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第四章 嘘つき王子
絶交
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植物園のデートの後、俺は公務があって王宮に向かい、エルシーとは別れた。数人の護衛とアパートメントに戻ったエルシーは、アパートメントの下でアイザック・グレンジャーに突撃され、ジョナサン・カーティスとラルフ・シモンズが撃退したと聞き、俺は頭を抱えたくなった。
俺は、歌劇場で鉢合わせした時に、グレンジャーにははっきり言ったつもりだった。
もともとステファニーを愛してはいない。彼女と婚約するつもりもない、と。
だがグレンジャーはそれで納得せず、なんと弱いエルシーを狙い、直に話をつけようと接触を試みたのだ。
「近くのカフェに呼び出すつもりだったようです。はじめはステファニー嬢の付き添い婦人が話しかけたのですが、エルスペス嬢ははっきり拒絶しました。約束もなく、知らない男性と同席するわけにいかない、と」
ジョナサンの報告に、俺は眉を寄せる。エルシーが断って当然だ。呼ばれてホイホイついていくなんて、エルシーを売春婦か何かと思っているのか。
俺が言えば、ジョナサンは軽く肩を竦めて見せた。
「その様子を遠くから見ていて、ラチが開かないと思ったのでしょうね、グレンジャーが出てきました」
「いったい何の用だったのだ」
「さあ――ステファニー嬢も、ミランダ・コートウォール嬢もいたと思いますから、数人がかりでつるし上げにする気だったのですかね?」
貴族のグレンジャーが高圧的に言えば、他の平民の護衛では引いてしまうかもしれなかった。
「……本当に、ジョナサンが付いていてくれてよかった……」
俺の言葉に、ジョナサンも苦笑する。
「身の危険はないとは思いましたが、そんな状況にエルスペス嬢だって傷つくでしょうしね。――グレンジャーは半ば本気で、エルスペス嬢が金目当ての街の女だと思い込んでいたようです。元は伯爵令嬢だと聞いて、驚いていましたから」
俺が目を瞠る。
「エルシーの言葉遣いも立ち居振る舞いも貴族のものだ。喋ればわかるだろうが!」
「今日日、没落している貴族の裔を気取っている、売春婦や女優も珍しくありませんのでね。ただ、父親が戦死して爵位を失ったという話に、驚いたようで……」
「普通は代襲相続が認められるからな」
ジョナサンも頷く。
「それにグレンジャー自身も東部戦線に従軍しているのです。すぐに怪我をして帰国しましたが、かなり大きな怪我で、一年ほど療養していたようです。自分が何も考えずに攻撃していた相手が、戦没者の遺族であることに気づいて、愕然としたような、そんな風に見えました」
俺は胸元から紙巻煙草を取り出し、口に咥える。火を点けて吸い込んで気持ちを落ち着けてから、言った。
「抗議はしておくべきだな」
「約束もなく、アパートメントの直下に待ち伏せですからね。このアパートメント、殿下が愛人に買ってやったと勘違いしている者が多いようですが、まぎれもなく、殿下自身の資産です。愛人の家ならともかく、殿下の別宅に待ち伏せは不敬です」
「わかった。……グレンジャーに連絡を。そうだな、ブルーボーン・クラブ……はあいつも会員だっただろう、そこに呼び出してくれ」
俺はジョナサンに命じ、紫煙を吐き出した。
俺は社交活動はそれほど熱心じゃなかったが、一応、いくつか若手の貴族青年が通うクラブの会員にはなっている。ブルーボーン・クラブはそんな会員制クラブの一つだ。受付で個室を用意してもらい、俺は重厚な一人がけソファに腰を下ろし、煙草に火を点ける。それほど待つこともなく、アイザック・グレンジャーがジョナサンに案内されてやってきた。
グレンジャーは呼び出された理由に覚えがあるのだろう、いささか決まり悪そうに、トップハットを持ち上げ、それを給仕に渡す。
「お待たせして申し訳――」
「いや、いい。今来たところだ。座ってくれ。……ジョナサンも」
クラブ内の特に個室では、王子の身分ではなく、友人として同等の付き合いをするように心がけている。
「ジョナサンから聞いた。……俺に話があって、アパートメントまで押しかけてきたそうじゃないか」
「いえ、その――」
「俺自身への約束なら、秘書官のロベルトを通じて申し出てくれれば、調整は可能だった。街角で待たなくてもね」
俺が皮肉たっぷりに言ってやれば、グレンジャーは頭を掻いた。俺は胸のポケットからシガレット・ケースを出して勧めてやるが、グレンジャーは首を振る。
「僕は紙巻はちょっと。……じゃあ失礼して」
グレンジャーは自分の煙草入れから葉巻を取りだして咥えた。ジョナサンが火を点け、自身も紙巻煙草を咥える。
「王族で紙巻煙草は珍しいんじゃありませんか」
グレンジャーの問いに、俺は苦笑した。
「塹壕に籠っているとき、平民の兵士に勧められたら、断れんだろう? 酒も安酒をたいがい、飲んだよ」
三人でしばし紫煙をくゆらせ、俺は一本目を吸い終えて銀の灰皿でもみ消す。
「彼女に、何の用だ?」
グレンジャーは観念したように、葉巻を灰皿に置き、姿勢を正した。
「……ずいぶんと、噂になっているんです。殿下が、若い女に入れあげて、ドレスや宝石を貢いでいると――」
「間違いではないな」
俺は二本目の煙草に火を点けながら言う。
「僕には理解できません。ステファニー嬢は四年も、あなたを待っていたんですよ、殿下。なのに、戻ってきたとたんに、女に高級アパートメントまで買い与えて――」
「アパートメントは俺の持ち物で、住居を提供しているだけだ。彼女の身分については聞いたんだろう? リンドホルム伯爵は建国以来の名家で、言っておくがお前の家、ギルフォード侯爵家より歴史も古い」
「……それは、後で僕も調べました。でも戦死者の遺族なら代襲相続が許される。なぜあんな――」
「俺も知らん。父親が戦死して間もなく、伯爵位を継いだ弟も急死した。彼女は当然、代襲相続を願い出たが、却下されたそうだ」
「まさか! 戦死者の直系の女子なら認められるはずです!」
「そのまさか、だ。……父親の戦死の状況がはっきりしない、という理由だったそうだが、あり得ない。彼女の父、マックス・アシュバートンは、俺の目の前で死んだ。……シャルローで、俺を庇って」
グレンジャーが息を飲んだ。
「俺はきちんと報告を上げている。上層部は状況を把握していたはずだ」
「じゃあなぜ……」
俺は顔を天井に向け、煙を細く吐き出す。
「彼女がリンドホルム伯の代襲相続を願い出た時の、法務長官を知っているか? 三年前だ」
「三年前? ……いえ、僕はその頃、ちょうど戦地から怪我で戻って、リハビリの最中でした。南部のウェルトンの病院にいたんです」
グレンジャーが首を振った。
「セオドア・グローブナー……レコンフィールド公爵だ」
俺の言葉に、グレンジャーが目を見開く。しばし沈黙していたグレンジャーが、尋ねる。
「……でも、なぜ? リンドホルム伯爵はストラスシャーでは名家ですが、閣僚も出したことはないし……レコンフィールド公爵が、相続を邪魔する理由がありません」
「まだ調査中だ。はじめ、アシュバートン家の顧問弁護士が現伯爵とツルんでいたのではと疑ったが、老齢の弁護士はリューマチで痛む足を引きずって、何度も法務局と陸軍とを往復し、しつこく請願を出した。それを、上層部が圧力をかけて潰した。ステファニーの父親が関係しているとは、正直思いたくはないが、とにかく不自然なんだ」
俺は煙草を吸いながら、付け加えた。
「彼女がリンドホルム伯爵を継承できていれば、第三王子の俺が結婚するのにさほど問題のある家柄じゃない。……俺が即位する可能性なんてほぼないし、彼女は田舎の領地持ちだ。王家が王子を押し付けるには、むしろ都合がいい」
グレンジャーは驚愕した表情で俺を見つめている。――王子を誑かした卑しい売春婦と、王子に心変わりされた貞節な公爵令嬢だと思っていたら、真実はその父親の公爵が、不当に相続を阻害して、伯爵令嬢を没落の際に追い込んでいたのだから。
俺は呆然とするグレンジャーに、言った。
「マックス・アシュバートンの恩義に報いるためにも、俺は帰国したら彼女との結婚を父上に願い出るつもりだった。俺はエルシーの爵位と財産を、何とか取り戻したい。彼女の祖母は心臓が悪くて、治療費がかかるんだ。お前も戦場に行ったなら、わかるだろう? 恩人の家族が困窮しているのを、見捨てるわけにいかないと」
「それは……そう、わかります。ですが……ステファニー嬢はずっと、あなたを待っていた。婚約が白紙に戻っても、あなたを信じていたんです!」
グレンジャーが必死に食らいつくのに、俺は肩を竦めて見せた。
「……俺は待つなと言ったんだがな。とっくに嫁に行っていると思っていた」
俺が三本目の煙草に手を伸ばす。グレンジャーも卓上の葉巻をもう一度吸い始め、煙を吐き出した。――新大陸産の葉巻の、強い香りがした。グレンジャーが言う。
「……ミランダは待っていてくれたんですよ。帰国した直後は、もう、歩けないかもしれないと言われた僕を」
「そんなにひどい怪我だったのか……」
グレンジャーが頷く。
「ミランダもステファニーも、戦争中の不安な中を、無事を祈って待っていてくれたんです。戦前は僕たちはよく四人で出掛けた。また四人で出掛けられたらいいって、ステファニーと励まし合っていたそうです」
俺は無言で紫煙をくゆらせる。――恋も友情も麗しいが、俺を巻き込むのは迷惑だ。
「……悪いが、俺はもともとステファニーとは決められた婚約者だから付き合っていただけで、好きじゃない。俺は四人の関係性になんの思い入れもないんだ。俺はステファニーとよりを戻すつもりはない」
「でもっ……!」
なおも言い募ろうとするグレンジャーに、俺は最後通牒を突きつけた。
「悪いが、お前とは絶交するよ。――以後、俺に近づかないでくれ」
俺は、歌劇場で鉢合わせした時に、グレンジャーにははっきり言ったつもりだった。
もともとステファニーを愛してはいない。彼女と婚約するつもりもない、と。
だがグレンジャーはそれで納得せず、なんと弱いエルシーを狙い、直に話をつけようと接触を試みたのだ。
「近くのカフェに呼び出すつもりだったようです。はじめはステファニー嬢の付き添い婦人が話しかけたのですが、エルスペス嬢ははっきり拒絶しました。約束もなく、知らない男性と同席するわけにいかない、と」
ジョナサンの報告に、俺は眉を寄せる。エルシーが断って当然だ。呼ばれてホイホイついていくなんて、エルシーを売春婦か何かと思っているのか。
俺が言えば、ジョナサンは軽く肩を竦めて見せた。
「その様子を遠くから見ていて、ラチが開かないと思ったのでしょうね、グレンジャーが出てきました」
「いったい何の用だったのだ」
「さあ――ステファニー嬢も、ミランダ・コートウォール嬢もいたと思いますから、数人がかりでつるし上げにする気だったのですかね?」
貴族のグレンジャーが高圧的に言えば、他の平民の護衛では引いてしまうかもしれなかった。
「……本当に、ジョナサンが付いていてくれてよかった……」
俺の言葉に、ジョナサンも苦笑する。
「身の危険はないとは思いましたが、そんな状況にエルスペス嬢だって傷つくでしょうしね。――グレンジャーは半ば本気で、エルスペス嬢が金目当ての街の女だと思い込んでいたようです。元は伯爵令嬢だと聞いて、驚いていましたから」
俺が目を瞠る。
「エルシーの言葉遣いも立ち居振る舞いも貴族のものだ。喋ればわかるだろうが!」
「今日日、没落している貴族の裔を気取っている、売春婦や女優も珍しくありませんのでね。ただ、父親が戦死して爵位を失ったという話に、驚いたようで……」
「普通は代襲相続が認められるからな」
ジョナサンも頷く。
「それにグレンジャー自身も東部戦線に従軍しているのです。すぐに怪我をして帰国しましたが、かなり大きな怪我で、一年ほど療養していたようです。自分が何も考えずに攻撃していた相手が、戦没者の遺族であることに気づいて、愕然としたような、そんな風に見えました」
俺は胸元から紙巻煙草を取り出し、口に咥える。火を点けて吸い込んで気持ちを落ち着けてから、言った。
「抗議はしておくべきだな」
「約束もなく、アパートメントの直下に待ち伏せですからね。このアパートメント、殿下が愛人に買ってやったと勘違いしている者が多いようですが、まぎれもなく、殿下自身の資産です。愛人の家ならともかく、殿下の別宅に待ち伏せは不敬です」
「わかった。……グレンジャーに連絡を。そうだな、ブルーボーン・クラブ……はあいつも会員だっただろう、そこに呼び出してくれ」
俺はジョナサンに命じ、紫煙を吐き出した。
俺は社交活動はそれほど熱心じゃなかったが、一応、いくつか若手の貴族青年が通うクラブの会員にはなっている。ブルーボーン・クラブはそんな会員制クラブの一つだ。受付で個室を用意してもらい、俺は重厚な一人がけソファに腰を下ろし、煙草に火を点ける。それほど待つこともなく、アイザック・グレンジャーがジョナサンに案内されてやってきた。
グレンジャーは呼び出された理由に覚えがあるのだろう、いささか決まり悪そうに、トップハットを持ち上げ、それを給仕に渡す。
「お待たせして申し訳――」
「いや、いい。今来たところだ。座ってくれ。……ジョナサンも」
クラブ内の特に個室では、王子の身分ではなく、友人として同等の付き合いをするように心がけている。
「ジョナサンから聞いた。……俺に話があって、アパートメントまで押しかけてきたそうじゃないか」
「いえ、その――」
「俺自身への約束なら、秘書官のロベルトを通じて申し出てくれれば、調整は可能だった。街角で待たなくてもね」
俺が皮肉たっぷりに言ってやれば、グレンジャーは頭を掻いた。俺は胸のポケットからシガレット・ケースを出して勧めてやるが、グレンジャーは首を振る。
「僕は紙巻はちょっと。……じゃあ失礼して」
グレンジャーは自分の煙草入れから葉巻を取りだして咥えた。ジョナサンが火を点け、自身も紙巻煙草を咥える。
「王族で紙巻煙草は珍しいんじゃありませんか」
グレンジャーの問いに、俺は苦笑した。
「塹壕に籠っているとき、平民の兵士に勧められたら、断れんだろう? 酒も安酒をたいがい、飲んだよ」
三人でしばし紫煙をくゆらせ、俺は一本目を吸い終えて銀の灰皿でもみ消す。
「彼女に、何の用だ?」
グレンジャーは観念したように、葉巻を灰皿に置き、姿勢を正した。
「……ずいぶんと、噂になっているんです。殿下が、若い女に入れあげて、ドレスや宝石を貢いでいると――」
「間違いではないな」
俺は二本目の煙草に火を点けながら言う。
「僕には理解できません。ステファニー嬢は四年も、あなたを待っていたんですよ、殿下。なのに、戻ってきたとたんに、女に高級アパートメントまで買い与えて――」
「アパートメントは俺の持ち物で、住居を提供しているだけだ。彼女の身分については聞いたんだろう? リンドホルム伯爵は建国以来の名家で、言っておくがお前の家、ギルフォード侯爵家より歴史も古い」
「……それは、後で僕も調べました。でも戦死者の遺族なら代襲相続が許される。なぜあんな――」
「俺も知らん。父親が戦死して間もなく、伯爵位を継いだ弟も急死した。彼女は当然、代襲相続を願い出たが、却下されたそうだ」
「まさか! 戦死者の直系の女子なら認められるはずです!」
「そのまさか、だ。……父親の戦死の状況がはっきりしない、という理由だったそうだが、あり得ない。彼女の父、マックス・アシュバートンは、俺の目の前で死んだ。……シャルローで、俺を庇って」
グレンジャーが息を飲んだ。
「俺はきちんと報告を上げている。上層部は状況を把握していたはずだ」
「じゃあなぜ……」
俺は顔を天井に向け、煙を細く吐き出す。
「彼女がリンドホルム伯の代襲相続を願い出た時の、法務長官を知っているか? 三年前だ」
「三年前? ……いえ、僕はその頃、ちょうど戦地から怪我で戻って、リハビリの最中でした。南部のウェルトンの病院にいたんです」
グレンジャーが首を振った。
「セオドア・グローブナー……レコンフィールド公爵だ」
俺の言葉に、グレンジャーが目を見開く。しばし沈黙していたグレンジャーが、尋ねる。
「……でも、なぜ? リンドホルム伯爵はストラスシャーでは名家ですが、閣僚も出したことはないし……レコンフィールド公爵が、相続を邪魔する理由がありません」
「まだ調査中だ。はじめ、アシュバートン家の顧問弁護士が現伯爵とツルんでいたのではと疑ったが、老齢の弁護士はリューマチで痛む足を引きずって、何度も法務局と陸軍とを往復し、しつこく請願を出した。それを、上層部が圧力をかけて潰した。ステファニーの父親が関係しているとは、正直思いたくはないが、とにかく不自然なんだ」
俺は煙草を吸いながら、付け加えた。
「彼女がリンドホルム伯爵を継承できていれば、第三王子の俺が結婚するのにさほど問題のある家柄じゃない。……俺が即位する可能性なんてほぼないし、彼女は田舎の領地持ちだ。王家が王子を押し付けるには、むしろ都合がいい」
グレンジャーは驚愕した表情で俺を見つめている。――王子を誑かした卑しい売春婦と、王子に心変わりされた貞節な公爵令嬢だと思っていたら、真実はその父親の公爵が、不当に相続を阻害して、伯爵令嬢を没落の際に追い込んでいたのだから。
俺は呆然とするグレンジャーに、言った。
「マックス・アシュバートンの恩義に報いるためにも、俺は帰国したら彼女との結婚を父上に願い出るつもりだった。俺はエルシーの爵位と財産を、何とか取り戻したい。彼女の祖母は心臓が悪くて、治療費がかかるんだ。お前も戦場に行ったなら、わかるだろう? 恩人の家族が困窮しているのを、見捨てるわけにいかないと」
「それは……そう、わかります。ですが……ステファニー嬢はずっと、あなたを待っていた。婚約が白紙に戻っても、あなたを信じていたんです!」
グレンジャーが必死に食らいつくのに、俺は肩を竦めて見せた。
「……俺は待つなと言ったんだがな。とっくに嫁に行っていると思っていた」
俺が三本目の煙草に手を伸ばす。グレンジャーも卓上の葉巻をもう一度吸い始め、煙を吐き出した。――新大陸産の葉巻の、強い香りがした。グレンジャーが言う。
「……ミランダは待っていてくれたんですよ。帰国した直後は、もう、歩けないかもしれないと言われた僕を」
「そんなにひどい怪我だったのか……」
グレンジャーが頷く。
「ミランダもステファニーも、戦争中の不安な中を、無事を祈って待っていてくれたんです。戦前は僕たちはよく四人で出掛けた。また四人で出掛けられたらいいって、ステファニーと励まし合っていたそうです」
俺は無言で紫煙をくゆらせる。――恋も友情も麗しいが、俺を巻き込むのは迷惑だ。
「……悪いが、俺はもともとステファニーとは決められた婚約者だから付き合っていただけで、好きじゃない。俺は四人の関係性になんの思い入れもないんだ。俺はステファニーとよりを戻すつもりはない」
「でもっ……!」
なおも言い募ろうとするグレンジャーに、俺は最後通牒を突きつけた。
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