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21、再生の光
枢機卿たち
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メイローズ、パールス、エダムの三人の枢機卿は、再び小舟に乗って〈玄牝〉の門を通り過ぎ、時の泉のある鍾乳洞へ戻る。カンテラの光だけを頼りに、この暗い地底の川を行き来するのは本当は恐ろしい。〈聖婚〉の準備のために幾度か往復したが、初めての時は足が竦んだ。
〈聖婚〉がない時期も、陰陽宮の枢機卿たちは、一年に一度はここを訪れていた。〈玄牝〉の状態を確認し、〈聖婚〉が可能かどうかを見定める。〈聖婚〉の絶えていたこの二百年間も、一度としてそれは蔑ろにされたことはなかった。
見定めの基準はあの、テーブル状の岩――陰陽宮では〈褥岩〉と呼んでいる――に生える苔の状態である。あの苔が〈聖婚〉の男女の営みを支えられるほどに厚く、びっしりと育ったら、〈聖婚〉の準備が整ったとして〈禁苑〉の他の二宮に伝えられ、太陽宮、太陰宮を通じてそれぞれ東西の両国に打診されるのである。
時機を逸すれば、苔は枯れてしまう。太陽の光の届かない聖山プルミンテルンの地下で、枯れた苔が再び育つまで、だいたい十年かかるとされる。
だが、直近に苔が枯れたのは三十年以上前。その後、長く苔は育たなかった。あまりにも〈聖婚〉をしなかったために、〈玄牝〉そのものがが枯れたのではないかと、陰陽宮は恐れた。
苔の成長が確認されたのは、昨年の夏。
陰陽宮では即座に、〈聖婚〉に向けて動き始める。だが、すぐに問題が発生した。王女の不在、である。
西の女王家には、〈聖婚〉の資格がある〈王気〉を持つ王女が一人しかいない。――つまり、女王候補もまた、一人だということである。
女王が〈聖婚〉する。
かつて、〈聖婚〉の皇子が皇帝に即位したことは、あった。だが、逆はなかった。なぜならば、女王の夫は執政長官として西の政治を裁量する権限を持つからである。東西の王族は、他国の政治に干渉しない。これが、二千年の不文律だからだ。
よって、太陰宮は〈聖婚〉に反対した。アデライード姫は、女王として即位するべきだと。
だが、陰陽宮は引かなかった。
この機会を逃せば、〈玄牝〉は本当に枯れるかもしれない。生命の根源たる〈玄牝〉の生命力が失われれば、世界の再生は不可能になる。
ならばどうするか。
〈聖婚〉の皇子を、執政長官にするしかない。困難な政治状況の中で、西の元老院の圧力を跳ね返せるような、そんな皇子を迎えるしかない。
数年前に東の皇宮の職を辞してきた若い宦官を枢機卿に任命したのは、すべてこの〈聖婚〉を成立させるための布石だ。後宮の事情に詳しいメイローズが、皇子の候補者を二人に絞った。
皇太子の次男、廉郡王グイン皇子と、皇帝の第十五皇子、恭親王ユエリン皇子。
どちらも二十一歳。十五歳の王女と釣り合うほど若く、また若すぎない。軍を率い、叛乱を討伐した経験を持つ。
メイローズは、恭親王を推した。廉郡王は豪放磊落だが、独断専行なところがあり、武威に頼り過ぎる。恭親王は才能に優れ、仁慈の人である、と。管長のゼノンはメイローズの意見を納れた。
太陰宮の説得は困難を極めた。
だが、最後には恭親王の赫々たる武勲が決めてになった。
東の帝国の助力なしに、アデライード姫の即位は不可能である、と。
こうして、冬至の今宵、ようやく二百年ぶりの〈聖婚〉が成る。三人はそれを見届けねばならない。
〈聖婚〉がない時期も、陰陽宮の枢機卿たちは、一年に一度はここを訪れていた。〈玄牝〉の状態を確認し、〈聖婚〉が可能かどうかを見定める。〈聖婚〉の絶えていたこの二百年間も、一度としてそれは蔑ろにされたことはなかった。
見定めの基準はあの、テーブル状の岩――陰陽宮では〈褥岩〉と呼んでいる――に生える苔の状態である。あの苔が〈聖婚〉の男女の営みを支えられるほどに厚く、びっしりと育ったら、〈聖婚〉の準備が整ったとして〈禁苑〉の他の二宮に伝えられ、太陽宮、太陰宮を通じてそれぞれ東西の両国に打診されるのである。
時機を逸すれば、苔は枯れてしまう。太陽の光の届かない聖山プルミンテルンの地下で、枯れた苔が再び育つまで、だいたい十年かかるとされる。
だが、直近に苔が枯れたのは三十年以上前。その後、長く苔は育たなかった。あまりにも〈聖婚〉をしなかったために、〈玄牝〉そのものがが枯れたのではないかと、陰陽宮は恐れた。
苔の成長が確認されたのは、昨年の夏。
陰陽宮では即座に、〈聖婚〉に向けて動き始める。だが、すぐに問題が発生した。王女の不在、である。
西の女王家には、〈聖婚〉の資格がある〈王気〉を持つ王女が一人しかいない。――つまり、女王候補もまた、一人だということである。
女王が〈聖婚〉する。
かつて、〈聖婚〉の皇子が皇帝に即位したことは、あった。だが、逆はなかった。なぜならば、女王の夫は執政長官として西の政治を裁量する権限を持つからである。東西の王族は、他国の政治に干渉しない。これが、二千年の不文律だからだ。
よって、太陰宮は〈聖婚〉に反対した。アデライード姫は、女王として即位するべきだと。
だが、陰陽宮は引かなかった。
この機会を逃せば、〈玄牝〉は本当に枯れるかもしれない。生命の根源たる〈玄牝〉の生命力が失われれば、世界の再生は不可能になる。
ならばどうするか。
〈聖婚〉の皇子を、執政長官にするしかない。困難な政治状況の中で、西の元老院の圧力を跳ね返せるような、そんな皇子を迎えるしかない。
数年前に東の皇宮の職を辞してきた若い宦官を枢機卿に任命したのは、すべてこの〈聖婚〉を成立させるための布石だ。後宮の事情に詳しいメイローズが、皇子の候補者を二人に絞った。
皇太子の次男、廉郡王グイン皇子と、皇帝の第十五皇子、恭親王ユエリン皇子。
どちらも二十一歳。十五歳の王女と釣り合うほど若く、また若すぎない。軍を率い、叛乱を討伐した経験を持つ。
メイローズは、恭親王を推した。廉郡王は豪放磊落だが、独断専行なところがあり、武威に頼り過ぎる。恭親王は才能に優れ、仁慈の人である、と。管長のゼノンはメイローズの意見を納れた。
太陰宮の説得は困難を極めた。
だが、最後には恭親王の赫々たる武勲が決めてになった。
東の帝国の助力なしに、アデライード姫の即位は不可能である、と。
こうして、冬至の今宵、ようやく二百年ぶりの〈聖婚〉が成る。三人はそれを見届けねばならない。
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