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【番外編】堅物殿様は諦めない
六、国家老始末
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下屋敷でおのぶから閨指南を受けて、俺が理解したことはいくつかある。
まず、於寧は初潮を迎えたとはいえ、体も心もまだまだ未成熟で、無理をさせるべきではなかったこと。
俺は初潮を迎えていれば、女はすぐにも孕めるのかと思っていたが、そうでもないのだ。
――於寧が子を産めるようになるまで、あと、二三年は待った方がよさそうだった。
それから、閨事と言うのは、男が女を心地よくさせてやらねばならぬということ。それを怠ると、於寧のように大変なことになる。
ついでに言えば、俺はおのぶが快楽に喘ぐ姿を目にしても、まったく何も思わなかった。
未成熟な於寧の裸体にあそこまで興奮した俺の雄は、おのぶの痴態にも全く、反応しなかった。
――本気で幼女が好きなのか、俺は。
そう、内心、頭を抱えていた俺は、二回目の指南でおのぶから提案されて目を剥いた。
『は? なんと申した?』
『ですから、わたくしが口でお慰めと……』
『口で、どこを慰めると?』
おのぶは、前回、俺が愛撫だけして何もせずに帰ったのを気にしていたらしい。
『……それは、普通の夫婦でもするのか?』
『普通……かどうかは存じませんが、死んだ夫は時々所望いたしましたので』
『そ、そうなのか……』
おのぶが俺の両脚の間に座り、俺の単衣をはだけ、下帯に手をかける。現れた陰茎は全く、萎えていた。
おのぶがそれを手に取り、軽くしごきながら先端に舌を這わせる。さすがに、ゾクゾクとした感覚が立ち上って、下半身に血が集まり、勃起していくと、おのぶが焦ったように言った。
『嘘、おっき……夫のは、こんなのじゃ……』
『う……咥えてしゃべられると……はっ……』
見下ろせば、女の頭が揺れていた。――これが、於寧だったら――そう考えた瞬間に一気に快感が突き上げ、俺は奥歯を噛みしめて射精を堪える。
於寧にこれをしゃぶらせる想像をするだけで、脳が沸騰しそうになる。於寧、於寧、於寧……俺は、我慢できずに女の口の中に吐き出していた。
俺は三度ほども閨指南に通えば、だいたいのことが理解できたような気になっていた。交わる時の体位にもいろいろあるのを知った。人類の工夫の積み重ねなのかもしれんが、正直、馬鹿馬鹿しいと思う。女は俺に挿入するように言うが、しかし俺はしなかった。川相にも言われたが、子供ができたら困るし、於寧への裏切りのようで嫌だった。
だから最後の夜は、子供ができたときのことなどを聞いて、俺は適当に切り上げた。
『これまで世話になった。報酬の方は間違いなく支払うから、受け取って欲しい。それから、嫁ぎ先の方もこちらで斡旋する』
何か言いたげなおのぶを残し、俺は役宅を出た。庭木の陰に誰かいたような気がしたが、俺は顔を見られないように素早く通りすぎた。
おのぶとの縁はそれですっかり切れた気になっていた。だが、倉橋は俺が水瀬を側室に上げることを拒絶し、下屋敷で別の女の指南を受けたことを嗅ぎ取って、俺への敵対心を露わにするようになった。
於寧への見舞いを申し出ても、倉橋が認めてくれなかった。
『姫様はお屋形様を恐れておいでです。姫様の傷が癒えるまでは、お控えくださいませ』
厳然と拒絶されて、俺は都合、二か月以上、於寧に会えなかった。毎朝の御仏間での拝礼すら出てこない於寧のことを、俺は幾度も問い合わせた。だから、二か月後のある朝、御錠口の向こう、御座之間に座る於寧の姿を目にしたときは、俺はあやうく走りだしそうになるのを、ギリギリで堪えた。
白く、凍り付いたような、於寧の顔。俺の詫びに対し、「覚えていない」と素気なく答える口調も何もかも、どうしょうもないほどの距離を感じ、俺は何も言えなくなる。
こうして、長い長い、すれ違いが始まり、お渡りを拒絶されたまま、俺は国元に発った。
また一年、逢えなくなる。――苦しさだけが、澱のように胸に溜まっていく――
国元では大捕り物が待っていた。
俺が江戸にいる間、香月逸馬とその不愉快な仲間たちは、あちらこちらで狼藉を繰り返していたらしい。
らしい、というのは婦女暴行は表に出にくいからだ。相手は藩主の留守には藩政を一手に握る国家老の息子。訴え出ても握り潰されるか、下手をすれば家ごと迫害されてしまう。被害者は泣き寝入りする以外にない。悲観して命を絶ったものも一人ではないという。
『証拠が挙がらねば、どうにもならぬ』
報告を目にしながら、俺が呟いた。
『被害者の名誉の問題です』
南部が言った。
『ただでさえ尊厳を踏みにじられた女を、さらに傷つけることになりかねません』
『他の……不正に関しては?』
『証拠はある程度揃っていますが、死罪にまで持ち込めるかどうか――』
だが、香月玄蕃が自ら申し出た。
『某が訴え出ます。そもそも、逸馬は我が甥でもある。それが他家の息女を辱め、あまつさえ死に追いやって、自らは罰せられることもないなど、天に顔向けができません』
『しかしそれでは奈美どのが……』
『娘も、それを望んでおります』
玄蕃の悲壮な覚悟を目の当たりにし、俺は腹を括った。
『奈美どのの将来については、余が責任を持とう』
『……恐縮にございます』
こうして、香月家の息女を含めた複数の婦女に対する強姦容疑で、香月逸馬とその朋輩を捕らえ、逸馬以下は死罪、監督不行き届きを理由に香月玄庵の国家老の任を解き、切腹を命じた。奈美どのを堕胎させた産婆の証言、そのほか、匿名ながらも複数の被害者からの証言も得て、逸馬の罪は確定した。玄庵の不正に関しても白日の下に曝し、香月家は取り潰し、弟・玄蕃を新たに国家老に任命する。
俺の前に立ち塞がっていた最大の障壁は、排除された。
新たな国家老・玄蕃は勘定方を務めていたこともあり、計算に明るく、経済にも強かった。気の弱い部分もあるが、改革路線への理解もある。守旧派の国家老を切腹に追い込んだことで、風通しはよくなったが、それはそれで反発はあった。
『奈美どのをご側室に上げるのがよろしいかと存じます』
南部に進言され、俺は眉をひそめた。
玄蕃の息女に証言をさせた時点で、覚悟はしていた。――従兄に犯され、子を孕んだ挙句、堕胎させられる。上級武家の子女としては致命的な傷を負っている。
『香月家は藩主の分家筋にございます。お血筋はかなり隔たりますが、江戸の御守殿様に御子が生まれぬ場合を考えて、婿養子の殿が国元で迎えるご側室としては、最適ではないかと存じます』
『……奈美どのの気持ちを考えると、そのような政略を用いたくはない』
『こう申しましてはなんでございますが、かくなる上は、奈美どのを娶る者がいるとは思えません。……お屋形様以外には』
『だが余は――』
奈美を愛していはいない――
男に蹂躙された挙句、愛のない男の、それも側室になるのが女の幸せとは思えなかった。
だが、玄蕃や重臣との話し合いの結果、奈美を側室にするのは決定事項となった。
『奈美どのはそれでよいのか?』
俺が玄蕃に尋ねれば、玄蕃が言った。
『奈美は、自分は殿様ご側室にはふさわしくはないと申しております。ですが……』
玄蕃の伏せた瞼には、父親としての迷いが表れていた。
まず、於寧は初潮を迎えたとはいえ、体も心もまだまだ未成熟で、無理をさせるべきではなかったこと。
俺は初潮を迎えていれば、女はすぐにも孕めるのかと思っていたが、そうでもないのだ。
――於寧が子を産めるようになるまで、あと、二三年は待った方がよさそうだった。
それから、閨事と言うのは、男が女を心地よくさせてやらねばならぬということ。それを怠ると、於寧のように大変なことになる。
ついでに言えば、俺はおのぶが快楽に喘ぐ姿を目にしても、まったく何も思わなかった。
未成熟な於寧の裸体にあそこまで興奮した俺の雄は、おのぶの痴態にも全く、反応しなかった。
――本気で幼女が好きなのか、俺は。
そう、内心、頭を抱えていた俺は、二回目の指南でおのぶから提案されて目を剥いた。
『は? なんと申した?』
『ですから、わたくしが口でお慰めと……』
『口で、どこを慰めると?』
おのぶは、前回、俺が愛撫だけして何もせずに帰ったのを気にしていたらしい。
『……それは、普通の夫婦でもするのか?』
『普通……かどうかは存じませんが、死んだ夫は時々所望いたしましたので』
『そ、そうなのか……』
おのぶが俺の両脚の間に座り、俺の単衣をはだけ、下帯に手をかける。現れた陰茎は全く、萎えていた。
おのぶがそれを手に取り、軽くしごきながら先端に舌を這わせる。さすがに、ゾクゾクとした感覚が立ち上って、下半身に血が集まり、勃起していくと、おのぶが焦ったように言った。
『嘘、おっき……夫のは、こんなのじゃ……』
『う……咥えてしゃべられると……はっ……』
見下ろせば、女の頭が揺れていた。――これが、於寧だったら――そう考えた瞬間に一気に快感が突き上げ、俺は奥歯を噛みしめて射精を堪える。
於寧にこれをしゃぶらせる想像をするだけで、脳が沸騰しそうになる。於寧、於寧、於寧……俺は、我慢できずに女の口の中に吐き出していた。
俺は三度ほども閨指南に通えば、だいたいのことが理解できたような気になっていた。交わる時の体位にもいろいろあるのを知った。人類の工夫の積み重ねなのかもしれんが、正直、馬鹿馬鹿しいと思う。女は俺に挿入するように言うが、しかし俺はしなかった。川相にも言われたが、子供ができたら困るし、於寧への裏切りのようで嫌だった。
だから最後の夜は、子供ができたときのことなどを聞いて、俺は適当に切り上げた。
『これまで世話になった。報酬の方は間違いなく支払うから、受け取って欲しい。それから、嫁ぎ先の方もこちらで斡旋する』
何か言いたげなおのぶを残し、俺は役宅を出た。庭木の陰に誰かいたような気がしたが、俺は顔を見られないように素早く通りすぎた。
おのぶとの縁はそれですっかり切れた気になっていた。だが、倉橋は俺が水瀬を側室に上げることを拒絶し、下屋敷で別の女の指南を受けたことを嗅ぎ取って、俺への敵対心を露わにするようになった。
於寧への見舞いを申し出ても、倉橋が認めてくれなかった。
『姫様はお屋形様を恐れておいでです。姫様の傷が癒えるまでは、お控えくださいませ』
厳然と拒絶されて、俺は都合、二か月以上、於寧に会えなかった。毎朝の御仏間での拝礼すら出てこない於寧のことを、俺は幾度も問い合わせた。だから、二か月後のある朝、御錠口の向こう、御座之間に座る於寧の姿を目にしたときは、俺はあやうく走りだしそうになるのを、ギリギリで堪えた。
白く、凍り付いたような、於寧の顔。俺の詫びに対し、「覚えていない」と素気なく答える口調も何もかも、どうしょうもないほどの距離を感じ、俺は何も言えなくなる。
こうして、長い長い、すれ違いが始まり、お渡りを拒絶されたまま、俺は国元に発った。
また一年、逢えなくなる。――苦しさだけが、澱のように胸に溜まっていく――
国元では大捕り物が待っていた。
俺が江戸にいる間、香月逸馬とその不愉快な仲間たちは、あちらこちらで狼藉を繰り返していたらしい。
らしい、というのは婦女暴行は表に出にくいからだ。相手は藩主の留守には藩政を一手に握る国家老の息子。訴え出ても握り潰されるか、下手をすれば家ごと迫害されてしまう。被害者は泣き寝入りする以外にない。悲観して命を絶ったものも一人ではないという。
『証拠が挙がらねば、どうにもならぬ』
報告を目にしながら、俺が呟いた。
『被害者の名誉の問題です』
南部が言った。
『ただでさえ尊厳を踏みにじられた女を、さらに傷つけることになりかねません』
『他の……不正に関しては?』
『証拠はある程度揃っていますが、死罪にまで持ち込めるかどうか――』
だが、香月玄蕃が自ら申し出た。
『某が訴え出ます。そもそも、逸馬は我が甥でもある。それが他家の息女を辱め、あまつさえ死に追いやって、自らは罰せられることもないなど、天に顔向けができません』
『しかしそれでは奈美どのが……』
『娘も、それを望んでおります』
玄蕃の悲壮な覚悟を目の当たりにし、俺は腹を括った。
『奈美どのの将来については、余が責任を持とう』
『……恐縮にございます』
こうして、香月家の息女を含めた複数の婦女に対する強姦容疑で、香月逸馬とその朋輩を捕らえ、逸馬以下は死罪、監督不行き届きを理由に香月玄庵の国家老の任を解き、切腹を命じた。奈美どのを堕胎させた産婆の証言、そのほか、匿名ながらも複数の被害者からの証言も得て、逸馬の罪は確定した。玄庵の不正に関しても白日の下に曝し、香月家は取り潰し、弟・玄蕃を新たに国家老に任命する。
俺の前に立ち塞がっていた最大の障壁は、排除された。
新たな国家老・玄蕃は勘定方を務めていたこともあり、計算に明るく、経済にも強かった。気の弱い部分もあるが、改革路線への理解もある。守旧派の国家老を切腹に追い込んだことで、風通しはよくなったが、それはそれで反発はあった。
『奈美どのをご側室に上げるのがよろしいかと存じます』
南部に進言され、俺は眉をひそめた。
玄蕃の息女に証言をさせた時点で、覚悟はしていた。――従兄に犯され、子を孕んだ挙句、堕胎させられる。上級武家の子女としては致命的な傷を負っている。
『香月家は藩主の分家筋にございます。お血筋はかなり隔たりますが、江戸の御守殿様に御子が生まれぬ場合を考えて、婿養子の殿が国元で迎えるご側室としては、最適ではないかと存じます』
『……奈美どのの気持ちを考えると、そのような政略を用いたくはない』
『こう申しましてはなんでございますが、かくなる上は、奈美どのを娶る者がいるとは思えません。……お屋形様以外には』
『だが余は――』
奈美を愛していはいない――
男に蹂躙された挙句、愛のない男の、それも側室になるのが女の幸せとは思えなかった。
だが、玄蕃や重臣との話し合いの結果、奈美を側室にするのは決定事項となった。
『奈美どのはそれでよいのか?』
俺が玄蕃に尋ねれば、玄蕃が言った。
『奈美は、自分は殿様ご側室にはふさわしくはないと申しております。ですが……』
玄蕃の伏せた瞼には、父親としての迷いが表れていた。
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