虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる

無憂

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番外編

もう一人の求婚者①

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 末の王女の結婚問題は、王家の懸案事項ではあった。

 まだ十八歳と若く美しいが、すでに一度夫に死なれた未亡人である。家柄と年齢が釣り合う貴公子はすでにみな、妻帯したり婚約してしまっている。妻を亡くした老貴族たちが、ぜひ後添いに、と何人も名乗り出て、国王や王太子の怒りを買っていた。

 だが、結婚はさせないわけにもいかない。王弟の息子で王太子やジュスティーヌの従兄であるローヌ公爵エティエンヌは、王家にごく近しい親族の一人として、末の従妹の結婚問題に頭を痛めていた。そんな時、妊娠中の妻・イヴェットのもとに、実家のタイス公爵家から手紙が届く。

「領地のお母さまから、生まれてくる赤ちゃんの衣服と……弟のトリスタンからも素敵な絵が届いたわ」

 タイス公爵夫人自ら刺繍した赤子の衣服、小さな靴、そしてイヴェットの双子の弟、トリスタンが描いた細密な聖母子像の板絵を見て、イヴェットは嬉しそうに微笑む。

「トリスタンの絵は相変わらず見事だね。……この聖母子の清らかなこと。これは礼拝堂に飾ってもいいな」
「そうね。絵は素晴らしいわ。でもあの子ったら、結婚もせずに絵ばかり描いて……心配だわ」

 妻の言葉に、義弟の絵を眺めていたエティエンヌがおやと思う。そうだ、双子だからトリスタンはイヴェットと同じ、二十六歳になるはずだ。

「トリスタンはまだ、妻帯していなかったのか。……領地の経営を手伝いながら、絵を描いて暮らしていると聞いたが」 
「ええ、そうなの。三年前にシルヴァン伯爵の爵位を継いで、そこの娘と結婚するはずが、結婚式直前に婚約者を亡くしてしまったの。それ以来、すっかり引きこもってしまって」

 イヴェットがため息をつく。

「真面目な子なのよ。縁談はそれなりにあるはずなのだけど、全部断ってしまうようなの。婚約者の縁で爵位を継いだのに、彼女が死んだからって別の女と結婚する不義理はできないと言ってね。お父様ももう、半ば諦めているわ」
「だが、結婚しなければ、シルヴァン伯爵の爵位はどうなる?」
「シルヴァン伯爵はもともと遠縁なのよ。だから、うちから養子を取ればいいと……」

 公爵家の出で、年齢は二十六。公爵家の領地経営を手伝っていて、すでに伯爵位を持っている。性格はまじめで、子供はいなくてもいい――。

「……どうだろう、イヴェット。ジュスティーヌ王女の婿を捜しているのだが、トリスタンはピッタリじゃないか?」
「あなた!」

 イヴェットが驚いて、夫を咎める。

「うちは公爵家だけど、トリスタンは三男だもの。少し釣り合わないのでは」
「釣り合う家柄の男はほぼほぼ売れてしまっていて、国王陛下は今、ジロンド伯爵の次男を候補に擬しているようだ」

 夫の言葉に、イヴェットが首を傾げる。

「ジロンド伯爵の次男……それはもしかして、例の、湖上祭で姫を舟に乗せた護衛騎士ではなくて?」

 夏の終わりの湖上祭で、王女の乗った舟がくつがえり、王女が溺れるという事件があった。湖上祭の舟は恋人同士で乗るのが普通であるから、つまり、王女と騎士は恋仲なのだろうと、ずいぶんと王都では噂になった。

「つまり、もう二人は恋仲ではないの?」

 妻の言葉を、エティエンヌが否定する。

「ジュスティーヌは結婚はこりごりだから、修道院に入ると言い張っていてね。それも外聞がよくないし、鼻の下を伸ばしたジジイどもからの、後添いにしたいという申し出が山のようにある」

 イヴェットも柳眉をそびやかし、扇で口元を隠す。

「聞きましたわ。……四十も年上の大公がやっと死んだのに、またぞろお爺さんのお相手では、姫がお気の毒過ぎるわ。その意味では、あの美形の騎士と結婚できるのは喜ばしいことではなくて?」
「だが、王家の格にかかわる」
エティエンヌは、妻の耳元に顔を寄せ、声を潜める。

「ここだけの話なのだがな、ジュスティーヌ姫は白い結婚なら、してもいい、と言っているそうなのだ」
「それはつまり――夜のお相手はしたくない、ということかしら」

 イヴェットが躊躇ためらいがちに口にするのを、エティエンヌが頷いた。

「そうだ。だから子供は期待できないので、貴族家の嫡男は無理なのだ。……たとえ白い結婚でも構わない、そういう条件を呑ませるとなると、ジロンド伯爵くらいの譜代の家しか無理だ」

 エティエンヌがイヴェットの琥珀色の瞳をまっすぐに見つめ、言った。

「だから――もともと結婚する気のないトリスタンなら、白い結婚でも構わないのではないか?」

 イヴェットがハッとして目を見開き、パチパチと瞬きする。

「そんな、あなた! いくら何でも!」

 イヴェットは動揺するが、エティエンヌは頷いて勝手に一人決めして義父のタイス公爵に手紙を書き、タイス公爵からはすぐに、了承の返事を得た。

***

 タイス公爵の了承をうけて、ローヌ公爵エティエンヌは国王に縁談を申し入れる。甥であり、王家の最も近い親族でもあるローヌ公爵の申し出は、国王といえども簡単に退けるわけにはいかない。年齢も身分も、すべてが理想に近い相手だから、なおさらだ。

 その話を王太子のマルスランから聞かされたラファエルは、不安で蒼白になった。

「その……まさか、国王陛下はそれをお許しになるのでは……」
「それはないよ。どのみち、今さらだ」

 マルスランは言う。

「ラファエルへの降嫁については、すでに父上の内示もおり、賜う領地も決めて、調整に入っている。もともと、ラファエルはさきの戦争での行賞が滞っていた。その分も含めての、封爵だ。王臣を増やし、ジロンド伯の長年の忠誠に応える目的もある。今さら別の男に嫁がせるなどと言えば、国王の信頼を損ねる」
「ですが、姫君の相手が俺では、不満を憶える者もおりましょう」
「それは仕方がないな」

 マルスランが苦い表情で頷く。

「以前も言ったとおり、ジュスティーヌは普通の結婚はできないと、自分で思い込んでいる。だからお前のような男の方が、私はよいと考えているよ」

 ラファエルは頭を下げながら、だが不安はぬぐい去れない。自分はミレイユとの一件で、すでにジュスティーヌの信頼を損ない、消去法で結婚を了承してもらったようなものだ。

 姫が公爵子息の方がいいと言い出したら……。




 早春、領地から上京したタイス公爵は、独身の三男トリスタン卿を伴って、王宮に謁見を申し入れる。二人の仲介者として、国王の甥であるローヌ公爵エティエンヌが同席した。

 国王はタイス公爵とその息子に対し、すでにジュスティーヌの婚姻は決定事項であるから、今さら横入は認められぬと退けたが、タイス公爵は不満を漏らす。

「わがタイス公爵家の、長年の忠誠をお認めくださらないのですかな」

 エティエンヌもまた、ラファエルへの降嫁に反対の立場を表明した。
 だがずっと無言で、片膝をついて控えていた、トリスタン本人が口を開く。

「畏れながら、発言をお許し願えますでしょうか」
「よい。許す」

 トリスタンは頭を下げると、まっすぐに国王を見上げて言った。

「姫君とお言葉を交わす機会をいただけますでしょうか」
「ジュスティーヌと、会いたいと申すか?」
「はい、もちろん、二人きりではなく――私は一画家として、姫君の肖像を描きたいと思っております」
「トリスタン?」

 エティエンヌの問いかけに、トリスタンは頷く。

「父から話を伺いまして、これは俺の一存では断れぬ筋だと思いました。ですので、姫君のご意向をまず、お伺いしたいのです」  

 国王は少し悩んだ上で、トリスタンの要望を容れ、ジュスティーヌの肖像を描く許可を出した。

 それで、数日後にトリスタンは画材を手にジュスティーヌの宮殿の、サロンに伺候した。

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