50 / 73
三章 最後の一人 日本からの転移者アキラ
どうしてあなたがここに
しおりを挟む
「海は僕の世界と変わらないね。ここの海もすごく綺麗だ」
ロシュが透き通ったコバルトブルーの海に目をやりながら呟く。
なぜ海なんかに来ているかというと、宿に戻ったものの、『今から掃除するからしばらく外に出ていてくれ、すぐ近くに観光名所になっている海岸があるから』と言われて追い出されてしまったからだ。
まあヒューゴが戻って来て俺達がいなくても『探知』で分かるからいいか、という訳で今ここにいる。
急にこんなのんびりと海なんか眺める時間が出来て、逸る気持ちにブレーキを掛けられたように戸惑ったけど、まあいいかと楽しむ事にした。
そういえばこの街の名前はレグルスというらしい。『無限収納』に入れていた地図で確認したら、ちょうどジルヴィアと真反対の端っこ、王都レオグランスからはかなりな距離があった。
ジルヴィアでさえこの世界の移動方法で半月はかかると言われていたから、これなら1ヶ月はかかるだろう。
これだけ王都から離れていたら、あの王女もそこまで手間をかけてマチルダ達を追って来るとは思えない。一先ず安全だろう。
俺はロシュの隣の砂浜に腰を下ろして、美しく煌めく波面を眺めた。
「……そういえば、トールの奴はあれから何もないか?」
ふと、思い出して聞いてみる。魔王と戦った時も特に何の妨害もなく、黒雷神の剣の力は解放できていた。
「ああ。今の所、念話で話しかけて来る事も、現れる事もないね。まあ、あの契約の抜け道をまだ見つけられていないだけで、また現れる気はするけど……しばらくは大丈夫だろう」
「俺もそんな気はする」
そう言うとロシュは微笑んだ。
「何だか不思議な気がするよ。3ヶ月前まで、僕の心は誰にも開かれることなく、閉じたままだったのに。訳の分からない神々の遊戯とやらに巻き込まれたと思ったら、送り込まれた異世界で君という唯一無二の存在と出会えたなんて。あんな自称神なんて奴らじゃなく、本当にもっと大きくて崇高な存在の優しい愛を感じるよ……」
ロシュは俺の肩を優しく抱くと、そっと唇に口付けを落とした。俺も目を閉じてそれを受け入れる。
「俺も不思議な気がする。俺も、ついこの前日本にいた時には、早く死にたいってばかり考えてて、誰かを好きになるとか愛するなんてあり得なかった。なのに死んだと思ったら生きてて、この世界でヒューゴやロシュに会えて……お前の事も最初は好きになんてならない、なんて言ったのにな」
ふっと、笑う。
「時々、思うんだ。俺、こんなでいいのかな、って。お前やヒューゴは俺の事、真っ直ぐに好きって思ってくれてるし、俺も二人の事、好きだ。でも同じ気持ちを同じ量だけ返したいのに、そう出来てるのかなって思うんだ。足りないんじゃないか、不安になってるんじゃないかって、心配になるんだ」
開放的な場所に二人きりだからだろうか、普段心の奥で思っている事が、ついぽろぽろ零れてしまう。
ロシュは黙って聞いていたけど、俺の頭を自分に引き寄せて、宥めるように髪にキスした。
「そんなに重く考えなくていいんだよ。最初に言った通りだよ、僕はユキトに受け入れて貰って、一緒にいられるだけで本当に幸せなんだから。ユキトは生真面目に考えすぎだよ」
「そうか、な……」
呟くと、ロシュは髪を撫でながら言葉を続ける。
「もっと簡単に考えてみてごらん。ただ、自分の心が動いた相手と一緒にいられて、相手の心も自分に向いてる。それだけで物凄く幸せな事なんだよ。これだけ愛して貰ったからこれくらいの量を返さなきゃ、とか、誰もが満足するような形を造ろうなんて余計な事を考え始めたら、愛は愛じゃなくなる」
何を考えているのか、ロシュは一瞬遠くを見る目をしたけど、すぐにまた俺に視線を戻す。
「形なんてどうでもいいよ。ただ、今この時の幸せを感じて味わっているだけでいい。ユキトが幸せなら僕もヒューゴも幸せだよ」
「……ありがとう」
そんな風に言ってくれて。俺のことを愛してくれて。
俺はきっとまだ、誰かを愛するとか愛される、って事に関しては、よちよち歩きの赤ん坊だ。なのに、余計な固定観念だけはしっかり背負っていて、これまで自分で自分を縛り付けていたような気がする。
愛の形はこうで、こうしなきゃいけない、そうじゃなきゃ愛する資格も愛される資格もない、なんて。
でももう、俺は日本で生きてた頃の自分じゃない。
それなら誰かに押し付けられた価値観なんか全部捨てちまって、すべてを自分で決めてしまえばいい。
自分がしたい事をすればいい。
俺は、自分の心が動いた相手を、それが誰でも、男とか女とかもうそんな事も関係なく、大事にしたい。好きになったなら一緒にいたいし、愛し合いたい。
もう、たった一人だけを愛するのが正しい愛の有り様で、そうじゃないのは愛とは言わない、なんて凝り固まった観念は捨てる。
俺はロシュに向き直ると、しっかりとロシュの琥珀色の瞳を見つめた。
「俺、これまで誰かと深く愛し合ったことないから、色々悩んだり、表現も下手だと思う。けど、下手でもいつでもちゃんと気持ちは伝えるようにする。だから、これからも一緒に居て欲しい……ロシュ、お前の事が好きだ」
「ユキト!僕も好きだ……愛してるよ、本当に心の底から」
ロシュはその綺麗な顔に本当に嬉しそうな笑みを浮かべると、俺の顔を両手でそっと挟んで、唇にキスした。
俺も、ロシュの首に腕を回して応えた。
愛してると思える存在と抱き締めあって、合わせた唇から、心から、溢れ出す心地良さに、うっとりと酔いしれた。
そうして、唇が離れても俺はロシュとしばらく抱き締めあったままでいた。
――――その時。
「そ、そんな……まさか、ほんとにKEYなのか……!?」
俺の、良く知る声が、あの頃の名前で俺を呼んだ。
俺は弾かれたように後ろを振り向いて、その人物を視界に入れた。
―――そんな、馬鹿な。なんで、こんな異世界にこの人がいるんだ。
あまりの驚きで声が出ない。
この辺りでもよく見掛ける、麻色のチュニックにズボン、腰の辺りを紐で結んだ簡素な服を身につけたその人は、あの頃より髪が伸びて、シルバーアッシュの髪色は殆ど消えて黒髪になっていた。
「れ、麗央さ……ん……!?」
「本当に、本物のKEYかよ……」
俺が呟くのと、驚愕に目を見開く麗央さんが声を発したのは同時だった。
「―――な、なんで、麗央さんがこんな所にいるんですか!?」
衝撃から我に返り、叫ぶように問う。
麗央さんは信じられないものを見る目で俺を見つめていたが、俺だって全く同じ目で麗央さんを見ている。
――――なんで、失踪した麗央さんがこんな所に。どうして?なぜ?
俺は混乱して頭の中がグルグルしていた。
麗央さんもかなり混乱しているらしい。急に真剣な顔で走り寄って来ると、俺の肩を掴んで激しく揺さぶって来た。
「お前の方こそ―――なんで、お前がこの世界に連れて来られたんだ。いつ、日本で死ぬような事になったんだ。―――俺が居なくなってからか!?なんでお前、そんな事になった!」
「れ、麗央さん――――!?ちょっと、待って下さい!俺は、俺がここに来たのは最近です。――――っていうか、今、麗央さん―――」
俺がこの世界に連れて来られた、いつ日本で死ぬような事になった、って言ったよな。
って事は、俺達転移者がこの世界に来る事になった経緯を知ってるって事だよな?
「俺は、アキラだよ!真野秋良!それが本名だ!」
「え、ええええッ!?」
もう何度驚いたんだろう。さっきから驚きっぱなしの混乱しっぱなしだ。
そういえば、店では本名でなんて呼び合わないし、俺も聞かなかったから、麗央さんの本名なんて今初めて知った。
麗央さんはズボンのポケットから、俺が書いたあのメモを取り出して見せて来た。
「桜庭幸人ってお前の本名だろう?俺はマネージャーの仕事も手伝ってたから、ホスト全員の本名も知ってたんだ。だから驚いた。こんな所でお前と同じ名前を見るなんて、そんな偶然、早々ないだろ?これ見た瞬間、すぐに確かめたくなって、マシューさんと『転移』でお前が泊ってるって言ってた宿に跳んだんだ。でも宿の親父さんが海岸に行ったっていうから、ここに跳んで来て……そしたらお前が」
そこで麗央さんはハッとしたように、俺の後ろで置物みたいにじっと黙っているロシュに目をやった。
「KEY、お前……その男と抱き合ってたよな?そいつ、何なんだ?お前、バイだったっけ?あ、いや、違う、俺はそういうのを咎めたりしてるわけじゃなくって、いや違うな、そんな事が言いたいんじゃないって。ただ驚いただけで……ああ、もう」
そう言って髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す麗央さんはあの頃と同じで、俺は思わず笑っていた。
「……ははっ、変わってないですね、麗央さんは」
「……え、KEY、お前……なんか雰囲気変わったな」
そう言って俺をまじまじ見る麗央さんに、ふいにロシュが声を発した。
「つまり君が僕達が探していた、この世界に最初に来た転移者のアキラって事なんだよね?そして君は元々ユキトの知り合いだった、って理解で合ってるかな?」
「え?あ、ああ。そうだな。そういう事になるよ。っていうか、あなたは誰なんですか?」
戸惑いながらもロシュに問いかける麗央さんに、ロシュは微笑んで言った。
「僕もこの世界に連れて来られた転移者の内の一人だよ。ロシュヴァルド=フォン=アーデルハイドという。そして、ユキトの恋人の一人でもある。よろしく」
「あ、はい、よろしく……って、ええええ!?KEYの恋人ぉ!?って、いや人の性癖はそれぞれだからいいんだけど、っていうか、お兄さん……物凄い美形ですね。ちょっと、地球じゃ見た事ないような髪色だし、それ染めてる、わけじゃないですよね。いやぁ、凄いなあ異世界。なんかもう脳みそが飽和しそう」
麗央さんはいつもの感じで、驚いたり感心したり、リアクションが激しかった。
ものすごく不思議な光景だ。
失踪したと思った麗央さんが、こんな異世界にいて、今、俺とロシュと話しているなんて。
と感慨にふけっていたら、突然傍にヒューゴが転移して来た。
「いやぁ、宿の親父がユキト達は海岸にいるっていうからさ。探知で探したんだ……って、なっ、なんでアキラがここにいるんだ!?」
ヒューゴは驚いて麗央さんと俺達を交互に見て来る。
「それがな……」
俺が簡単に今までの事を説明すると、ヒューゴも驚いていた。
「えー!?まさかニホンでも知り合いだったなんてな!それであのマシューっておっさんにメモ見せられた途端、転移して消えたのか。俺、撒かれたのかと思って一瞬焦ったよ。一旦ユキト達に報告しようと思って戻ったんだけどな、まあ良かったよ、会えて。あ、よろしくな。俺、ヒューゴ=ヴェルスター」
「あ、ああ、よろしく、真野秋良です……って、お兄さんも物凄い美形ですね。どうなってんだ?異世界!?イケメン率、異様に高くないか?」
ヒューゴの差し出した手を麗央さんも握り返しながら、思わず、といった風に言う。
「麗央さん、お兄さんに見えますけどヒューゴは19才ですよ」
俺が一言付け足すと、麗央さんはまた驚いていた。
「これで19ー!?」
「え、なんだアキラも俺より年上なのか?」
「俺、24なんだけど」
「なんだよ、ユキトの世界の奴らってみんな若く見えるんだな」
「ちなみにそっちのお兄さんはいくつなんですか?」
「僕は23才だけど」
ロシュの年を初めて聞いた。そうだったのか、一つ違いか。
「はー。なんか一気に色んな事が起こり過ぎて、眩暈がするよ」
麗央さんが頭に手をやって天を仰ぐ。
「死んだと思ったら変な世界には連れて来られるわ、メンヘラ王女に好かれるわ、逃げた先でまさかのKEYと再会するわ、他の異世界から来た人達と会うわ、しかもそれがKEYの恋人だっていうしさ、さすがに情報量多過ぎ」
「……まだ序の口ですよ」
「ええ!?まだあるの!?」
最初の転移者がまさか麗央さんだったなんて。
驚愕のあまり大事な事を忘れていたけど、という事は……
俺はこれから麗央さんと……
すみません、麗央さん。まだこれから核心部分に触れなきゃいけないんです……俺は心の中で呟く。
「ああ、そっか……って事は、こいつともやらなきゃいけないわけだな……」
「そうだね……」
ヒューゴとロシュに意味ありげに見つめられ、麗央さんは戦々恐々といった様子で言った。
「……え?何?なんか俺、されるの!?」
「されるのは麗央さんじゃなく、俺なんですけどね……」
今から言わなければいけない事が気が重くて、俺はつい、溜息をついた。
*******
3人目は麗央さんと最初から決まってたので、ちょこちょことユキトの独白に出して来た麗央さん=アキラがやっと書けて大分終わりが見えてきました(*´꒳`*)読んで下さってる方々、ありがとうございます(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆ ♡
ロシュが透き通ったコバルトブルーの海に目をやりながら呟く。
なぜ海なんかに来ているかというと、宿に戻ったものの、『今から掃除するからしばらく外に出ていてくれ、すぐ近くに観光名所になっている海岸があるから』と言われて追い出されてしまったからだ。
まあヒューゴが戻って来て俺達がいなくても『探知』で分かるからいいか、という訳で今ここにいる。
急にこんなのんびりと海なんか眺める時間が出来て、逸る気持ちにブレーキを掛けられたように戸惑ったけど、まあいいかと楽しむ事にした。
そういえばこの街の名前はレグルスというらしい。『無限収納』に入れていた地図で確認したら、ちょうどジルヴィアと真反対の端っこ、王都レオグランスからはかなりな距離があった。
ジルヴィアでさえこの世界の移動方法で半月はかかると言われていたから、これなら1ヶ月はかかるだろう。
これだけ王都から離れていたら、あの王女もそこまで手間をかけてマチルダ達を追って来るとは思えない。一先ず安全だろう。
俺はロシュの隣の砂浜に腰を下ろして、美しく煌めく波面を眺めた。
「……そういえば、トールの奴はあれから何もないか?」
ふと、思い出して聞いてみる。魔王と戦った時も特に何の妨害もなく、黒雷神の剣の力は解放できていた。
「ああ。今の所、念話で話しかけて来る事も、現れる事もないね。まあ、あの契約の抜け道をまだ見つけられていないだけで、また現れる気はするけど……しばらくは大丈夫だろう」
「俺もそんな気はする」
そう言うとロシュは微笑んだ。
「何だか不思議な気がするよ。3ヶ月前まで、僕の心は誰にも開かれることなく、閉じたままだったのに。訳の分からない神々の遊戯とやらに巻き込まれたと思ったら、送り込まれた異世界で君という唯一無二の存在と出会えたなんて。あんな自称神なんて奴らじゃなく、本当にもっと大きくて崇高な存在の優しい愛を感じるよ……」
ロシュは俺の肩を優しく抱くと、そっと唇に口付けを落とした。俺も目を閉じてそれを受け入れる。
「俺も不思議な気がする。俺も、ついこの前日本にいた時には、早く死にたいってばかり考えてて、誰かを好きになるとか愛するなんてあり得なかった。なのに死んだと思ったら生きてて、この世界でヒューゴやロシュに会えて……お前の事も最初は好きになんてならない、なんて言ったのにな」
ふっと、笑う。
「時々、思うんだ。俺、こんなでいいのかな、って。お前やヒューゴは俺の事、真っ直ぐに好きって思ってくれてるし、俺も二人の事、好きだ。でも同じ気持ちを同じ量だけ返したいのに、そう出来てるのかなって思うんだ。足りないんじゃないか、不安になってるんじゃないかって、心配になるんだ」
開放的な場所に二人きりだからだろうか、普段心の奥で思っている事が、ついぽろぽろ零れてしまう。
ロシュは黙って聞いていたけど、俺の頭を自分に引き寄せて、宥めるように髪にキスした。
「そんなに重く考えなくていいんだよ。最初に言った通りだよ、僕はユキトに受け入れて貰って、一緒にいられるだけで本当に幸せなんだから。ユキトは生真面目に考えすぎだよ」
「そうか、な……」
呟くと、ロシュは髪を撫でながら言葉を続ける。
「もっと簡単に考えてみてごらん。ただ、自分の心が動いた相手と一緒にいられて、相手の心も自分に向いてる。それだけで物凄く幸せな事なんだよ。これだけ愛して貰ったからこれくらいの量を返さなきゃ、とか、誰もが満足するような形を造ろうなんて余計な事を考え始めたら、愛は愛じゃなくなる」
何を考えているのか、ロシュは一瞬遠くを見る目をしたけど、すぐにまた俺に視線を戻す。
「形なんてどうでもいいよ。ただ、今この時の幸せを感じて味わっているだけでいい。ユキトが幸せなら僕もヒューゴも幸せだよ」
「……ありがとう」
そんな風に言ってくれて。俺のことを愛してくれて。
俺はきっとまだ、誰かを愛するとか愛される、って事に関しては、よちよち歩きの赤ん坊だ。なのに、余計な固定観念だけはしっかり背負っていて、これまで自分で自分を縛り付けていたような気がする。
愛の形はこうで、こうしなきゃいけない、そうじゃなきゃ愛する資格も愛される資格もない、なんて。
でももう、俺は日本で生きてた頃の自分じゃない。
それなら誰かに押し付けられた価値観なんか全部捨てちまって、すべてを自分で決めてしまえばいい。
自分がしたい事をすればいい。
俺は、自分の心が動いた相手を、それが誰でも、男とか女とかもうそんな事も関係なく、大事にしたい。好きになったなら一緒にいたいし、愛し合いたい。
もう、たった一人だけを愛するのが正しい愛の有り様で、そうじゃないのは愛とは言わない、なんて凝り固まった観念は捨てる。
俺はロシュに向き直ると、しっかりとロシュの琥珀色の瞳を見つめた。
「俺、これまで誰かと深く愛し合ったことないから、色々悩んだり、表現も下手だと思う。けど、下手でもいつでもちゃんと気持ちは伝えるようにする。だから、これからも一緒に居て欲しい……ロシュ、お前の事が好きだ」
「ユキト!僕も好きだ……愛してるよ、本当に心の底から」
ロシュはその綺麗な顔に本当に嬉しそうな笑みを浮かべると、俺の顔を両手でそっと挟んで、唇にキスした。
俺も、ロシュの首に腕を回して応えた。
愛してると思える存在と抱き締めあって、合わせた唇から、心から、溢れ出す心地良さに、うっとりと酔いしれた。
そうして、唇が離れても俺はロシュとしばらく抱き締めあったままでいた。
――――その時。
「そ、そんな……まさか、ほんとにKEYなのか……!?」
俺の、良く知る声が、あの頃の名前で俺を呼んだ。
俺は弾かれたように後ろを振り向いて、その人物を視界に入れた。
―――そんな、馬鹿な。なんで、こんな異世界にこの人がいるんだ。
あまりの驚きで声が出ない。
この辺りでもよく見掛ける、麻色のチュニックにズボン、腰の辺りを紐で結んだ簡素な服を身につけたその人は、あの頃より髪が伸びて、シルバーアッシュの髪色は殆ど消えて黒髪になっていた。
「れ、麗央さ……ん……!?」
「本当に、本物のKEYかよ……」
俺が呟くのと、驚愕に目を見開く麗央さんが声を発したのは同時だった。
「―――な、なんで、麗央さんがこんな所にいるんですか!?」
衝撃から我に返り、叫ぶように問う。
麗央さんは信じられないものを見る目で俺を見つめていたが、俺だって全く同じ目で麗央さんを見ている。
――――なんで、失踪した麗央さんがこんな所に。どうして?なぜ?
俺は混乱して頭の中がグルグルしていた。
麗央さんもかなり混乱しているらしい。急に真剣な顔で走り寄って来ると、俺の肩を掴んで激しく揺さぶって来た。
「お前の方こそ―――なんで、お前がこの世界に連れて来られたんだ。いつ、日本で死ぬような事になったんだ。―――俺が居なくなってからか!?なんでお前、そんな事になった!」
「れ、麗央さん――――!?ちょっと、待って下さい!俺は、俺がここに来たのは最近です。――――っていうか、今、麗央さん―――」
俺がこの世界に連れて来られた、いつ日本で死ぬような事になった、って言ったよな。
って事は、俺達転移者がこの世界に来る事になった経緯を知ってるって事だよな?
「俺は、アキラだよ!真野秋良!それが本名だ!」
「え、ええええッ!?」
もう何度驚いたんだろう。さっきから驚きっぱなしの混乱しっぱなしだ。
そういえば、店では本名でなんて呼び合わないし、俺も聞かなかったから、麗央さんの本名なんて今初めて知った。
麗央さんはズボンのポケットから、俺が書いたあのメモを取り出して見せて来た。
「桜庭幸人ってお前の本名だろう?俺はマネージャーの仕事も手伝ってたから、ホスト全員の本名も知ってたんだ。だから驚いた。こんな所でお前と同じ名前を見るなんて、そんな偶然、早々ないだろ?これ見た瞬間、すぐに確かめたくなって、マシューさんと『転移』でお前が泊ってるって言ってた宿に跳んだんだ。でも宿の親父さんが海岸に行ったっていうから、ここに跳んで来て……そしたらお前が」
そこで麗央さんはハッとしたように、俺の後ろで置物みたいにじっと黙っているロシュに目をやった。
「KEY、お前……その男と抱き合ってたよな?そいつ、何なんだ?お前、バイだったっけ?あ、いや、違う、俺はそういうのを咎めたりしてるわけじゃなくって、いや違うな、そんな事が言いたいんじゃないって。ただ驚いただけで……ああ、もう」
そう言って髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す麗央さんはあの頃と同じで、俺は思わず笑っていた。
「……ははっ、変わってないですね、麗央さんは」
「……え、KEY、お前……なんか雰囲気変わったな」
そう言って俺をまじまじ見る麗央さんに、ふいにロシュが声を発した。
「つまり君が僕達が探していた、この世界に最初に来た転移者のアキラって事なんだよね?そして君は元々ユキトの知り合いだった、って理解で合ってるかな?」
「え?あ、ああ。そうだな。そういう事になるよ。っていうか、あなたは誰なんですか?」
戸惑いながらもロシュに問いかける麗央さんに、ロシュは微笑んで言った。
「僕もこの世界に連れて来られた転移者の内の一人だよ。ロシュヴァルド=フォン=アーデルハイドという。そして、ユキトの恋人の一人でもある。よろしく」
「あ、はい、よろしく……って、ええええ!?KEYの恋人ぉ!?って、いや人の性癖はそれぞれだからいいんだけど、っていうか、お兄さん……物凄い美形ですね。ちょっと、地球じゃ見た事ないような髪色だし、それ染めてる、わけじゃないですよね。いやぁ、凄いなあ異世界。なんかもう脳みそが飽和しそう」
麗央さんはいつもの感じで、驚いたり感心したり、リアクションが激しかった。
ものすごく不思議な光景だ。
失踪したと思った麗央さんが、こんな異世界にいて、今、俺とロシュと話しているなんて。
と感慨にふけっていたら、突然傍にヒューゴが転移して来た。
「いやぁ、宿の親父がユキト達は海岸にいるっていうからさ。探知で探したんだ……って、なっ、なんでアキラがここにいるんだ!?」
ヒューゴは驚いて麗央さんと俺達を交互に見て来る。
「それがな……」
俺が簡単に今までの事を説明すると、ヒューゴも驚いていた。
「えー!?まさかニホンでも知り合いだったなんてな!それであのマシューっておっさんにメモ見せられた途端、転移して消えたのか。俺、撒かれたのかと思って一瞬焦ったよ。一旦ユキト達に報告しようと思って戻ったんだけどな、まあ良かったよ、会えて。あ、よろしくな。俺、ヒューゴ=ヴェルスター」
「あ、ああ、よろしく、真野秋良です……って、お兄さんも物凄い美形ですね。どうなってんだ?異世界!?イケメン率、異様に高くないか?」
ヒューゴの差し出した手を麗央さんも握り返しながら、思わず、といった風に言う。
「麗央さん、お兄さんに見えますけどヒューゴは19才ですよ」
俺が一言付け足すと、麗央さんはまた驚いていた。
「これで19ー!?」
「え、なんだアキラも俺より年上なのか?」
「俺、24なんだけど」
「なんだよ、ユキトの世界の奴らってみんな若く見えるんだな」
「ちなみにそっちのお兄さんはいくつなんですか?」
「僕は23才だけど」
ロシュの年を初めて聞いた。そうだったのか、一つ違いか。
「はー。なんか一気に色んな事が起こり過ぎて、眩暈がするよ」
麗央さんが頭に手をやって天を仰ぐ。
「死んだと思ったら変な世界には連れて来られるわ、メンヘラ王女に好かれるわ、逃げた先でまさかのKEYと再会するわ、他の異世界から来た人達と会うわ、しかもそれがKEYの恋人だっていうしさ、さすがに情報量多過ぎ」
「……まだ序の口ですよ」
「ええ!?まだあるの!?」
最初の転移者がまさか麗央さんだったなんて。
驚愕のあまり大事な事を忘れていたけど、という事は……
俺はこれから麗央さんと……
すみません、麗央さん。まだこれから核心部分に触れなきゃいけないんです……俺は心の中で呟く。
「ああ、そっか……って事は、こいつともやらなきゃいけないわけだな……」
「そうだね……」
ヒューゴとロシュに意味ありげに見つめられ、麗央さんは戦々恐々といった様子で言った。
「……え?何?なんか俺、されるの!?」
「されるのは麗央さんじゃなく、俺なんですけどね……」
今から言わなければいけない事が気が重くて、俺はつい、溜息をついた。
*******
3人目は麗央さんと最初から決まってたので、ちょこちょことユキトの独白に出して来た麗央さん=アキラがやっと書けて大分終わりが見えてきました(*´꒳`*)読んで下さってる方々、ありがとうございます(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆ ♡
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
301
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる