【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

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第二章 忘れられた男 

高級メゾン

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 馬車の中で、俺はようやく、エルシーとまともに向き合うことができる気がした。
 それでも、エルシーは第三王子である俺に遠慮して、座席に浅く腰掛け、背筋もピンと伸ばしたままだ。両足をきれいに揃え、膝の上で両手を重ねている。

 うなじでまとめた亜麻色の髪に、化粧っ気のない白い肌。少し釣り目がちな大きな目に、ブルーグレイの瞳。凛とした雰囲気は、ー北のモスカネラの宮廷で飼われていた、上品な猫のようだ。

 俺は馬車の向い側で脚を組み、窓枠に肘をついて頬杖をつき、エルシーを観察した。マックスの持っていた写真よりもさらに成長した彼女の美しさに、目は釘付けだった。

「どこに行くのですか?」
「十番街のドレス・メーカーだ。ミス・ローリー・リーンという新進のデザイナーがやってる店で――」

 王都の若い娘の間で人気のメゾンという話だったが、エルシーは知らないと首を振る。

「お前は普段、どこに頼んでいるんだ」

 どこか行きつけの店があるのなら、次からはそこで頼んでもいいと思って尋ねたが、エルシーの答えに俺は愕然とする。

「自分で縫うか、古着です」
「自分で縫う?」

 思わず、俺は身を起こしてエルシーの重ねられた手をまじまじと見、それからエルシーの服を見てしまった。

「制服は支給なのでいいのですけど――」

 そんな話から垣間見えるエルシーの暮らしぶりに、再会に浮かれていた俺は、冷水をぶっかけられた気分だった。

 ある程度、生活を切り詰めているのは予測はしていた。でも、リンドホルムではお姫様だったエルシーが、自分で縫った服や古着を着ているなんて。
 なんて答えていいかわからず、黙り込んだ俺を見て、エルシーはきまり悪そうに視線を逸らす。

 エルシーが悪いわけじゃない。
 でも、なぜそんなことに――。

 エルシーの没落の原因は間違いなく、マックスの死だ。
 俺は絶対に、エルシーに元の暮らしを取り戻してやらなければ、と改めて誓った。






 ミス・リーンのメゾンで採寸を終え、あらかじめ俺が注文しておいた既製服プレタポルテのドレスを着て、階段を降りてきたエルシーの美しさと言ったら! パールグレーの絹は地紋が入っていて、動きと光の加減で浮かび上がる。シャンデリアの灯りに照らされた彼女は、相変わらず光をまとったようにキラキラしていた。ほっそりとした首筋と、くびれた腰つき、広く開いた胸元の、白い谷間に俺の目は釘付けになる。

 ――昔見た幼いエルシーの裸の胸は、真っ平らだった。

 白い胸の谷間は、エルシーがもう幼女ではない、大人の女性なのだと俺に教えた。俺はどぎまぎしてエルシーを正視できなくて、思わずミス・リーンに言った。

「胸元が寂しいな」

 ミス・リーンの合図で、小柄な中年の男がガラス・ケースを持ってきた。バーナード・ハドソンの片腕の東洋人だと俺は気づいた。ミス・リーンはドレスに合うネックレスを見繕っていたのだ。

 サファイアとダイヤモンドの豪華なビブ・ネックレスと、イヤリングのセット。もとより、俺は金に糸目をつけるつもりはない。エルシーを着飾らせるくらいの資産はあるし、それが俺の気持ちのつもりだった。

 だが、ネックレスを目にしたエルシーは露骨におびえて、遠慮しようとする。

「そんな高価そうなの……」
「気にするな、単なる武装だ」

 俺に言われ、しぶしぶネックレスとイヤリングをすると、思った通り、エルシーによく似合った。薄く化粧も施され、流行の髪型に整えられた彼女は、金をかけて磨けば磨くほど輝く、ダイヤの原石というわけだ。

 促されて俺の隣に腰を下ろすと、ちょうど目線の先に白い胸の谷間があって、俺が無意識に目で追った、その時。

「痛て!」

 エルシーがブルーグレイの瞳で俺を睨みつけながら、俺の足を踏んでいた。その気位の高い猫のような表情が幼い頃の彼女そのままで、俺はなつかしさで瞳が潤むの隠すために、目を逸らした。





 ドレスを三着注文し、ちょうどいい時間だからと、予約したレストランに向かうことにした。もちろん、エルシーは遠慮したが、ここまで来て飯も食わずに解散するなんて、あり得んだろう。
 迎えにきたロベルトが、

「殿下、今夜は食事だけですからね? はお預けですよ?」
 
と、妙な念押しをしたときに、俺はようやく、ロベルトとミス・リーンが何を考えているか気づいてギョッとした。
 
 ロベルトもミス・リーンも、俺が愛人候補の女をこれから口説くつもりなのだと、思っているのだ。

 俺はエルシーと結婚するつもりだから、愛人にするつもりなんてない。反論しようとしたが、エルシー本人は意味を理解できずに首を傾げているし、ここで「愛人にするつもりはない」なんて言おうものなら、エルシーが怯えて逃げてしまう。

 俺は、ロベルトに余計なことを言うな、と釘を刺すつもりで片眼をつぶってみせた。

「わかってる。デザートはまた今度」

 この結果、ロベルトとミス・リーンの誤解はずっと続くことになるのだが、俺はエルシーと食事ができることに浮かれて、深く考えていなかった。





 

 
  
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