕はレシュノルティアをワンコだと思うことにした。
そうすれば昨日からのこと全てが許せる気がする。気がするだけだが。
婚約解消の条件を知るためにも関わらないという選択肢がないのだし、しばらく様子を見るしかない。
とりあえず昼食イベントをさっさと終わらせようと、名無し君にはゴメンねと呟いて背後から注目を集めたまま眩しい二人と教室をあとにした。

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