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19、家出娘と最弱の騎士

婚儀に向けて

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 リリアがお茶を、アンジェリカが菓子を運んできた。それが並べられるのを待って、再び恭親王が口を開く。

「お前は帝都の皇宮騎士団の教官もしていたし、私の剣の師匠でもある。とにかくこいつは筋肉の付け方を間違っているのだ。それを矯正できるかどうか、お前の判断を知りたかったのだ。お前が無理ならば、誰が教えても無理だろう。だからこちらに寄こした」

 恭親王に言われ、ゾーイはランパの全身を眺めまわす。

「脱いでみろ」

 ゾーイに言われて打ち合わせ式の上着を脱ぎ、下に着た木綿のシャツも脱ぐ。

「ちょっと、姫君の御前よ」

 アリナが咎めるが、すでに時遅し。肩と上腕だけ異様に盛り上がり、胸から下はひょろっとした身体が姫の目の前に曝されてしまった。

 姫君はしばらくぱちぱちと目を瞬いていたが、隣の恭親王に言った。

「前に見せていただいた、殿下のお身体とちょっと違いますね」

 無邪気に言う言葉に、ゾーイも、アリナも、メイローズもぎょっとする。

「わが主よ、いったいなんてことを……」
「どこが違う?アデライード」
「殿下のは、お腹の真ん中に線が入っていたわ」
「ああ、そうそう。触られてくすぐったかったな」

 笑い合う二人に、周囲はあ然とする。何をしているんだか。
 かなり厳しく鍛えている恭親王は、腹筋が綺麗に割れているがランパはただなまっちろいだけだ。肩と腕がムキムキなのに、どういうことか。

「腹筋が足りないのだ。何となく体も右に傾いているし、体幹が弱そうだ」
「腕の筋肉をつけることばかり考えていたからでしょう。偏った筋肉の付き方は、怪我の元にもなります。あと、鍛えるときに息を止めているのではないか。呼吸をしながら鍛えなければ、質のよい筋肉にならない」

 さすがに下半身をさらすことはできないので、そこで服を着せ、ゾーイは考える。ゾーイが考案した筋力トレーニングをここ一週間ほどやってきて、初めは全然付いてこれなかったのが、今は何とかこなせるようになった。そう、間違っているが根性はあるのだ。

「殿下は、この男を鍛えたいだけで、俺のもとに寄こしたわけじゃないでしょう?」

 ゾーイの質問に、恭親王はにやりと笑った。

「やっぱりわかるか。……ソリスティアに、騎士の養成所を作ろうと思っているのだ」
「養成所?」
 
 ゾーイが眉を上げる。

「今は、ソリスティアにいる十万の兵のうち、騎士はわずか二万だ。それも全て、帝国内の騎士団から招集して交代で駐留している。だいたい三年で交代だから、ソリスティアには居つかない。それとは別に、ソリスティア近郊の騎士の家系で代々世襲されるソリスティアの警備隊が二千騎。これはソリスティア在住だが、バランシュやその他の奴等を見ても、騎士としての練度が帝国の騎士に比べて劣る。私が連れてきた親王府の近衛百騎とは実力差が大きくて、連携した作戦が取りにくいほどだ」
「つまり、ソリスティアの騎士を鍛え直したいと」
「それと、作戦の都合上、西の騎士も指揮する必要があるが、ユリウスを見る限り、練度が不安でな」
「レイノークス辺境伯ですね」

 ゾーイとアリナはユリウスを見たことがないが、見かけが麗しい貴公子だが中身が些か残念だとトルフィンが称したお人である。

「そう……一から指導するのではなく、ある程度騎士としての鍛錬を受け、我々の騎士団とは異なる癖のついた者を、指導し直さなければならない。これはそれなり厄介だろう?こいつが矯正可能であれば、テストケースになると思ったのだ」

 無言で立っているランパを指差しながら恭親王が言った。

「なるほど……」
「それに、万一騎士になってくれれば、それはそれで儲けものだと思ったのだ。これだけ無口なら、情報を漏らす心配も薄いし、却って信用できる」

 恭親王の言葉に、ゾーイが考え込む。

「根性はあると思うのですが、まだ矯正可能かどうか、判断がつきません。もう少し様子を見ても?」
「それはお前の好きにしろ……だが、ランパ。お前が何故、騎士団をやめたのか、どうしてそんなことになったのか、きちんとゾーイに話すのだ。それがわからなければ、ゾーイにも判断がつかないかもしれない」

 ランパはこくんと頷いた。皇子の呼びかけに頷くだけなんて、とメイローズなどは眉を顰めたが、恭親王はその辺りは気にしない。

「無理に喋らなくてもいいが、必要なことはきちんと伝えるように。そうでなければ、騎士として他と連携をとることができない」

 恭親王はそうランパに言うと、ランパを下がらせた。
 ついで、アリナに向き合う。

「アデライードに剣の指南をしてくれるそうだな」
「……はい。初めは棒術からですが」
「見込みはありそうか?」
「魔力の量がすばらしいので、剣術など必要ないかもしれませんが、剣や棒術は、魔力制御にも効果があります。身体を鍛えることもできますし」
 
 剣術の師と魔術制御の師が兼任されることが多いのは、もともと聖別された武器に込められた魔力を引き出し、制御するための訓練だからである。剣や棒を振りながら、体内の魔力の流れを意識し、その力を集約する。それが、魔力そのものの制御にも応用できるからだ。

「なるほど、いいことづくめのようだが、くれぐれも、怪我はさせるなよ」
「承知しております」
 
 アデライードがにこにこと言った。

「早速明日からお願いします」
「それは無理です」

 アリナに言われ、アデライードが目を見開く。

「どうして?」
「だって、姫君のお召し物はみな、ひらひらでございましょう。それでは裾を踏んづけて、転んでしまいます」

 アデライードがたっぷりしたドレープのはいったドレスを摘まみあげる。

「……脱いでやればいいのですか?」
「ばっ!」

 ガチャン、と飲みかけのお茶のカップを零して恭親王が慌てる。

「なんてことを言うんだ!」

 ゾーイは飲みかけたお茶が鼻に入ったらしく盛大に咽ている。その様子を見て、恭親王がゾーイに喰ってかかる。

「ゾーイ、お前今、想像しただろう!許さん!たとえ想像でも許さんぞ!」
「げほっぶほっ……そんな……ぶはっげほげほっ」

 その男二人の様子をしらーっとした目で見たアリナが、二人のことは無視して姫君に話しかける。

「お稽古用の服を手配しましょう。シャツと脚衣、それから革のブーツ。それが来るまでは簡単な体操のようなものですが、そのお召し物でできることからいたしましょう」
「はい!ありがとうございます!」

 そうして、近づく婚儀に向けて、別邸の準備も急ピッチで進んでいくのである。
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