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3、総督府

夜の事情と三悪王の悪行

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 普段無口(崩れた言葉遣いを隠すため)なフリをして、実はゾラは遊び人で、娼館通いが大好きだ。いつもつき合わされるトルフィンは、軽そうに見えて実際には堅いタイプで、早速娼館についての情報収集を始めるゾラに眉を顰めている。

「あー、ソリスティアはどちらかというと、妓楼ぎろうが多いのですよ。芸を売るタイプの。寝るだけの女なら、海の向こうでいくらでも買えますからね。妓楼だと、浜通りの〈赤の館〉と〈虹色の庭〉が老舗ですね。あとは、すっごい高いですが、〈薔薇館〉では没落貴族の娘が買えるという噂です」

 聖地に行けば神殿娼婦が格安のお布施で買えるので、ソリスティアは歌や踊りなどの芸を売りにする妓楼や、没落した貴族だの零落した大商人の娘だのを名乗り、教養ある上流階級の出身を騙る高級娼婦が多く、神殿娼婦との差別化を図って、とにかく値段が高いのだ。

「春をひさぐ女に高級だの低級だのあるのか? だいたい、貴族の娘を娼館に売るのは国法に触れるだろう」

 恭親王が素朴な疑問を口にする。金で身体を売らねばならぬ時点で、身分としては最底辺なのに、さらに高級だの低級だの、意味が解らない。

 帝国は貴賤結婚を厳しく禁じ、貴族の血統が流出して平民と交わるのを嫌う。それ故に貴族籍にある娘を娼館に売ることは国法で禁じられていた。

「ソリスティアはもともと商人の街ですから、東の貴族階層の女など、まずいません。だからよっぽど食い詰めて流れてきたか、貴族を騙っているか、どちらかですよ」

 エンロンが答えると、ゾラもけ合った。

「たいていは、ひいじいさんが貴族だけど、爺さんか親父に甲斐性がなくて貴族籍を失った娘とか、そんなんすよ。三代隔たると貴族籍なくなるっすから。高級娼館なら一応、帝都にもあるっす。売れっだと、一晩で黄金二じょう。しかも、一見いちげんはお茶飲むだけでヤれないっすよ」

 黄金二錠と言えば、帝都で平民の四人家族が半年暮らせる金額だ。しかし、恭親王は経済観念も庶民とはかけ離れているから、よくわからない。

「それは高いのか?というか、お茶だけ飲むのにも上げ代を払うのか? アホ臭くないか? 意外とみな、お人よしなのだな」
「高級娼館の〈決まり〉なんすよ、いやもう、皇子様は黙っててください。どうせ皇族の娼館通いはタブーなんすから」

 帝都に居た時も皇族とは縁がなかったエンロンは、皇族の生活については噂程度のことしか知らない。
 急なこととはいえ、恭親王は侍従官二人と近衛二百人だけを連れてソリスティア入りしているから、後からやって来るその他の家族について、少し聞いておかねばならないと、エンロンは思う。

「後から輜重しちょう隊を率いて来られるのは、傅役ふやくの方ですか?」
正傅せいふは五年前に死んでいるから、副傅ふくふが責任者としてやってくる。副傅は家族がいるから、官舎を用意して欲しい。あと、父親の服喪のために離職中の筆頭侍従武官も、そろそろ召し出そうと思っている。これはまだ後でいい。身の回りのことは宦官かんがんが数人、家のことは家宰がやる。そんなに大所帯ではないはずだが、使用人の正確な人数は知らない」
 
 あっさりと答える恭親王に、エンロンは恐る恐る尋ねた。

「あの……ご側室は何人くらい……」
「側室は、今はいない。……この結婚が決まった時に、やしきに残っていた側室には暇を出して、身辺を整理した」

 無表情のまま、箸で漬物を摘まみながら答える恭親王の横で、ゾラとトルフィンが青い顔で首を微かに振り、口もとだけを動かして言った。

(側室の話は禁止!)

 エンロンは恭親王にとって、側室が地雷なのだと知る。

「……そうですか。しかし、それではいろいろとご不便では?」
「夜の相手をする獣人の奴隷が十人ほどいる。それらの管理は宦官のシャオトーズがやってくれるから、どこか大部屋でも住まわせておけばいい」
「十人?!」

 性欲処理担当の奴隷が十人と聞いて、思わず目を剥いてしまう。エンロンがドン引きしている反応に、恭親王が首を傾げる。

「普通だろう?友人が来た時の接待にも使うし。ダヤンもグインも二十人程抱えているから、いつも少ないと言われてきたのだが……」

 茫然と目を瞠るエンロンに、副官二人が主を庇うように言う。

「皇族としては普通っす」
「普通です。……もっとたくさん抱えている方もいます」

 しかし、エンロンの反応は凍り付いたままだ。恭親王が不思議そうに言う。

「聞いたことあるだろう?貴族出身の女以外は、私たち皇族と交わると精に当たって酷い場合は命にかかわる。だから我々は、貴族の女か、特別な訓練を受けた獣人の奴隷としか交われないのだ。種族の異なる奴らは我々の精気に耐性があるからな。……貴族出身の側室は気位ばかり高くて厄介なので、最近はもっぱら獣人で間に合わせている」

 そもそもが数の少ない獣人は知能も低く、奴隷として閨に侍らせるには特別な訓練を施す必要がある。つまり獣人奴隷はべらぼうに高価なのである。エンロンは以前、帝都の市で獣人奴隷の競売セリを見たことがあるが、とんでもない高額で落札されて腰を抜かした。その生産性の低さから言っても、とてつもない贅沢品なのだ。また、獣人との交接に抵抗を覚える人間も多く、獣人奴隷との行為をある種の色物的な、変態趣味ととらえる風潮も根強い。保守的な教育を受けて育ったエンロンにとって、獣人×奴隷×複数は文句ない変態コンボにしか見えないが、それが皇族の特殊な事情の上であると知れば、ただただ驚くしかない。
 しばらく茫然と恭親王を見つめていたエンロンが、言った。

「……では、帝都で噂によく聞いた、三皇子殿下が、夜ごとの乱交、酒池肉林というのは……」
「……なんだそれは……」

 精悍な眉を思いっきり顰め、眉間に深い縦皺を刻んだ恭親王の表情を見て、エンロンは自分が地雷原に踏み込んだことを悟る。だがもはや撤退もままならず、エンロンは帝都で聞き知った恭親王、廉郡王、詒郡王の三悪王の悪行の噂について、本人を目の前に語るはめになったのである。
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