【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

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第二章 忘れられた男 

帰還

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 マクガーニの手紙でエルシーの現在の状況を知り、俺は、とにもかくにもエルシー本人に会わなければと思う。

 十四歳のビリーの早すぎる死。心臓が悪いという、おばあ様。そして王都で働いている、エルシー。三人に何が起こり、そして、リンドホルムは今、どうなっているのか。
 俺は灼けつくような焦燥を抱えて、王都に戻った。

 王都の空気は戦勝に沸いて、どことなく華やいでいた。数種の新聞を取り寄せれば、「戦勝の立役者、アルバート王子、もうすぐ帰還」などの見出しが躍る。この時、軍部の者は気を利かせて、高級紙クオリティ・ペーパーだけを取り寄せたので、俺は講和会議の進捗状況や、国内の状況についてのざっくりした知識を得られただけだった。大衆紙タブロイドまで目を通していれば、王宮であそこまで狼狽せずに済んだのにと、後でほぞを噛んだ。――もしかしたら、その場で暴れていたかもしれないけれど。

 俺は新聞記者を避けるため、帰還時期については公にせず、ひっそりと王宮に向かい、国王に帰還の挨拶をする。本音は父上の首根っこを締めあげ、どうしてエルシーが相続せず、リンドホルムを追い出されるようなことになったのか、父上を問いい詰めたい気分だった。が、謁見の間に居並ぶ閣僚を前に、さすがにそんな度胸はないし、出迎えた父上自身も、ずいぶん弱弱しくなっていて、気勢は削がれてしまった。戦時中のことで情報を統制していたが、一度、倒れたのだと、謁見の直前に王室長官ロード・チェンバレンから耳打ちされていた。後遺症で右足を引きずっている、と。

 王宮の雰囲気がなんとなく暗いのは、そのせいかもしれない。それに、ジョージの病状もいよいよ重く、年内保たないだろうとも。王妃もここ三年は、看病のためにバールの離宮に籠っている。――三年前と言えば、例のシャルローの奇襲の頃だ。ジョージの容態の悪化は本当だろうが、王妃はもしかしたら、情報漏洩が疑われて監禁状態にあるのでは、と俺は思う。
 本来ならば、母親として俺を出迎えるはずの王妃の玉座は、主不在のまま王の玉座の横にあった。俺がぼんやりとそれを見ていると、目の端で父上が杖に縋って立ち上がったが、ふらつくのが見えた。俺は我に返り、慌てて駆け寄って父上を支え、玉座に座らせる。それから体をの向きを変えて、俺は信じられないものを見た。

 そこに、レコンフィールド公爵がいるのは、閣僚だからまあ、いいとする。なぜその横に、華やかなクリームイエローのデイ・ドレスを着た、ステファニーがいるのか。
 
 呆然とする俺に、父上が言う。

「――四年間ずっと、結婚もせず、そなたの帰りを待っておった。すぐにも、正式に婚約して――」
「ええ? まさか! 待っていた? 俺の帰りを? 嘘だろ?」

 ついつい、戦場でくせになった下町言葉で叫んでしまい、周囲がざわつく。俺はしまったと思ったが、そんなことより、父上は何を考えているのか、今度こそ襟首を締め上げそうになる。

 ステファニーとの婚約は出征前に白紙に戻り、政府広報にも出た。そして三年前、マックス・アシュバートンは俺とエルシーとの結婚の許しを父上に求め、父上も認めたはずだ。今、その血塗れの詔勅が、俺の内ポケットに入っている!

「どういうことです、父上! 話が違います! 俺はステファニーと結婚なんかしません!」
「バーティ!」

 ステファニーの甲高い、悲鳴のような声が謁見の場に響く。

 ――バーティ、バーティ、バーティ! 「バーティ」は俺にとって、呪いの言葉だ。俺を殺したいほど憎み続ける雪の女王の呪い。万一、俺を呪い殺すことに失敗したときに備え、王妃は俺の未来を支配するために、ステファニーと婚約させた。

 そう、ステファニーは俺にとっては、王妃の支配の象徴。あの雪の女王は王宮からいなくなったのに、代わりにまだ、この女が俺につき纏うのか!

 何やらキーキーと騒ぐステファニーを無視し、俺は父上を見た。

 今この場で、マックスの血染めの詔勅を叩きつけてやろうか。――俺は寸前で、思い留まる。
 
 四年ぶりに見た父上は、白髪が半ばを超え、深い皺の刻まれたその顔には、苦渋の表情があった。
 父上は優柔不断で、周囲に強く言われると逆らえない。だが、父上はよくも悪くも「国王」なのだ。
 臣下に一度与えた勅許を翻す危険は、重々、承知しているはずだ。
 
 しかも、マックス・アシュバートンは父上が特に命じて俺の護衛として出征し、俺を庇って戦死した。その最後の請願を反故ほごにするなんて、貴族の国王に対する忠誠を踏みにじるに等しい。我が国の根幹ともいえる、貴族と王との信頼関係を損なうもの。それがわからない人ではない。

 ならば、王都に不在だった俺の知らない、何か理由があるに違いない。

 俺はその場ではただ、ステファニーと結婚する意志がないことだけ、表明するに留めた。

「……結婚したい相手がいます。それはステファニーじゃない」
「嘘よ! どうして! ……バーティが心変わりするなんて!」

 ステファニーの悲鳴に、俺は即座に反論した。

「違う! 心変わりじゃない!……本当は昔から、ずっと好きな人がいる。俺はステファニーじゃなくて、彼女と結婚する!」 

 ステファニーがショックで崩れ落ち、広間は大騒ぎになったが、俺はただ、父上をじっと見つめた。父上もまた、青ざめた顔で俺を見つめ返した。

 なぜです? 父上。
 マックスとの最後の約束を、どうして反故にするのです――?

  




 
 戦地にいた俺には想像もできない話だが、王都ではずっと、俺とステファニーは相思相愛で、俺は彼女の幸せのために苦渋の決断で婚約を白紙に戻し、ステファニーはステファニーで、ずっと俺を信じて待っていた、そんな恋愛物語が語られていたらしい。

「アホくさ!」

 俺が思わず唾を吐き捨てると、侍従のジェラルド・ブルックがすかさず窘める。

「殿下! ここは王宮です。戦場じゃないんだから、もっと礼儀正しくしてください」
「わかってる!」

 俺は胸ポケットから紙巻煙草シガレットを取り出すと口に咥え、ポケットからマッチを取り出して火をつけた。

「咥え煙草もどうかと思うんですが……だいたい、紙巻煙草を吸う王族なんて、前代未聞では」

 ジェラルドは本当に口うるさい。

「紙巻煙草って、パイプがなくても吸えるから、戦時下に普及したんだよ。そもそも戦争前は王族どころか平民だって吸ってねーよ」

 平民出身のロベルトが反論し、自分も紙巻煙草を取り出して口に咥える。俺がマッチを擦って火をつけてやるのを見て、ジェラルドが呆れた。

「ロベルト! 王宮で殿下に火をつけさせるのはやめろ! ここは戦場じゃないんだから! これだから平民は、って言われるぞ?」

 ロベルトは紫煙を吐き出しながら肩をすくめる。

「へへーんだ。別に何もしなくても、これだから平民は、って言われてるけどな。家柄だけが取り柄の奴らは、本当に口うるさくてボクちゃんウンザリ」
「なんだと?!」

 険悪に睨み合うジェラルドとロベルトを、穏健なジョナサンが止める。

「殿下の前で二人ともやめろ。……殿下も殿下です。歩き煙草は控えてください。絨毯に灰が落ちます」
「わかってる! これ一本だけだ!」

 俺がイライラをやり過ごすために煙草を吸っていると、王室長官ロード・チェンバレンのアーサー・ソーンベリー卿が通りかかり、俺の耳元で言った。

「……紛失しているのです」
「は?」

 俺が目をしばたいて王室長官に問いかければ、彼は口ひげの下の口元を困ったように歪めた。

「……私にも一本、いただけますかな」
「あ、ああ、もちろん」

 俺が胸ポケットから紙巻煙草を出して渡すと、王室長官はそれを珍しそうに見てから口に咥えるので、俺がマッチを擦って火を点けてやる。そうしてゆっくり味わうように一口吸ってから、おもむろに言った。

「副本があるはずなのですが、紛失しているのです。二つとも。――副本がなければ、陛下でも覆せない」

 そう言って、王室長官は吸い終えた紙巻煙草を銀の灰皿でもみ消し、一礼して去っていった。

「……なんすか、今の」
「さあ……」

 ロベルトもジェラルドも理解できないという表情で見送っていたが、俺はあっと思い、ジャケットの上から内ポケットを押さえた。

 詔勅には必ず副本がある。
 この二通の詔勅にも、必ず副本があるはずだが、それが紛失しているということか。
 
 事故か、あるいは誰かが故意に――?

 どういうことなのか、俺は混乱したが、一つだけはっきりしている。王宮にあるはずの副本が紛失している。つまり、内ポケットの詔勅の正本は、最後のだ。迂闊に切るべきじゃない。
 
 
 俺は煙草をもみ消して、とにかくエルシーに会わなければと思った。

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