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1、『ブックカフェ ラーシャ』
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しおりを挟む部屋をでてお店の出口まで先生を見送ると、カイルさんがやってきた。
「店長とテナードさんは昔からの知り合いか?」
「そうですね。とてもお世話になりました。このお店の人気メニューのアイスも、元はと言えば先生から魔法を教えてもらって使えるようになったんです」
「ずっと思っていたが、店長は魔法が使えるんだな」
「はい。アイスを冷やしたりするくらいしかできないですが。お父さんが魔法を使えたので、私も受け継いだみたいです」
「そうだったのか……。もしかしたら貴族かと思っていたが違うのだな」
「まさか。貴族の方はもっと凄い魔法を使えますよ」
カイルさんに貴族かと思われていたなんて。危なかった……。いい感じに誤解してくれた様なので、そのまま話を進める。
「ところで、カイルさんは何をしていたんですか? 飲み物を飲みに?」
「いや……、いつまで部屋に一緒にいるのかと思って」
「先生が? 生徒だったころはいつも私の部屋でしたよ?」
「でも年齢が違うじゃないか! 子供の時とは違うのだから、気安く男を部屋に入れるな」
大きな声に驚いてしまう。カイルさんがこんなに大きな声を出したのは初めて聞いた。びっくりして見ていると、ちょっと躊躇いながらも話し始めた。
「……だから、もう店長も大人だ。いくら家庭教師とはいえあの人も若い。もう夜だし、心配くらいはするだろう」
照れたように顔を赤くしているカイルさんをみて一瞬でも胸がドキッとした。私のことを心配してくれていたんだ。じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
「大丈夫ですよ。昔のことを話しただけですから。あと、今日のことを少し」
あの本はお城から持ってきたから貴重なのだ、とは言えないから曖昧に話す。でもまたガラの悪い人が入ってきたら本を守れるかな?
「また来たらどうしよう……」
不安に思っていると、カイルさんが安心させるように頷いた。
「もしまた来たとしても、オレが追い払うから気にせず接客してろ」
ぶっきらぼうにいうけど、私への優しさで溢れた言葉だ。ちょっと先生と似てるね。
そのことに気づきクスッと笑うと、怪訝な顔をして見てくる。顔を見ながら、このお店に来てくれてよかったと心から思った。
そして、本格的に気温が暑くなってきた日の定休日。
アイスクリームもいいけれど、かき氷が食べたくなってきた。さっぱりした味付けに、少し豪華に果物とか乗っけるともう最高なんだよね。新しいメニューにかき氷を加えようと思っててるに相談を持ちかけた。
「ねえテル、最近さらに暑くなってきたでしょ?アイスクリームとはまたちょっと違ったメニューを出そうと思うんだけど、どうかな?」
「いいと思うよ。それって今作れるの?」
「それがね、まず氷を作ってそれを細かく砕く道具が必要なのよ。どこかにそういうものを売ってたり作ってくれる場所があるといいんだけど」
「それなら、ニックさんの工房がオススメだよ。仕事が丁寧だし、出来るのも早いって評判の工房なんだ」
「そうなの? それなら今から行ってみるね」
「外に出るのか。なら俺がついていく」
工房に行こうとすると、カイルさんが一緒に来てくれると言う。確かに、場所もよくわからないまま行って迷子になっても嫌だ。工房までの道も知っているみたいだから連れて行ってもらおう。
「それじゃあテル、冷蔵庫にジュースとお菓子が入っているから、後でヒナと一緒におやつの時間になったらそれ食べて」
「わかった。いってらっしゃい」
「行ってきます!」
カイルさんと一緒に工房まで連れ添って歩く。今は一緒に住んでいるからよく2人きりの状態になることが多いけれど、外で一緒に歩くのは初めてだ。食材を仕入れる時も私1人で済ませてしまうことが多いし、なんだか楽しい。
「初めてですね、外を2人で歩くのって」
「そうだな。本当は店長が1人で出かける時は危ないから一緒に行けたらいいんだが、ときどき仕事場の様子を見て来ないと不安だからな」
カイルさんはよく、カフェの営業時間が終わったあとや定休日にどこかに行っている。でも、仕事を休んでこっちに来てくれているんだから様子を見ないと心配だよね。前に兵士みたいな職業って言っていたけど、何をしているんだろう。
私も周りに言えない秘密が多いが、一緒に住んでいる人たちのことも、詳しくはわかっていない。
テルやヒナもお母さんやお父さん達と一緒にいたときの事や、少年たちのグループに入っていたとき何をしていたのか聞いていない。
話したくないこともあるだろうと思って、詳しくは聞いてこなかった。
それにカイルさんなんて、改めて考えるとはっきりわかっているのは名前だけだ。そして、たまに来るエリオールさんと仲がいいこと。
いつか、みんなのことをちゃんと知れる日が来るといいな。
一緒に住んでいる人たちのことを考えていると、いつの間にか目的地に着いたらしい。看板にニック工房と書いてある。
「あのー、すみません」
中に入ると、所狭しと作ったものであろう製品が並んでいた。声をかけると奥から腕の筋肉がすごいおじさんがやってきた。
「何の用だ?」
「こんにちは。あの、氷を削る機械を探していまして。こちらで売っているか、作っていただくことはできますか?」
「氷を削る機械? 野菜とかを削ったり潰す料理器具みたいなのはあるが、氷なんて硬いものを削るやつはなかったはずだ。ちょっと待ってろ」
奥に戻ると、ガサゴソと何かを探してからまた戻ってきた。手に機械を持っている。
「とりあえず、今あるやつはこれだな。氷を削ってどうするんだ? 使い道を聞いて作れそうだったら、それに合わせたものを作ってやる」
「本当ですか? 実はカフェを経営していて、最近暑くなってきたから新しいメニューを作ろうと思ったんです。氷を削って、その削ったものにシロップや果物を乗っけて食べるんです! この時期は絶対に美味しく感じると思います!」
ついかき氷のことを聞かれて、食べたさに熱弁してしまった。ニックさんはそれを聞いて考え込んでいる。
「それなら多分作れる。2日あれば作れるから、3日後にまたここに来い」
「ありがとうございます!」
3日後にまた来る約束をして、私たちは工房から出てきた。よかった、またかき氷が食べられる。夏にかき氷を食べないと、夏って言う感じがしないよね。
「店長よかったな」
「はい、これで安心です」
カイルさんとおしゃべりをしながらお店へ戻る。ルンルン気分でお店の近くに来たら、お店の前に人だかりができていた。
「カイルさん!」
いったい何があったのかと駆け寄ろうとすると、その前にカイルさんが人だかりの中に走って行った。
私も急いでついていき、人だかりの中をくぐり抜ける。すると、お店の前には馬車が止まっていた。
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