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17、挽回したい

女王の夫君とその結婚

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 ユリウスはその場でエイロニア侯爵宛ての手紙をしたため、総督府にある転移魔法陣からナキアのエイロニア侯爵邸の魔法陣へと手紙を送り、至急の返事を求めた。また、その間にエンロンとトルフィンに命じて、エイロニア侯爵の血筋を調べさせる。

「殿下、これ、行けるかもしれませんよ。エイロニア侯爵の妻の母親は、ユウラ女王の従姉ですから」

 資料庫から女王国の貴族年鑑を抱えて戻ってきたトルフィンが言うのに、恭親王よりもユリウスが驚いた。

「あーそう言えば、そうかも。そもそも、僕とイリスが知り合ったのって、ユウラ様経由なんだよね。曾祖母が女王か……結構、耐性ありそうじゃない」
「ユリウス、ヤった直後に女に死なれるって、すごいトラウマなんだぞ。耐性あるかも、でヤって、死んだらどうしてくれるんだ」

 苦虫を噛み潰したような表情で不満を述べる恭親王を無視して、ユリウスと部下たちは勝手に盛り上がる。

「この調子で耐性のあるご側室を数人娶れば、蛇女は必要なくなりますよね! 脱獣人! 脱爬虫類! いやー、調べてみるものですな」

 蛇女嫌いのエンロンはすっかりその気である。だが、恭親王としては、たとえ龍種の精に耐性を持っているとしても、うかつに側室など娶りたくはない。もし西の貴族の娘を妻の一人に迎え入れれば、すぐにでも彼の母親である皇后が、東の貴族から側室を選んで押し付けてくるに違いない。
 
「別口から側室を入れたら、あの人が黙っているはずがない」
「そんなに、やっかいな人なのか……君の母上は」

 ユリウスの言葉に、恭親王が苦い顔で渋々頷く。

「最後までやしきに残していた側室は、全然好きなタイプじゃなかったのだが、母上のお気に入りでね。何のかんのと言いくるめられて側室にさせられたものの、どうにも合わなくて……ソリスティアに赴任するにあたり、これ幸いと実家さとに返してきたのだが、母上は不満そうだった。まあ、ソリスティアに行くのも西の王女と〈聖婚〉するのも気にいらなかったようだがね。なまじ、父の皇帝に溺愛されているもんだから、何でも自分の意向が通ると思い込んでるんだ。そういう意味じゃ、母上も私の苦手な貴族女の一人だな……」

 ユリウスは顎を指でつついて考える。

「うーん。……でもエイロニア侯爵も、アデライードとの婚姻がある程度落ち着いてから、というのは理解してくれるんじゃないかな? あそこは姉妹が多いから、まだ小さい妹も多い。幼い妹とひとまず婚約だけしておくっていうのはどう?」
「婚約もしたくない。最初の結婚だって、絶対嫌だと言い張るのを、婚約だけしておけば、いつか解消できるみたいに言われて、しぶしぶ婚約したらそのまま結婚まで持ち込まれた。アデライードが嫉妬するとか、そういう問題じゃなくて、複数の女が邸内で揉めるのが嫌なんだ」

 力説する恭親王に、ユリウスが肘掛椅子についた片手で額を支えるようにして、言った。

「それは、君の女扱いが下手過ぎるせいじゃないの? 僕のとこなんて、みんな仲良くやってるよ? 女の子なんて、みんな今日も可愛いね、どの子も大好きだよって言っておいて、ベッドの上で、ほんとに好きなのは君だけだよって言ってあげればいいじゃないの」
「私は正直村の生まれだから、そういう二枚舌が使えないんだ。どうでもいい女なら親切にできるが、それ以上の仲は無理だ。そんな面倒臭いことをしたくないから、獣人を飼っているんだろう! 間違っても、おぬしを接待するためじゃないぞ!」

 恭親王の言葉に、ユリウスが困惑したように言う。

「まさか本当に、アデライード一筋を通すつもりなのかい? 〈聖婚〉の王女ならともかく、女王の夫が妻一人なんて、あり得ないよ。歴代の女王にとって、夫の妻たちは重要な盟友だよ。彼女たちが生んだ夫の息子たちは成長の後は女王の腹心として動くし、将来的には次の女王を異母兄弟として支えることになる。僕や弟のテオドール然り、アルベラにおけるギュスターブやその弟たち然り、だ。まあ、ギュスターブについては支えていたのか、足を引っ張っていたのか、微妙だけどね」

 恭親王は真実予想外だったらしく、目を見開いてユリウスに問いかける。

「…つまり、アデライードとその娘のために、私はたくさん妻を娶ってできる限り息子をこしらえろと、言う意味か?」
「息子に限らず、娘も必要さ。王家の血を引く姫は男児を生めないこともままあるから、むしろ異母姉妹の方を歓迎する向きもあるのさ。私のすぐ下の妹――アデライードには異母姉にあたるね――も海沿いの小領主に嫁いでいるから、彼女を通して今、港湾都市の領主たちを説得しているところなんだ。役に立つだろう? 考えてもみてくれよ、僕の父がユウラ女王一筋で他に妻を娶らなかったら、どうなっていたと思う? 孤立無援で何の助けもないアデライードは、今頃はあっさり殺されて、西の龍種は根絶やしさ!」

 恭親王は自身の思い描く国の政体とのあまりの差異に頭を抱えた。夫の息子たちを働き蜂のように従えた女王蜂さながらの像は、東の常識に塗れた恭親王には全く理解ができなかったからだ。

「女王には、政治の実権がないのだと思っていた……」
「そんなのは、ここ数代の話で、アライア女王とユウラ女王の母である偉大なる女王ゼナイダは、三人の執政長官インペラトールを取り換えて独裁政権を布いていたというよ。まあ、あの女王がイフリート家を重用したおかげで、今の状況があるわけなんだけど」
「それは、三人の夫を取り換えたってことか?」
「もちろん。最初の夫なんて、子供ができないから不適格って言われて、離婚の上、月神殿に生涯幽閉さ。君も気をつけてね」

 あっさり答えるユリウスに対し、恭親王は卒倒しそうになる。将来、アデライードを支えてそんな国を切り盛りしていくのだ。そう考えたら、恭親王は急激な胃の痛みに襲われた。


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