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19、家出娘と最弱の騎士

久しぶりの逢瀬

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 ランパが聖地の別邸にやってきて一週間、二週間のお出入り禁止期間がようやく終わった恭親王が別邸に来た。恭親王への警戒は厳重なままだが、冬至まであと十日ほど。婚儀の前の訪問としては、これが最後になりそうであった。

 メイローズを中心に、婚儀への動きを確認する。ここから月神殿に行き、そこの転移門ゲートから陰陽宮の転移門に転移する。儀式は日没とともに開始され、日の出で終わる。

「陰陽宮に入れるのは、ご〈聖婚〉のお二人と、姫君の身の回りを整える、侍女の方お一人だけです」

 宦官とはいえ、知らない者に着替え等の世話をされるのは辛かろうと、侍女一人のみを伴うことが許されるという。

「ただし、侍女の方は儀式の間は、控えの間で待機していただきます」

 儀式が見られないばかりか、ひとりで孤独に待っていないといけない。

「アンジェリカやリリアには無理そうだな……」

 恭親王が眉を顰める。山の奥の陰陽宮に一晩丸々、一人で放置されるのである。さらに、魔力を持たない平民は、転移門を通過するときに酷い魔力酔いを起こす恐れがある。

「差し支えなければわたくしが」

 アリナが名乗り出た。
 
「しかし、仮にも公爵令嬢に侍女の真似事はさせられぬ」

 そう言えば、アリナもミハル同様、十二貴嬪家の一つ、ゲセル家の令嬢のはずだが、こちらは侍女の一人も要求せず、別邸で姫君の警備と魔術制御指南に当たっている。ただ、名目上は侍女ではなく、姫君の付き添い人の扱いである。

「侍女としてはあまりお役に立てませんが、髪を梳くくらいならできます。衣裳も、事前に選んであるものを着せるだけでしたら、わたくしでも大丈夫でしょう」

 アリナは女騎士として男装して過ごしている上に、西方風の衣裳の取り合わせなどはわからない。襞を寄せるのが難しそうだが、事前に何度か練習すれば見苦しくない程度には着せられるようになるだろう。

「俺もそれがよろしいかと。万一、月神殿までの往復を襲撃されても、アリナならば姫君をお守できます」

 ゾーイが横から勧める。さすがに、この前の捕り物でイフリートの〈黒影〉も打ち止めと信じたい。
 
「わかった。ではそうしよう」

 恭親王は軽く頷く。儀式後は再び月神殿に帰り、一旦総督府に帰りつく。これがひるごろになりそうだ。総督府で軽く食事をして、即座に海を渡って総督府へ向かう。

「予定では、ソリスティア着が九の刻(午後四時頃)となりましょう」
「わかった。なるべく早く食事を済ませて、ソリスティアに向かえるように準備しておけ」

 総督府の専用高速艇だけでは、五十騎の護衛を一度に運ぶのが難しい。それで、半数は午前中のうちにソリスティアに返し、ソリスティア港に待機させることにした。
 そんな細々した打ち合わせを続けているうちに、時間が刻々と過ぎてしまう。

 止まり木でバサバサと羽ばたくエールライヒを見て、恭親王はアデライードのことを思い出す。

「エールライヒに餌をやるからと、アデライードを呼んできてくれ」
「殿下、その前にお話が。あの、例のクラウス家の……」
「後にしろ。二週間以上、アデライードに会えなかったのだぞ。もう、死にそうだ」

 前に翡翠に込めてもらった〈王気〉など、とっくに切れてしまっている。

 いらいらと言う恭親王を見て、アリナは諦めなさい、と言う風に夫を見て、アデライードを呼びに行った。

 ぱたぱたと軽い足音とともに、アデライードがやってきた。相変わらず、襟の詰まった最新式らしい長衣を着せられているが、いつもの胸高の帯を締めたタイプと異なり、すっきりとして身体の線が出ているのに、帯は見えない。胸の膨らみと腰のくびれが綺麗な曲線を描いていて、足元は自然に広がっている。

(お、これはこれで……)

 生地は濃い緑色の天鵞絨ビロードで、動きにつれて生地の光沢が流れ、美しい。

「アデライード、久しぶりだ。変わりはないか?」
「はい。エールライヒはどこです?」

 露骨にエールライヒ目当て過ぎて、正直へこむ。エールライヒがばっさばっさと止まり木で嬉しそうに羽ばたく。実はこいつ、わかってて主人を馬鹿にしてるんじゃないかと、疑ってしまう。

 まあいいさ、とエールライヒを口笛で呼び、肩に止まらせる。アデライードの腰に手を回そうとして、気づく。この長衣は背中にリボンが通っていて、編み上げるようにして身体に添わせるようになっているのだ。最後、腰のところで大きな蝶結びにしていて、後ろから見たすがたも愛らしい。

(しかし、ここまでくると嫌がらせレベルの脱がせにくさだな。着たままヤれということなのか。それともゆっくり脱がす過程を楽しめということなのか。西の奴等の考えることはよくわからん)

 恭親王はそんな不埒な考えを美麗な顔の下に押し隠し、抱き寄せて〈王気〉を思いっきり吸収する。鼻の孔が広がっていたかもしれないが、アデライードから視えなければ、もはやどうでもいい。ゆっくり歩き出した二人を、アリナが着いて来ようとしたのを、リリアが呼び止めた。

四阿あずまやはもう、寒いです。これをお持ちください」

 渡されたのは裏に白貂しろてんの毛皮を裏打ちした毛織のマント。恭親王が受け取って、アデライードの肩に着せ掛けてやる。恭親王の肩衣も、すでに冬仕様の厚地の黒天鵞絨だ。

 いつものように少し離れた場所にリリアが立ち、二人は四阿に入る。港街は海から風が吹き抜けるので、それほどは寒さが厳しくないが、冬は冬である。嬉しそうにエールライヒに餌をやりながら、アデライードが首を傾げる。

「エールライヒは、寒くないのかしら?」
「エールライヒは、帝国の北方辺境の騎馬民族が飼っていた海東青かいとうせいという特別な鷹なのだ。ここよりもうんと寒い場所に生きる鷹だから、むしろ夏の方が大変だ」
「そんな特別な鷹なのですか!」
「そう、そこの王族しか飼うことが許されない鷹なのを、無理を言ってもらったのだ」

 実際には、そこの族長に寝台の上で強請ねだったのだ。もう、昔のことだけれど。
 陰と陽の交合を教義とする〈禁苑〉の教えにおいて、同性愛は天に唾する最大の禁忌だ。部下の生命と引き換えに要求されたこととはいえ、そんな経験を持つことをアデライードに話すことはできない。

 恭親王は冬の力のない午後の日差しを受けて煌めく、アデライードの白金色の髪に目を細める。
 初めてあった十年前も、ちょうどこんな初冬の淡い日差しの中だった。
 あれから、アデライードはあの時と同様に清いままだ。
 その清らかな汚れなき花を、あと十日と少しで散らすことになる。

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