ごはん炊きさんはふっくらがお好き

佐藤

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1.春、ごはん炊きさん、尋ねる

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そこは、想像よりもずっとずっと古い、大きな家だった。

エマ・リーヴェン 恐らく、今年で17歳。赤褐色の癖のある赤毛が少しコンプレックスで、チャームポイント。私は今、人生の転機を迎えていた。
お日様はあたたかく、空は綺麗な青でいて雲ひとつないこんな素敵な昼下がりに、森の中にポツンとあるお屋敷を訪ねているのには訳がある。

ーーーそう、就職である。

この館の主人であるヴァルグリム商会会長、アデル・ヴァルグリム様。
その人のご飯を作るために、私はここにやってきた。

門番のいない門を通り歩き出すと、底の薄くなった革のブーツは石の感触をダイレクトに伝えてくる。
それほどまでには手入れされていないお庭を、きょろきょろと挙動不審になりながら進む。
天気はいいのにここはなんだかじめっとしていて、やはり〝ヴァルグリム商会〟の本拠地であることを思い知らされる。


「ごめんください、どなたかいらっしゃいませんか?」


恐らくここが屋敷の扉だろう。
ベルを鳴らそうにもベルがない。
声をかけると、ギィ。控えめに古ぼけた扉が開いた。


「……えま、さまですか」


そこにいたのは小さな兎獣人の女の子だった。
あまりにも不釣り合いなほど大きな鉄製の首輪をしているから、恐らく〝奴隷〟であろう。

古ぼけた大きめのリネンの無地シャツに、紐で無理やり固定しているであろう大きなパンツ。
その身なりは決して良いものであるとは言えない。

ふさふさの白い大きな耳は少しだけ震えていて、怯えたような目で舌足らずに言葉を発するその子は少し痩せているように見える。


「……はい、本日よりお世話になります、エマ・リーヴェンと申します。ヴァルグリム様は…」
「ごしゅじんさまは、ほんじつ、おでかけしてる、ます。わたし、25ばん、しゃべる、できるので、ごあんないする、ます。」


初日に雇い主不在。そんなことあるのだろうか。
……あってほしくはなかったけど、あるのだろう。
独特の話し方で話す25番と名乗った女の子にわたしは全幅の信頼を寄せるしかないようで、ついつい顔が引き攣ってしまう。

「こちら、くる、ほしいです。」

25番ちゃんは、そっとわたしの手を握ると、とてとてと効果音が付きそうなくらいに可愛らしいふさふさの足で歩き出す。
溜め息をつきたいのはきっとこの子の方だろうな。
私は持ってきた小さなカバンを握りしめて、その子についていった。


_________


屋敷の中は、外観から想像していたよりもずっと穏やかでいて、静かだった。

古い木の床はところどころ軋むけれど、埃は少ない。
使われていないというより、必要なところはしっかりと丁寧に清掃されていて、使われていないところは放置している。必要最低限。そんな印象だ。

廊下を歩きながら、私は無意識に25番ちゃんの首輪を見てしまう。
視線に気づいたのか、彼女はきゅっと耳を伏せた。
……しまった。あまりにも無神経だった。


この王国では、それはごく当たり前の光景だ。


ヒューマンの王が治め、神殿が寄り添うこの国。ルミナス王が収める、ルミナス王国。
エルフ族や獣人族、ドワーフ族や妖精族は「祝福を多く受けた種」とされている。


私たちヒューマンと呼ばれる種族よりもずっとずっと長い寿命、強い身体、魔力との親和性。
――持って生まれたものが多いからこそ、それを“持たざる者のために使う義務がある”。
この国の王と神殿がそう決めたのは、随分と昔の話だ。

沢山の戦争が巻き起こった。一人一人に能力は敵わないまでも、個体数の圧倒的に多いヒューマンだ。例えば一万の兵が、千人を鎮圧するのは容易いことで。それに加えて、ヒューマン族は個体としてどの種族よりも賢かった。魔法を使えないのなら、補助する魔法陣を開発したし、一人でも多く捕えられる鋭い剣を、どんな攻撃にも耐えられる盾を、と。


私が生まれるずっと昔から、彼らは売られている。
この世に生を受けた罰としてではなく、持たざるを者を救う者、救済として。
働き口を与えられ、管理され、
この国にとって「正しく循環」するために。それは王と、そして神。神殿が定めた〝神からの施し〟


少なくとも、表向きは。

私は深くそれを信仰しているわけじゃないけれど、それでもこの考え方自体は、子どもの頃から当たり前のように耳にしてきた。

市場に行けば、首輪をつけた獣人族がいて、
神殿の祝祭では、彼らの奉仕が称えられる。

見ないようにして生きることは、簡単だった。


「……ここ、だいどころ、ます。」


25番ちゃんの声で、はっと我に返る。

案内された先は、思っていたよりもずっと広い厨房だった。
大きなかまど、焦げがついて年季の入った鍋、整然と並べられた木の棚。薪もたっぷりと用意されている。氷棚はないけれど、この地域は中央都に比べて随分と寒いようだし、食べ物が腐る心配はあまりないのだろう。
使い込まれているのに、どこか大事にされていることが分かるようなそんな厨房だ。


「25ばん、おていれした、なので、ごはんたのしみにしてる、ます。もちろん、みんなも」


彼女はちらりと私を見上げると、ほんの少しだけ頬を和らげる。
その言葉に、胸の奥がちくりとする。


この子は、ここで生きているんだ。
首輪をつけられ、番号で呼ばれながらも、
いつか売られる日がやって来ることを知りながらも。

それが良いことなのか、救いなのか、私はまだ分からない。でも、わたしはここでご飯を作る。このちいさな子供にも満足してもらえるような、あったかいごはんを作りたいと思う。



それだけのために、

――あのヴァルグリム奴隷商会に雇われたのだ。


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