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20、聖婚

冬至大祭

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 ようやく、冬至大祭の日を迎えた。

 (長かった……)

 初めに〈聖婚〉の話を聞いた時は、半年後の婚姻と言われて冗談だろうと思ったが、実際にアデライードに対面してしまえば、半年が非常に長かった。もう、これ以上は待てない。龍種の男というのは、つがいに対しては本当に、辛抱というものができないらしい。婚約期間が半年以上だったら、確実にアデライードを襲っていた自信がある。一年から一年半の準備をかけたかつての〈聖婚〉で、婚前交渉が多かったのも納得だ。

 その日、恭親王は万感の思いで聖地に入り、別邸でアデライードと落ち合う。花嫁を迎えるというのはこんなにも楽しく、心浮き立つものなのか。前の正室との婚礼は、もっと派手派手しくきらびやかであったが、ただただ憂鬱ゆううつで、嫌で嫌でたまらなかったというのに。今度の結婚は〈聖婚〉とはいえ、こんなに地味でいいのかとさえ思う。結婚式というよりは、神聖なる宗教儀式だ。アデライードは白い長衣に、真珠の首飾りをつけただけ。まるで巫女みこか、下手すれば生贄いけにえにすら見える。
 もっと普通の結婚式をして、彼女を迎え入れたかった。それだけが、少し心が痛む。

 別邸から月神殿まで馬車で乗りつけ、月神殿の転移門ゲートより陰陽宮へと転移する。付き添いはメイローズと、アデライードの護衛兼侍女としてアリナただ一人。後見人であるユリウスは、婚儀の成立を対岸のソリスティアで待つことになっている。
 昨夜は花婿の独身最後の夜を盛大に楽しむ西の風習だとか云って、郡王までやってきて、総督府の巨大な風呂で三人で〈清談〉をする羽目になった。どう考えても、お前たちが〈清談〉したいだけだろうと思うのだが、結婚すると自由がなくなるから今のうちに、とか何とか、自由すぎる既婚者二人に言われても何の説得力もない。ちなみに、詒郡王とユリウスは初対面だというのに、あっという間に意気投合していた。つまり二人とも、見目のよい花花公子チャラ男で、遊び人ということだ。

 冬至大祭は太陽の光が最も弱まる――つまり、陰の気が最も強まる日であり、その日は太陽神殿では、一年で最も盛大な祭祀が挙行され、月神殿もまた、強まった陰に祈りを捧げる日となっている。〈聖婚〉は世界の再生を願う祭祀の一環として、陰陽宮で日没と同時に始められるのだ。

 陰陽宮は聖地の中心部、霊峰れいほうプルミンテルンを取り囲む山地の一つ、ある山の中腹にある。
 転移門の出口はふもとから千段以上続く長い階段の半ばほど、少し平になった中門の辺りにあった。門、というよりは、それは大理石の敷石しきいしの上に描かれた転移魔法陣で、恭親王らは小雪が舞い、寒風が吹きすさぶ魔法陣の上に降り立った。真っ白に冠雪した周囲の山塊に囲まれて、白い霊峰プルミンテルンの威容が、見たこともないほど間近に迫っていた。

「寒っ!!」

 思わず恭親王が口に出すほど、吹きっさらしの魔法陣の上は寒かった。
 恭親王は黒貂くろてんの毛皮を裏打ちした黒い毛織の長いマントを羽織り、その下には厚地の黒い上着を着こみ、黒い脚衣に黒革の長靴をいていたが、それでも寒さが身に染みた。上着には金の飾緒と金ボタンが装飾とされ、金の腰帯に宝石飾りのついた剣帯、細身の愛用の剣を下げ、左手の薬指には例の、神器である指輪が光る。
 一方のアデライードは白貂しろてんの毛皮を裏打ちした薄紫色のマントに、白い絹の長衣、金の飾り紐、黄金づくりの華奢なサンダルという出で立ちだから、相当冷えるに違いない。恭親王は寒さで唇の血の気が失せている花嫁を見て、早く暖かい場所に案内するようにメイローズをかした。

 しかし、そこからがまた、雪の中を長い階段を上っていかねばならない。続く階段の先を仰げば、陰陽宮の青いいらかははるか彼方にある。恭親王はアデライードの頭にフードを被せてやり、すっかり冷えた白い手を取り、その腰を抱いて自分のマントで包むようにして階段を急いだ。ようやく〈奥の院〉にたどり着いた時には、アデライードの唇は紫色になり、寒さでかたかた震えていた。さすがに建物の中は絨毯じゅうたんが敷き詰められて暖房が効いていた。

 出迎えた枢機卿すうきけいの先導にしたがって、貴賓室のような場所でマントを脱ぎ、熱いお茶を飲んで休憩して、アデライードは生気を取り戻す。頃合いを見計らって、管長ゼノン以下、十二枢機卿が彼らを迎えにきた。これから、儀式の場所に移動するという。

 青地に金銀の龍が織り込まれた絨毯の上を進み、奥まった広間に導かれる。床の上には転移魔法陣が描かれていた。

 「ここから、〈時の泉〉のある洞窟の前に転移いたします。この魔法陣は、許しを得た者しか乗ることができません」

 管長ゼノン以下の枢機卿たちがまず転移魔法陣の上に乗り、次いでメイローズに促されて恭親王とアデライードが乗り、最後にアリナが乗った。

 「では、転移いたします」
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